028 拳銃奪取!

文字数 1,121文字

 俺はすばやくスタンガンを引き抜くと、デスク上の警官の左手首に電極を押しあてた。間一髪をおかずトリガーを引く。青白い小さな稲妻がはしり、はじけるような電子音が響いた。警官はびくんと全身を痙攣(けいれん)させ、息を詰まらせるような低い唸りをあげると、身体の自由を失い、体重を俺にあずけてきた。口は半開きになり、目は虚ろで焦点が合っていない。

 俺は表の様子をうかがった。誰も見ていない。警官の身体を抱えて奥の控え室に運んだ。すぐに警官がいたデスクに戻ると、引き出しの中を調べる。

「パトロールに出かけています。ご用のかたは、この電話の受話器をとると所轄署につながります」という札があったので、それをデスクに乗せておいた。

 ふたたび控え室へ行くとドアを閉めた。警官は床で大の字にのびている。息はある。俺は安心した。通常はスタンガンの電撃で相手が死ぬことはないとはいえ、万が一ということもある。革命に最小限の犠牲はつきものとはいえ、無益な殺人は好まない。

 俺は警官の右腰の革製ホルスターを開いた。ホルスター内部では、留め金つきの革紐がさらに拳銃を固定している。俺はその留め金もはずして、拳銃を取り出した。これが目当てだったのだ。計画にはどうしても必要なものだ。

 ただ単に〈奴〉の命を奪う。それだけなら造作はない。奴の帰宅を待ち伏せて、背後から鈍器で殴りつける。あるいは、すれ違いざまにコンバットナイフで横腹を抉る。それでいい。手段はいくらでもある。

 しかし、それだけでは手ぬるいのだ。奴に自らが犯した罪の重さを思い知らせ、身が引きつるような恐怖を味わわせ、ひざまずかせ、許しを請わせ、悔悟させたうえ、惨たらしい手段であの世に送る。そこまでやらなければ十分とはいえない。奴が犯した罪は、それほど重いのだ。拳銃なら、その間、奴の反撃の自由を完全に奪っておくことができるし、凶器としての破壊力も申し分ない。

 拳銃の銃把(グリップ)下の吊環(つりわ)には、盗難防止用のカールコードがランヤード・フックで留めてあった。カールコードは警官のベルトにしっかり固定されている。拳銃でも、警笛でも、警察手帳でも、すべて警官の装備は、盗難防止用の吊紐でその体に固定されている。

 しかし、俺は慌てない。探偵屋の報告を待つ三日間のあいだに、警官の装備については、すでに十分に調査済みなのだ。ランヤード・フックのビスを回せばいい。すると留具が緩んで、カールコードをはずすことができる。軍手をしているのでビスを回しにくかったが、ここで軍手をはずして指紋を残すような愚かなことはしない。あわてず慎重にビスを回していく。ほどなく、カールコードをはずすことができた。

 俺は、警官の体から完全に自由になった拳銃を手にした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み