064 名前の中の「樹」
文字数 1,395文字
ペットボトルの栓をねじり取ると、口をつけて
「どうだ、疲れたか?」
「まだ、まだ」
「負け惜しみを言うな」
父も俺の隣に腰をおろした。自分のペットボトルを傾けて、喉を鳴らす。しばらく黙って景色を見ていた。同じ時間の流れのなかに、父と俺はいた。父子で時間を共有する。久しぶりの感覚だ。気がつけば、いつのまにか、それぞれ別の道を歩んでいた。中学生といえば、すでにそれだけの歳だ。
「おまえの頭の上に樹があるな。どう思う?」
「どう思うって、べつに。樹さ」
「ふつうプラタナスって呼ばれているが、正式には『モミジバ・スズカケノキ』っていうんだ。葉に切れこみがあって、指を広げた手のひらみたいだろ。モミジに似ているな。だからモミジバっていうんだ。街路樹や公園樹でよく見かける、日本で一番ありふれた樹だ。これくらいの幹の太さだと、樹齢30年くらいだな」
父は何を言おうとしているのだろうか。黙って俺は耳を傾けた。
「人間のおまえが暑さでくたばりかけているのに、この樹は涼しい顔をして平然としているな。大地にどっしり根を張って、
おまえみたいに、暑さでくたばりかけた人間がくれば、陽射しを防ぐために木陰を貸してくれる。そして黙って人間を見おろしている。そうやって、この樹は30年もここに平然と生えているんだ。ありふれた樹でも、なまじの人間より、よっぽど立派なもんだな。俺が何を言いたいか、分かるか?」
「……」
「おまえの名前の中に『樹』があるだろ。亜樹夫の『樹』だよ。俺と母さんが、大樹のように物事に動じない人間になれという願いを込めて付けた名だ。いい名だろ。人生にも、雨の日もあれば風の日もある。だが、そんな試練にいちいち動じることなく、しっかりと根を張って堂々と生きる人間になれ。昨年、生まれた妹の
はじめて聞く名前の由来だった。きちんと理由があって付けられた名だということを知った。もともと〈亜樹夫〉という自分の名は気に入っていたのだが、なにかそれが急に重みを増したような感じだった。
その日それまで、ずっと厳しい態度を崩さなかった父が、しみじみと優しい口調で語りだしたので、今度こそ、この正気とは思えない強行軍を
「さ、行くか」
立ちあがると、元の厳格な父に戻った。背中を見せて、歩きはじめる。筋肉痛に