025 スタンガンを手に入れた!
文字数 1,866文字
──そうか。
俺は苦笑した。女は俺の美貌に見惚れているのだ。
こういうことは、今までにもよくあった。たとえば、俺が目を閉じて電車のシートにもたれかかっている。ふと目を開くと、目の前の吊り革につかまった若い女が、食い入るように俺の顔を凝視している。目が合ってしまう。女は頬を赤らめて、他人の足に蹴つまずきながら、あわてて逃げていくのだった。俺が目を閉じているのをいいことに、俺の顔を盗み見ていたのだ。
あるいは、俺に道を訊こうとした女が、俺の視線に吸い込まれ、金縛りのようになって続く言葉が出てこない。
またある時、交差点で信号待ちしていると、ふと視線を感じた。横を見ると、中年マダムが放心したような虚ろな
そんなことがこれまでよくあった。この女子店員も同じなのだ。俺は気にしないことにした。
店内は意外と広く、防弾チョッキや催涙スプレー、特殊警棒など、現在の日本で合法的に入手できる武器、防具が並べられていた。
俺はスタンガンが展示されたショーケースを覗きこんだ。ライターのように小型なものから、50センチ近い警棒型のものまで各種そろっている。値段は6000円から5万円までさまざまだ。電圧も400ボルトから20万ボルトまでと、バリエーションに富んでいる。
「スタンガンをお求めですか」
ようやく思考力を回復した女子店員が話しかけてきた。
「ええ、護身用に一つ買っていこうかと」
護身用というのは嘘で、本来の目的は別にある。
「最近は物騒だから、そういうかたが多いですよ。銃刀法の規制外だから、役所の許可も申請も必要ありません」
女子店員は、もはや営業用とはいえない
「これ、20万ボルトっていうのがあるけど、相手は死んだりしないんですか? 高圧電流でしょう?」
「大丈夫です。電気のもつエネルギーは電圧と電流、つまりボルトとアンペアを掛けあわせた数値で決まります。たとえば10ボルト掛ける10アンペアで、100ワットの電気エネルギーになります。でも、たとえば電圧が1000ボルトでも、電流が0.01アンペアなら10ワットにしかなりませんね。スタンガンも同じ原理です。ボルトは高いのですが、アンペアは低いんです。ほとんどゼロに近いんです。だから瞬間的なショックを相手に与えるだけで生命の危険はありません」
その原理は高校の物理の授業で習って、俺はすでに知っていた。だから最初のほうを聞いただけで、全容をすぐに理解してしまった。だが女子店員が、ただならぬ熱意で
「後遺症も残らないんですか?」
「15分程度、筋肉が
「電源は充電式ですか?」
「いいえ、9ボルトの角型乾電池を使います。10万ボルトまでの商品なら一個、それを超える場合は二個使います。セットすれば、すぐその場で使用できます」
「服の上から相手に押し当てても効果はありますか?」
「厚手の革コートの上からでも大丈夫です。より確実な効果を狙うなら、ボルトは高ければ高いほどいいでしょう」
一番威力がありそうなのは50センチの警棒型だったが、これでは大きすぎて俺の目的に合致しない。ポケットに隠し持てるサイズでなければならないのだ。
結局、俺は手のひらサイズで20万ボルト、値段は3万8000円というやつを選んだ。父の銀行口座からおろした軍資金は豊富にある。探偵屋への支払いを済ませても、まだ60数万円が残っていた。女子店員はサービスで電池を二個付けてくれた。視線が背中に絡みつくのを
このスタンガンを使って交番を襲撃し、拳銃を奪う。
✽平成16年10月30日(木) 亜樹夫の足取り
①西新宿探偵社
②新宿バッティングセンター
③新宿区役所
④尾張屋書店
⑤護身具ショップ アスピーダ