025 スタンガンを手に入れた!

文字数 1,866文字

 俺はすぐにその疑念を打ち消した。俺は18歳だ。少年法61条で保護されている。顔写真や氏名が公開されることは、ありえない。では、なぜ?

 ──そうか。
 俺は苦笑した。女は俺の美貌に見惚れているのだ。

 こういうことは、今までにもよくあった。たとえば、俺が目を閉じて電車のシートにもたれかかっている。ふと目を開くと、目の前の吊り革につかまった若い女が、食い入るように俺の顔を凝視している。目が合ってしまう。女は頬を赤らめて、他人の足に蹴つまずきながら、あわてて逃げていくのだった。俺が目を閉じているのをいいことに、俺の顔を盗み見ていたのだ。

 あるいは、俺に道を訊こうとした女が、俺の視線に吸い込まれ、金縛りのようになって続く言葉が出てこない。
 またある時、交差点で信号待ちしていると、ふと視線を感じた。横を見ると、中年マダムが放心したような虚ろな眼差(まなざ)しで俺の端整な顔に見とれている。たまたま横にいた縁もゆかりもない俺の顔を、恥も外聞もなく見つめている。
 そんなことがこれまでよくあった。この女子店員も同じなのだ。俺は気にしないことにした。

 店内は意外と広く、防弾チョッキや催涙スプレー、特殊警棒など、現在の日本で合法的に入手できる武器、防具が並べられていた。

 俺はスタンガンが展示されたショーケースを覗きこんだ。ライターのように小型なものから、50センチ近い警棒型のものまで各種そろっている。値段は6000円から5万円までさまざまだ。電圧も400ボルトから20万ボルトまでと、バリエーションに富んでいる。

「スタンガンをお求めですか」
 ようやく思考力を回復した女子店員が話しかけてきた。
「ええ、護身用に一つ買っていこうかと」
 護身用というのは嘘で、本来の目的は別にある。
「最近は物騒だから、そういうかたが多いですよ。銃刀法の規制外だから、役所の許可も申請も必要ありません」
 女子店員は、もはや営業用とはいえない(こび)をふくんだ微笑をうかべている。

「これ、20万ボルトっていうのがあるけど、相手は死んだりしないんですか? 高圧電流でしょう?」
「大丈夫です。電気のもつエネルギーは電圧と電流、つまりボルトとアンペアを掛けあわせた数値で決まります。たとえば10ボルト掛ける10アンペアで、100ワットの電気エネルギーになります。でも、たとえば電圧が1000ボルトでも、電流が0.01アンペアなら10ワットにしかなりませんね。スタンガンも同じ原理です。ボルトは高いのですが、アンペアは低いんです。ほとんどゼロに近いんです。だから瞬間的なショックを相手に与えるだけで生命の危険はありません」

 その原理は高校の物理の授業で習って、俺はすでに知っていた。だから最初のほうを聞いただけで、全容をすぐに理解してしまった。だが女子店員が、ただならぬ熱意で懇切丁寧(こんせつていねい)に説明してくれるので、俺はさえぎることなく黙って最後まで聞いた。女子店員は、そのあいだ俺の横顔を熱く凝視している。美形であるというのも考えものだ。相手の印象に強く残るから、顔を覚えられてしまう。

「後遺症も残らないんですか?」
「15分程度、筋肉が痙攣(けいれん)し、体が自由に動かせなくなるだけです。回復すれば、何のダメージも残りませんよ。あっ、でも、相手が心臓病患者でペースメーカーを使っている場合は気をつけてください。電気ショックでペースメーカーが狂って危険です」

「電源は充電式ですか?」
「いいえ、9ボルトの角型乾電池を使います。10万ボルトまでの商品なら一個、それを超える場合は二個使います。セットすれば、すぐその場で使用できます」
「服の上から相手に押し当てても効果はありますか?」
「厚手の革コートの上からでも大丈夫です。より確実な効果を狙うなら、ボルトは高ければ高いほどいいでしょう」

 一番威力がありそうなのは50センチの警棒型だったが、これでは大きすぎて俺の目的に合致しない。ポケットに隠し持てるサイズでなければならないのだ。

 結局、俺は手のひらサイズで20万ボルト、値段は3万8000円というやつを選んだ。父の銀行口座からおろした軍資金は豊富にある。探偵屋への支払いを済ませても、まだ60数万円が残っていた。女子店員はサービスで電池を二個付けてくれた。視線が背中に絡みつくのを(わずら)わしく思いながら、俺は店をあとにした。

 このスタンガンを使って交番を襲撃し、拳銃を奪う。



✽平成16年10月30日(木) 亜樹夫の足取り
①西新宿探偵社
②新宿バッティングセンター
③新宿区役所
④尾張屋書店
⑤護身具ショップ アスピーダ
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み