000 プロローグ

文字数 841文字



 それほど遠い昔ではない。31年続いた平成のちょうど折返点にあたる平成16年。
 俺は18歳の高校三年生だった。

 不景気だった。
 郵政民営化を悲願として掲げる自民党の小泉純一郎が総理だった。
 イラクで日本人人質事件が発生し、自己責任論が巻き起こった。
 韓流ドラマ『冬のソナタ』が大ヒットして社会現象になっていた。
 18歳ではなく20歳が成人だった。
 若者の間では茶髪が流行していた。黒髪のほうが珍しかった。
 スマホなんか無かった。ガラケーだった。街にはまだ公衆電話が残っていた。テレホンカードが現役だった。
 ネットは今ほど普及していなかった。グーグルマップなんか無かった。人々は紙の新聞を読み、紙の地図を利用し、紙の切符で電車に乗っていた。
 一万円札の肖像は福沢諭吉だった。電子マネーもICカードも無かった。
 電子書籍の普及率は0.5%だった。紙書籍が主流だった。
 SNSなんか無かった。テレビのワイドショーが情報源だった。
 新宿歌舞伎町にゴジラなんかいなかった。コマ劇場がまだ残っていた。
 スカイツリーなんか無かった。東京タワーがランドマークだった。
 
 現代ほど効率的な世の中ではなかった。現代ほど垢抜けてもいなかった。ただ、時間の流れは現代よりゆっくりで、世相も現代ほど閉塞していなかった。街に監視カメラが氾濫することもなかった。人々はもっと人間らしい顔をしていたような気がする。

 俺の父・真崎守(まさきまもる)は零細建築会社を経営していた。不況下でも、信念を曲げない職人気質だった。家族思いの尊敬すべき父親だった。父を中心に俺たち家族は仲が良く、円満な家庭だった。はずだった。

 ある日。俺は金属バットで父を撲殺した。それからの数日間、これは俺の孤独で緊迫感に満ちた闘いの記録だ。

(作者注:作中の少年法に関する記述は、この物語の設定年代である平成16年を基準としている。同じく、作中登場人物の肩書は当時のものである。この作品はフィクションであり、作中登場人物は実在の人物とはまったく関係がない。)
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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