005 調査報告書 04

文字数 1,802文字

 調査報告書の最後は、権田総一郎の一週間の詳細な行動パターンだった。

「一番苦労したのはそれですよ。普通、素行調査というのは、一週間ずっと尾行・張込みを続けるんです。それを三日間で頼む、ですからね。尾行・張込みができない曜日の行動は聞き込みで補うしかない。ああ、でも当社の調査は完璧です」
「それだけの料金は十分に払ってますよ」

 基本料金が、尾行・張込みに5万、素行・資産調査に8万、無線車両費が2万5000、文書照会費が一件8000、超特急料金が5万、加えて経費ということで、なんだかんだと請求され、総額は30万円をかるく超えていた。

 普通なら、18歳の高校三年生である俺に簡単に準備できる金額ではなかった。だが、今の俺には金があった。

 三日前、10月27日月曜日、自宅で父のクローゼットを調べた俺は、上着の内ポケットに銀行のキャッシュカードを見つけた。それを持ち出し、すでにATMで全額を引き出してあったのだ。俺は以前に父の会社の経理を手伝ったことがあり、その際に暗証番号は知らされていた。残高は100万円を少し超えていた。当座の軍資金としては十分な額だ。

 会社の経営が大変で借金だらけだったというのに、一家四人が暮らしていく当面の生活費として、父はそれだけの金額を確保していたのだ。責任感が強く、家族思いの父さん。俺は父の苦労に頭が下がる思いだった。

 そう、俺の父親も社長だった。だが権田総一郎のようなゼネコンではなく、従業員七名という典型的な零細工務店だ。社長といっても周囲に威張りちらすことはなく、誰に対しても礼儀正しい立派な人間だった。

「いただいた料金分の仕事はしましたよ。まあ、報告書を見てください」
 探偵屋の話はつづく。

「権田は毎朝8時すぎに自宅を出て、私鉄と地下鉄を乗り継いで赤坂の本社に向かいます。都心に住んでいますから、通勤時間は20分弱、8時すぎに家を出ても十分に始業時間に間に合うのです。私なんか、毎日長時間、すし詰めの通勤電車に揺られて……」

「ちょっと待ってください」
 また庶民的な探偵屋の苦労話が始まりそうになったので、俺はあわててさえぎった。
「普通、こういう偉いところの社長というのは、専用車で送り迎えがあるんじゃないですか?」

「以前はそうでした。でも、この不況でしょう。リストラだ、賃金カットだと、社員にはさんざん苦労をかけながら、肝心のトップが専用車で送迎では周囲に示しがつかんでしょう。廃止になったんです。権田もいやいや同意しました。といっても、権田の自宅から私鉄の最寄駅までは徒歩でたった五分ですからね。苦労のうちに入りませんよ」
 その間、権田は一人で道を歩いている。これは俺の計画に有利な条件として働く。

「帰りは会議やら接待やらがなければ、夜の九時から十二時すぎ。その日によって時間は違います。やはり電車と徒歩が基本ですが、タクシーの場合もあります。日曜が休みで、週六日勤務」
「土日休みの、週五日勤務じゃないんですか?」
「リストラで社員数が減り、一人一人の仕事量が増えています。平社員は残業につぐ残業に、休日返上なんてザラです。下が過労で倒れそうになっているのに、トップがのうのうと二日も休むわけにはいかないでしょう。最初に言いましたが、この権田というのは人間的には嫌な奴ですが、仕事自体はデキるんです」

 それがどうした。俺の父には日曜日さえなく、毎日働きづめだったのだ。

「……で、土曜の夜、一週間の仕事が終わると、さきほど話に出た六本木の沢峰涼子のマンションにやってくる。だいたい、夜9時すぎです。自宅の奥方の目を盗んで、東京タワーの夜景を眺めながら、娘ほど年の離れた愛人とシャンパンで乾杯というわけですよ」
「土曜の夜には、権田総一郎はかならず六本木のマンションに行くんですか?」
 決まった日時に決まった場所に行く。これはチャンスだ。

「ええ。ここ一年ほどは、まったく変わることなく守られている習慣です。すぐ女に飽きて、取っ換え引っ換えしていた権田にしては、珍しいことです。さすが元芸能人だけのことはありますな。もっとも、その沢峰涼子もそろそろ賞味期限が切れかけてきたようですが……。微妙なところですが、まあ、まだしばらくは大丈夫でしょう。当社の調査では、そんな感触です。でも、どうして権田の行動にそんなにこだわるんですか?」

 探偵屋が不思議そうにこちらを見ている。
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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