031 天才たちはみな孤独だった
文字数 2,036文字
店頭のスピーカーからは客寄せのアナウンスが大音量で流れている。通りにはパーカー姿や黒服の客引きがあふれ、声を枯らして店に引きこむ獲物を物色している。パーカー姿は居酒屋、カラオケなどの健全系、黒服はバーや風俗などのアンダーグラウンド系だ。
光と音の氾濫するビルの谷間で、雑多な人間が押しめきあい、どよめいている。屋根のない特大の満員電車のような混雑だ。
ひたすら消費するだけで何ひとつ生み出すことのない街──新宿・歌舞伎町。だから、この街は壮大なゼロなのだ。空っぽなのだ。空っぽであることを悟られまいと、精一杯、虚勢をはり、大声で叫びつづけている。容色の衰えた女の化粧が濃くなっていくのと同じように、何もない内側を派手な
街をゆく者たちは皆、何の悩みもないような
神の摂理がこの俺に課した崇高な使命を果たすため、俺は堅固な意志と努力で着々と計画を進めているというのに、おまえたちの浮かれぶりはなんだ? おまえたちは人間として、いったい何のために生まれてきたんだ?
肩を組んだ三人組のスーツ族が、俺とすれちがった。この時刻にして、すでに相当酔いが回っており、赤い顔をして足元がふらついている。
肩を組んで、いかにも仲が良さそうだが、そんなものは見せかけにすぎない。水面下では、同僚を出し抜き、他人を踏みつけにして、自分だけが勝ち残ろう、あるいはリストラによる
現代人というのは利己的で欲が深く、自堕落である。将来への何のビジョンもなく、ただその時その時をおもしろおかしく空費するだけだ。まさに家畜に等しい。牛馬のように、精神的つながりも何もなく、ただ群れているだけである。どうして人間というものは、こうも意味なく、群れたがるのだろうか。心の弱い者は、心の拠りどころとして他人に頼らずにはおられないのだ。友情だの、連帯だの、
だが、俺はちがう。俺は狼だ。長く厳しい道のりを独りでゆき、自分の意志で闘っていく。俺は群れない。俺は孤独に進む。孤独は悪ではなく、美徳である。心強き者、選ばれた者だけに許された特権である。自分の足で独歩できるだけの意志の強さと能力を持った者だけに、天から与えられた恩恵である。
古来、すぐれた芸術家、思索家、科学者は一人の例外もなく、孤独と対峙し勝利を収めた者ではないか。予言者ヨハネの洗礼をうけた若き日のキリストは、荒野で孤独に40日間の断食に耐えたという。その間、ひとりの人間に接することもなく、ひたすら自らの内面世界で思索を深めた。
天才物理学者として名を残すアイザック・ニュートンは、生まれたときには父はすでに死別しており、残った母からも二歳のときに捨てられたという。孤独で厳しい幼児期を送った。成長してからも友人はなく、朝から晩まで部屋に閉じこもって研究生活に没頭したそうだ。その結果、万有引力の発見や微積分法など輝かしい業績をのこした。
天才とは孤独である。意志と能力を持たない者は、ただ見苦しく群れ、他人に寄りかかるしかない。俺も誰にも邪魔されず、誰にもわずらわされず、孤高をゆく。爽快なことではないか。孤独こそが、崇高な俺の魂に平安をもたらしてくれるのだ。
拳銃で重みを増したリュックが心強い。それが俺の牙だ。この新宿で拳銃を使うことは計画にはない。しかし実際に使わなくても、それがリュックの中にあり、いつでも俺の武器となりうることが分かっていると心が落ち着く。いつでも俺は闘えるという気概がある。力のない正義は無意味だ。革命に最低限の暴力は許容される。
──ネオンうずまく都会という名の荒野に狼一匹。リュックに拳銃、か……。
俺は自分がセンチメンタルな気分になっていることに気づき、苦笑した。すこし頭を冷やすか。
俺はセントラルロードをコマ劇場前まで進んだ。