040 殺人指名手配

文字数 1,451文字

「その後の詳しい捜査で、屋内から血のついた指紋が発見されました。鑑定の結果、血液は亡くなった男性のものと判明。さらにこの指紋は、長男の自室で高校の教科書や家具類から採取された長男自身の指紋と一致。このため警察は、高校三年生の長男18歳を父親殺しの実行犯と断定、容疑を死体遺棄から殺人に切り換え、さきほど指名手配を完了したということです」

 リポーターがいう高校三年生の長男18歳とは、もちろん俺のことだ。少年法のおかげで、実名や顔写真は出ない。俺の両親と妹も、真崎守(まさきまもる)真崎優子(まさきゆうこ)真崎樹理(まさきじゅり)という実名は明かされず、抽象的な表現になっている。「真崎」という姓が出れば、とうぜん俺の姓も分かってしまうからだ。

 少年法については、すでに調査済だ。同法61条の規定によれば、少年本人の氏名・容貌のみならず、住所や学校名など、少年が事件の関係者であることを推知させるようなあらゆる情報の公表が規制されている。本来は新聞など出版物を規制するものだが、テレビ報道においても準用されている。

 本来、少年法61条は、家裁の審判に付されたり、少年の時に犯した罪で起訴されたりした被告に関する規定で、捜査中の少年に関しての規定ではない。しかし、そもそも少年法の精神は、罪を犯した少年を処罰することではなく、彼らを保護し、その社会的更生を支援することにある。だから警察はその精神を大いに尊重して、現実的運用としては、捜査中の少年に関しても公開手配の対象から外す対処をしているのだ。まったく、慈愛に満ちた、ありがたい少年法さまだ。そして心優しく寛容な警察官諸君!

 もっとも、殺人や強盗など、昨今の少年凶悪犯罪の急増に業を煮やした警察庁は、容疑者が少年であっても氏名や写真を公開できる通達を出すことを検討しているとも聞く。だが現時点では、その動きは具体化していない。とにかく警察だろうが何だろうが、役所というところは上意下達機関であり、上から指示がないうちは何も行動できない。現場が自分の判断と責任で行動することはありえない。俺の身はとうぶんは安泰だ。

 父親を撲殺した金属バットは血を洗い流して、自宅近所の雑木林に埋めておいた。ハイキングコースの分岐路にあるクヌギの木が目印で、そこから西に俺の歩数で十歩の位置だ。あの場所は俺にしか分からない。

 捨てたのではない。警察に物証を与えないために一時的に隠しただけだ。小学生のときに父に買ってもらって以来、ずっと大切に使ってきた金属バットだ。父が手を取って、幼い俺にスイングを教えてくれたのだ。俺と父の絆なのだ。庭で日課の素振りをするときも、いつもそれを使った。寝るときもベッドの枕元に立てかけておいた。そんな大切なバットを捨てるわけがない。一時的に警察の目を欺くだけだ。俺は手のひらにできたバットの握りダコを()でながら、なじんだグリップの感触を思い出していた。

 事後処理には細心の注意を払った。家の中の血痕はすべてきれいに拭き取り、証拠を残さないようにしたつもりだが、どこかに見落としがあったらしい。父の血のついた俺自身の指紋を残すとは迂闊(うかつ)だった。

「こいつ、自分の親きょうだいを自分の手で殺したのか……。しかも父親の眼を(つぶ)して……。世の中にはこんな奴もいるのか。許せねえ。絶対に許せねえ」

 じっとテレビを見詰めていたシンが、低い声でつぶやいた。グラスを握る手に力が入って、小刻みに揺れている。なにをシンはそんなに怒っているんだ? 単にニュースを傍観する者の態度ではない。俺は不審をおぼえた。
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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