039 テレビが俺のことを報道している

文字数 1,347文字

 ニュース番組にチャンネルを合わせる。
 見慣れた家の前に立入り禁止の黄テープが張られ、マスコミの照明用ライトが林立していた。見慣れているはずだ。テレビに映っているのは俺の自宅だった。

「高校三年生・肉親惨殺事件」「キレる10代」「少年の心の闇」とテロップが踊る。警官やマスコミ関係が画面の中で右往左往し、中央ではマイクを握った女性リポーターが神妙な顔だ。

「事件は最悪の展開を見ました。本日午後三時前、都内工務店経営の男性52歳の自宅で、男性本人、44歳になる男性の妻、長女で6歳の小学一年年が殺されているのを従業員が発見、警察に通報しました。三人は一階寝室の同じベッドの中に並ぶように横たえられ、上から毛布が被せられていたということです。部屋のエアコンはクーラーが最強にセットされていました。遺体の腐敗を防ぐためと思われます。遺体を発見した従業員は、数日前から会社の社長である亡くなった男性と連絡が取れなくなったことを不審に思い、自宅を訪れたものです。そのさい、エアコンの室外機が高速回転しているにもかかわらず家の内部から何の反応もないことに疑念をいだき、錠の業者を呼んで勝手口のドアを開けたということです。現場検証の結果、三人は死後数日が経過していることが判明。亡くなった男性の家族には、さらに高校三年生の長男18歳がおりますが、今日の午後から行方不明になっております。同じ従業員の証言から、この長男は、ここ数日、遺体が発見された自宅でずっと過ごしていたことが分かっております。両親と妹の死を知りながら、通報しなかったわけです。このため、警察では死体遺棄容疑で逮捕状をとり、長男の行方を追っています」

 女性リポーターが言っている従業員というのは、石塚鉄兵(いしづかてっぺい)さんのことだろう。会社のチーフ格で、父の右腕を務めていた人物だ。俺のことをいつも可愛がってくれた好人物だ。

 その鉄兵さんは、この数日間、父が出社してこないことを不審に思って、くどいほど俺に問い合わせていたのだ。俺は、父は金策で九州の親戚のところに行ったとはぐらかしていたのだが、露見するのは時間の問題だった。家族の一員のように、父から信頼の厚かった鉄兵さん。日焼した顔に白い歯を見せて、いつも笑顔だった鉄兵さん。彼が寝室で三人の遺体を発見したときの驚愕と心痛を察すると、俺は心が乱れる。

 悲しませてごめんね、鉄兵さん。でも、避けられない運命だったんだ。鉄兵さんは、今ごろは第一発見者として警察に呼ばれて事情聴取を受けていることだろう。

「また起きたんだ、こういう事件」
 シンが眉をひそめてブラウン管を注視している。ずっと外出していたため、今はじめて事件を知ったらしい。

「男性は棒状のもので目を突かれて(つぶ)されたうえ、鈍器で頭を殴られて死亡、妻と長女は首を絞められたことによる窒息死です。長女はカンゴールの赤いスニーカーを履いたまま、ベッドに横たえられていました。三人の枕元には、『ムーミン』のキャラクター、スナフキンの縫いぐるみが置かれていたということです。ここまでは従来の報道でもくりかえしお伝えしたことですが、ここで新情報です」

 横からメモを受けとった女性リポーターの口調が切迫した。
 新情報? いったい何だ、それは? 俺は身を乗り出した。
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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