051 くまのプーさんのマスコットを付けていたのは誰だっけ?

文字数 1,162文字

 テレビを見ていたシンが、また唸った。
「ますます分からなくなってきたぞ。容疑者の高校三年生を悪く言っている奴もいるな。いったい、どっちが本当の姿なんだ」

 シンよ。マスコミを利用した情報操作に惑わされてはならない。願わくは、何が真実で、何が虚偽なのか、自分の頭でよく考えて見抜いてくれたまえ。悪意に(ゆが)められた不当な中傷で、判断を狂わせてはならない。

 映像が切り替わり、今度は女生徒がVTRに登場した。
「──くんが、こんなことをするなんてありえないんです! なにかのまちがいなんです! あたしは絶対──くんは犯人じゃないと信じています!」

 ひたすら泣きじゃくって、感情的になっている。「──くん」の部分は、真崎くんなり、亜樹夫くんなり、俺の実名を連呼しているのだろうが、音声処理されて、例の甲高い電子音にすり替えられている。テレビ局が少年法に配慮して、俺の実名が割れないように操作していることは言うまでもない。

「でも、現場の状況からいって、少年が犯人であることは間違いないと警察でも断定したようですが……」

「警察やあなたは、彼がどんな人か知らないから、そんなことが言えるんです! 彼が犯人なんてことは、絶対にありえないんです!」

「あなたがそう断定する根拠は何ですか……?」

 マイクを向ける女性レポーターも困惑気味だ。女生徒は泣き叫ぶばかりで、その後は何を言っているのか聞き取れない。

 ありがたく思う一方で、俺自身も困惑している。俺に対して一方的に絶大な信頼を寄せてくれている、この女生徒はいったい誰だ?

 岩清水(いわしみず)磯谷(いそがや)と同様に、顔と音声は本人が特定できないように処理されている。着ているのは、ありふれた白ブラウスに紺プリーツスカートだから手がかりにはならない。持っているカバンも、校則で推奨されている紺のナイロンバッグだ。カバンなどは校則を無視して、思い思いのものを持ってくる生徒が大半だから、かなり真面目な生徒と思われる。

 おや? カバンの取手に、くまのプーさんの小さなマスコット人形が付いているぞ。A・A・ミルンが、息子クリストファー・ロビンのために創作したハチミツ好きな黄色いクマ。愛らしい、見慣れた姿だ。クラスの女子は一人の例外もなく、みなカバンや携帯ストラップにお気にいりのマスコットを付けている。くまのプーさんを持っていたのは誰だっけ? 俺は思案した。クラスの女子に対してなど、日頃からろくに関心を払っていないから、思い出すのに苦労する。

 そうだ。山田さとみだ。思い出した。カバンにプーさんのマスコットを付けているのを教室で見たことがある。

 そうと分かると、俺の口元には自然に苦笑が浮かんだ。俺はクラスの女子をほぼ全員黙殺していたが、あの女だけは、過去において俺と多少の関わりがあったと言えば、言えないこともないのだ。
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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