041 児島令子さんの証言 01
文字数 1,657文字
「近所の住人や、高校の教師、同級生の話を総合しても、動機はまったく不明です。容疑者の高校三年生は、近所の人に会ってもきちんとあいさつをする礼儀正しい少年でした。数週間前おこなわれた自治会の草むしりにも、仕事が忙しい父親や、体調がすぐれない母親に代わって参加し、好感を持たれたようです。昨年末に大雪が降ったときは、お年よりの一人暮らしの家の前をボランティアで雪かきし、たいへん感謝されたそうです。家庭内でも妹の面倒をよく見て、父親や母親との仲も良く、周囲から見るかぎりでは家族関係はきわめて良好だったといいます。また、少年が通っていた高校は地域でも指折りの進学校です。少年は成績優秀、遅刻や欠席もなく、まったく問題のない生徒だったといいます。なにが原因でこのような凶行に及んだのか、周辺住人や学校関係者は、恐怖と不安に背筋を凍りつかせています」
そう、おまえらに分かってたまるものか。俺自身にさえ、まったく予想できない出来事だったのだ。
「それでは関係者へのインタビューをVTRにまとめてありますから、そちらを見てみましょう」
映像が切り替わった。女性が映っている。モザイクで顔は分からない。「被害者の男性が経営する工務店で事務を担当する女性従業員」とテロップが出た。児島令子さんだ。父の会社は従業員七名の零細工務店だった。女性従業員は児島令子さんだけしかいない。
児島令子さんは母子家庭で、幼稚園の娘が一人いる。夫とは性格の不一致から、三年前に協議離婚した。最初の頃は毎月、養育費が振り込まれてきたが、それもしだいに滞りがちになり、ついには完全に途絶えてしまった。連絡を取ろうにも、その元夫は行方をくらまして、どこに行ったか分からない。それでも児島令子さんは愚痴をこぼさず、自分の力だけで苦労して娘を育てている。たいへんな努力家だ。
「たいへん痛ましい事件ですが、まずは一言」
同じ女性リポーターが事務的に社交辞令を述べてから、児島令子さんにマイクを向けた。彼女の声はボイスチェンジャーで変換されている。涙声だ。リポーター女史は本当に痛ましいと思うなら、悲しみにくれる人間に無遠慮にマイクをむけ、無理やり口を開かせるようなふるまいは慎むべきだろう。
「これ、何かのまちがいじゃないんですか。ありえないことです。だって、とても仲のいい家族だったんですよ」
「残念ながら状況からいって、高校三年年の長男の犯行にまちがいないと、警察でも断定したようです」
「あんなに優しい子が……。私たち従業員にも、いつも家族のように親切に接してくれて、とても素直ないい子なんですよ」
「なにか思い当たる原因はありませんか?」
「まったくありません。こちらのほうが聞きたいくらいです」
「亡くなった男性は、どういうかたでしたか?」
「立派なかたでした。この不景気で会社の経営は相当苦しかったようですが、絶対にリストラはしない、老人や子供をかかえる従業員たちを路頭に迷わすわけにはいかない、というのが口癖でした。私たち従業員を家族のように大切にしてくれて……。うち、母子家庭なんです。私が一人で幼稚園の娘を育てています。他の従業員にも、年老いた両親と同居している人がいます。社長はいつも困ったことはないか、生活は大丈夫かと、私たちのことを気にかけてくれて……。あんな良い人が……」
児島令子さんは感きわまって絶句してしまった。嗚咽をもらす。俺もおもわず貰い泣きしそうになった。だが、目の前にはシンがいる。うつむいて歯を喰いしばりこらえる。
父は人格者だった。会社は金儲けじゃない、人間関係だ。従業員全員が家族のように力を合わせて、信頼しながら生きていく。いつも、そう言っていた。
「立派な人じゃないか、この社長。高校三年生の長男は、なんでこんな立派な父親を殺したんだ? 息子が父親を殺す──そんなことがあっていいのか?」
またシンが怒っている。まるで自分の肉親が殺されたように怒っている。なぜ彼は事件にこれほど感情移入するのか?