069 肉親は魂の部分でつながっている
文字数 2,081文字
身につけていた手帳に俺と
俺と智代は病院に駆けつけた。親父は地下の霊安室にいた。コンクリートの寒々とした小さな部屋で、壁に備えつけの仏壇があって、線香が
俺はそのかたわらで、
ところが、よりによって自分の親父が自殺して、目の前に冷たくなって横たわっている。嘘だ、夢だって最初は否定したよ。一晩寝て朝起きたら、なにごともなかったように親父がアパートにいて酒飲んでるんじゃないかって思った。
でも、夢ではなかった。朝、目を覚ますと、やっぱり親父はいない。次の日も、次の日も……。やっぱり親父は死んでしまったんだと、俺は認めざるをえなかった。
街を歩いたり、電車に乗ったりしていても、すごい不思議だった。俺の親父は自殺してしまって、これは俺にとっては大事件で、世界がひっくり返るような衝撃だったんだけれども、まわりのやつは楽しそうに喋ったり、笑ったり、普通に生活している。なんだ、おまえらその楽しそうな態度は、て思った。本当はまわりの人たちは、ぜんぜん悪くなくて、俺が一方的に
その気持ちは俺にもよく分かる。今日の午後、新宿の街を歩いていて、俺も同じことを感じたからだ。家族全員を亡くし、たった一人の革命を遂行するために孤独に闘っている俺は、周囲の人間の
「ショックだったのは、親父の死亡推定時刻だ。警察の検視が済んで聞かされたんだけど、親父が死んだのは午前三時前後ということだった。これ、『お父さんがいない』って智代が俺を起こしにきたときの時刻じゃないか。もしあのとき俺がすぐ起きて親父を探しにいっていたら、親父は死なないですんだかもしれない。親父が死んだのは俺のせいだって思えた。
きっと智代だって、そう思っているんだ。あいつは優しいから口に出しては言わないけど、きっと心の中では、なんでお父さんを探してくれなかったの、て俺のことをずっと恨んでいるんだ」
シンは唇を噛んだ。
「そして、やがて親父のいない生活が普通になってしまった。朝、目を覚まして親父がいない。俺と智代のふたりだけだ。でもそれが現実なんだって、適応するようになってしまった。悲しいことだね。
肉親というのは魂の部分でつながっているんだと思う。生きているときは酒ばっかり飲んで、なんだこんな親父って思っていたけど、いざ、いなくなってしまうと、ぽっかり心に穴が開いたようだった。自分自身の人格の一部まで損なわれてしまったようだった。自分の心の中でなにかが足りないって感じなんだ。
父親っていうのは、たとえ雨戸閉めて家に閉じこもって一日中、酒飲んでいるような人間でも、やっぱり父親なんだ。そこに存在してくれるだけで、俺たちの心の安定の源になっていたんだ。だから、どんな形でも生きてさえいてくれたらって思う。それで俺……」
シンはテレビ画面に視線をむけた。
「このテレビでやってた肉親殺しの高校生のニュース見てたら、無性に腹が立ってきちゃって。世の中には父親に身近にいてほしいと願いながら、それがかなわない人間がいる。それなのに、こいつは自分で自分の親を殺した。とんでもない奴だ」
許してくれ、シン。俺には俺の避けられない事情があったんだ。
シンは涙ぐんでいる。俺もうつむいて、込みあげてくるものを耐えていた。シンの置かれた境遇は、俺自身のそれと驚くほど似ているのだ。シンの父親はレストランの経営者だった。俺の父も工務店を経営していた。どちらも中小零細企業だ。双方の父親が自分の仕事に誇りをもっており、小さい職場ながらも充実した生活をおくっていた。ところが長びく不況の影響で、しだいに経営環境が悪化し、追いつめられていった。そして二人とも、もはやこの世の人ではない……。
シンは俺の言いたいことを代弁してくれた。肉親というのは魂の部分でつながっている。俺も父を失って、自分の魂の一部が欠けてしまったような気分だ。幼少時、手を取ってバットの素振りを俺に仕込んでくれた父。キセルした俺を