075 やはりシンはシンだった
文字数 1,941文字
夢だったのだ。
夢の中の動作に合わせて、俺は実際に布団を叩きつづけていたのだった。俺は身を起こすと、かるく息をついた。
──父さん、俺は父さんを恨んではいないよ。父さんの気持ちはよく分かっている。心配しないで見守っていてください……。
周囲を見回す。どこだここは? 自宅の俺の部屋ではない。見慣れない部屋だ。俺の隣に布団を敷いて寝ている若い男がいる。この男は……。
しまった! うかつにも俺は寝込んでしまったようだ。
男は、新宿歌舞伎町でドラッグを売っていたシンだ。昨夜は下落合の彼のアパートに泊めてもらったのだ。テレビの一家皆殺し容疑の高校生──つまり俺自身──に関するニュースが端緒になって、彼は自分の父親の死にまつわる悲劇を打ち明けてくれた。そのまま酒を
午前1時を回って、俺たちはようやく布団にもぐり込んだ。シンは押し入れから来客用の布団を取り出してきて、彼の布団の隣に敷いてくれた。シンの妹の智代は、自室ですでに眠りについていた。
俺はシンを信じていたが、心の中には彼に対する一抹の疑いもあった。俺の油断を突いて、彼は携帯で警察に通報してしまうのではないかと。他人を疑うのはいやなことだが、俺の計画にミスは絶対に許されない。やり直しはきかないのだ。
俺は布団に入ってからも、ひそかにシンの監視を続けた。横になって目を閉じながらも、意識は彼の動静に向けられていた。通報するそぶりを見せたら、ただちに躍りかかって押えこむつもりだった。
昼間の引越屋の労働で疲れていたのか、シンは布団に入るとすぐに寝息をたてはじめた。演技ではなく、本当に眠りこんでいた。俺は神経が張りつめているから、眠気は感じなかった。シンの寝息に聞き耳をたてながら、彼が俺に語った言葉を
シンと俺が置かれた境遇は、驚くほど似かよっていた。おたがいに不幸な事情で肉親をなくした。シンは最初、父親が自殺したという現実を受け入れることができなかったと言った。一晩寝て起きたら、なにごともなかったように父親がアパートにいるのではないかと思ったという。
俺も同じだったのだ。父、母、妹の遺体と自宅で一緒に過ごした三日間。三人がもうこの世にはいないのだということが、俺には信じられなかった。朝、目が覚めたら、エプロンをつけた母が湯気のたつ台所にいて、朝食の支度をしているのではないか。食卓には父がいて、肩肘はって新聞を広げているのではないか。妹の
だが実際には朝起きて食卓に行っても、誰もいないのだ。家の中には俺ひとりだけだ。三人を安置した寝室に行ってみる。俺は胆力はあるほうだと思うが、あの寝室のドアノブに手をかけたときだけは何度も気持ちが
俺が逃げなかったのは、使命があったからだ。神の摂理がこの俺に課した、崇高な使命。それだけが俺の心の支えだった。
勇気をふり絞って、寝室のドアを開く。三人は俺が安置したときのままの姿で、ベッドに横たわっていた。体に触れてみると、冷たい。俺は心までもが、ひやりとした。三人はやはり死んでしまったのだと受け入れざるをえなかった。遺体の腐敗を防ぐためにセットしたエアコンの空調音だけが、寝室に虚しく響いていた。
……そんなことを考えながら、俺はシンの寝息に耳を澄ませていたのだ。シンの眠りは深く、不審な行動を起こすそぶりはなかった。そんな状態で、何十分、何時間かが経過した。俺はそのまま朝まで目を覚ましているつもりだった。眠らなくても、布団に横になっているだけで、だいぶ体は休まるものだ。
気持ちが張りつめているつもりでも、やはり疲れていたのかもしれない。いつしか俺は眠りにおちてしまったのだ。枕元に置いておいた俺の腕時計で時刻を確認すると、午前5時18分を示していた。どれくらいの時間、眠っていたのかは分からない。一時間か、二時間か。あるいは、ほんの数分だったのか。その間に、シンが通報してしまった可能性はないか?
俺はシンの様子をうかがった。彼の眠りはまだ深い。熟睡して寝息をたてている。シンの枕元に置いてあった彼の携帯電話を調べてみたが、通話した形跡はなかった。
やはり彼の言葉に裏表はなかったのだ。彼は本当に俺を信用して、親切で泊めてくれたのだ。警察に通報するつもりなど、もとより無かったのだ。俺は、善意の人を