074 処刑台の男

文字数 1,505文字

 俺の首にはしっかりとロープが巻きつけられていた。首に喰いこむほどきつい。ロープをほどくため手を動かそうとしたが、金縛りにあったようにまったく自由がきかない。俺の両手は革手錠のようなもので、体の両側にしっかりと固定されていた。

 俺が立っているのは絞首台だった。周囲は真っ暗で荒涼とした雰囲気がただよう。どうして俺はこんなところに一人で立っているんだろう? ここはどこだ? ひどく寂しく、不安だった。足元を見ると、絞首台の床には一メートル四方の底板がはめ込まれており、俺はその上に立っているのだった。


 (画像はイメージです。)

 ──この底板が外れたら……。

 俺は慌てた。ロープを外そうと身悶えする。底板が外れる前に、なんとかしなければ。だがロープが首に喰いこむばかりで、まったく(らち)があかない。どうしよう。どうしよう……。俺の不安は増した。

 ふと目の前を見ると、父が立っていた。いつのまに現れたのか。よかった。俺を助けにきてくれたんだね。早くロープをほどいてよ、父さん。

 だが父は、俺を見てさびしそうに微笑んでいるだけだった。いつもと同じ慈愛に満ちた顔ではあったが、苦悩ともとれる哀しい表情が浮かんでいるのだ。父さん、どうしてロープをほどいてくれないの? どうしてそんな哀しそうな顔をしているの? なんで黙って見ているだけなの?

 そのまま父の姿はかき消すように見えなくなってしまった。

 待って、どうしてなんだ、父さん……!? どうして、助けてくれないんだ!?

 不気味な音をたてて底板が外れた。俺の体は虚空を落下していった。すぐに全体重が首にかかるはずだ。俺は衝撃にそなえて、首の筋肉に力をいれ、体を固くした。

 ……だが、なにも起こらなかった。俺の体はふわりと着地した。なんの衝撃もない。肩透かしを喰らったような気分だ。気がつくと、ロープも革手錠もなくなっている。体の自由がきく。どういうことだ?

 ふと目の前を見ると、絞首台があった。さっきまで俺が立っていたはずの絞首台だ。それがなぜか目の前にある。底板が抜けて、一人の男が首からロープで吊されている。

 俺はここにこうして自由の身になっている。そうすると、あそこで吊されているあの男はいったい誰なんだ? 嫌悪感をもよおす不気味な風景だ。男の顔には覆面(ふくめん)がかぶせられていて、誰だか分からない。

 俺は吊された男に近づいた。どうも見たことがあるような体つきだが。いやな予感がした。俺は覆面を()ぎとった。覆面の下から現れた顔は、俺の父のものだった! 俺はあわててロープを切り、父の体を地面に横たえた。父の息はない。胸に耳を押しつけて聞いてみると、心臓の鼓動もない。

 まずい。このままではまずい。俺は父の心臓をマッサージしはじめた。両手に全体重をかけて、父の厚い胸板を強く押す。ふたたび胸に耳をつけて聞く。なんの音もしない。心臓は止まったままだ。父の体はどんどん冷たくなっていく。俺は必死で心臓マッサージをつづけた。なんの効果もない。最後には(こぶし)で父の胸を力いっぱい殴りはじめた。

 動け、心臓! 目を覚ませ、父さん!

 何度も何度も、拳で力まかせに父の胸を殴りつづけた。父はなんの反応も示さない。ふと気づくと、俺の両の拳はいつのまにか血まみれになっていた。

 なんなんだ、これは!? いったい、どういうことなんだ!?

 俺は顔を引きつらせ、真っ赤な自分の拳を呆然(ぼうぜん)と見つめるのだった。

 いけない。時間をロスしてはいけない。こうしている間にも、父の蘇生の可能性はさらに低くなってしまう。気をとり直した俺は、血まみれの拳で父の心臓のあたりを殴りつづけた……。





【処刑台の男・画像・別バージョン】






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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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