Folge 06 長女の告白
文字数 4,856文字
夕食も終わったので、風呂の準備をするところ。
これはオレの担当。
家事ができないとはいえ、風呂の準備ぐらいはね。
洗濯機の吸引ホース内の水を出して洗濯機横に巻き付ける。
浴槽の栓を抜いて残っている水を抜き切る。
それからシャワーとスポンジを使って軽く磨いてやる。
ちょっとやっておくだけでも入った時に気分良いもんね。
後はスイッチを押すだけだからオレでもできるでしょ?
さて、一旦部屋へ戻って復習の準備でもするか。
一貫校とはいえ、成績が低いんじゃ上がれないからね。
おっと、ツィスカがいる。
ベッドに座ってオレを待っていたみたい。
掛布団カバーをギュッと握りしめてこっちを見ている。
あ、いつもの膨れ顔になった。
でもカバーは握りしめている。
何か言う前に動くのが基本のツィスカがジッと黙っている。
膨れ顔は普通に戻ったけど、まだ何も言わないし動かない。
やれやれ。
何かあるのは確かだ。普通じゃない。
隣に座って話すのを待ってみようと思う。
――――沈黙。
頭を撫でてみる。
少し細めで見た目よりも軽くて長い髪。
撫でているこっちの手へのご褒美に思えてくる。
少し俯いているし、まだカバーも握りしめている。
頭も撫で続けているけど、どうにも埒が明かないな。
静かなツィスカを撫で続けているってだけならば。
癒しの時間になってありがたいんだけど、これはどうしたものか。
コクっと頷いた。
言葉が出てこないけど、答えてはくれた。
首を左右に振っている。
調子狂うな。
そう言って風呂場へは動いてくれるようになった。
握りしめていたカバーにクッキリと跡を残して。
無駄に広いウチの風呂場。
両親が子供は最低三人は欲しいからと、家は5LDKにした。
よって風呂場も広いわけでして。
風呂は最初から全員で入るつもりだったらしい。
なのに二人共仕事でこの家にはほとんどいない。
三人の予定だった子供は四人になった。
結果的にはこの家に住んでいる子供四人全員で入っているという状況。
最初に入った三人は、何か足りなくない?
と目を合わせ、同時に振り返った。
空いている風呂イスにちょこんと座って静かにしているツィスカ。
どうやら今日はこのままの状態になっちまいそうだな。
カルラは
どこか納得していないようだ。
うれしいですけど、そういう言い回し。
全て即答してくるところがカルラの凄いなと思う面だな。
コクリとツィスカは頷いた。
本当に静かだ。そういうお年頃?
女性的にいろいろあるお話か?
うわ、保護者モード全開の夜なのかなあ。
なんか緊張してきた。
今は色々考えても分かるわけがないからいつも通りにしておこう。
小学生低学年までだろ、一般的にはね。
藍原家にはその一般的は適用されないらしい。
一般じゃなく藍原家だから。
こうなったらカルラが困る程綺麗にしてやるぞ!
にしてももう中学二年生ですか。
オレが高校性なんだから、そうだよなあ。
男子高校生が女子中学生を洗っている絵面って、とんでもないな。
ご承知の通り、兄妹だからですよみなさん!
保護者を任された兄貴の特権ですよ!
あ、カルラの顔が真っ赤になってる。
あんなこと言っておいて限界がきたか?
徹底的にやっておいてやろう。
カルラが困ってる姿は楽しい!
……可愛い。
コクリと頷いている。
喋らないなあ。
髪の毛まで洗ってあげるのは随分久しい。
長い髪だから洗髪用のブラシを使って丁寧に洗ってあげる。
美容師さんでもなきゃこんなことしないよなあ。
いや、美容師さんはこんな恰好ではしないか。
しっかり濯いでからコンディショナーで仕上げてボディへ移行。
カルラと同じようにしてあげる。
ツィスカは色が真っ白だから浅黒い肌のカルラとはまた違う綺麗さだ。
モテて当然だな。
カルラと共にタケルも風呂場から出て行った。
湯船ではツィスカがスルスルっとオレの前に来た。
なのでラッコ抱きをしてあげる。
というかどうもそれを要求されたようだ。
やっぱり黙ったまま。
でも喋らないだけで甘えてはくるからまだ助かるよ。
これが全て拒否られたりすると手に負えないだろう。
結局風呂から出てからはオレに付いて回っていた。
さすがにトイレは交代で入ったけど。
それ以外はとにかく付いて回っていた。
勉強も最低限やっておきたいところがあったからしたのだけど。
この時もオレの部屋で同じように自分の勉強をしていた。
めっちゃ心配なんですけどー!
でも、勉強中のツィスカを見るのはあんまりない。
こんなに集中してやっているのかと感心した。
カッコよさすら感じるほどのデスクワーク。
成績もいいはずだ。
オレは気が散り過ぎだな。
勉強の時間ぐらい見習って集中するか。
あれから二時間。
オレ的にはキリが付いた。
しかしツィスカは変わらず集中している。
いつもと違うところを見せられると、新たな魅力を発見できる。
こんな感じで授業も受けているのかな。
そりゃ先生からも誉め言葉しか出てこないのが分かる気がする。
そう言ってオレは部屋を出て台所へ向かった。
一口飲み物が欲しくてね。
するとリビングに居たカルラがどう?
という風に目で聞いてくる。
歯磨きが済んだ後、オレと入れ違いにツィスカが歯を磨きに来た。
軽く頭を撫でてから部屋へ向かう。
いつもは賑やかな家。
これだけ静かな家だと四人いるのに寂しくなるな。
読みかけのマンガを進めながらツィスカを待つ。
どんな話が出てくるのか心配しかない。
だが、案外大したことないってこともありうる。
あまり身構えずにいよう。
程なくしてツィスカが部屋に戻ってきた。
白色のパジャマで丸襟。
裾口と裾口にピンクのステッチが入っている姿。
やはり黙ってコクリと頷いた。
電気を消して二人でベッドに入る。
ツィスカはオレに背中を向けていた。
しばらくすると、こちらへ寝返りをして潤んだ目で見つめてきた。
ようやく声が聞けたなと思ったが、なんだか切実な言葉が発せられた。
オレのTシャツ。
ああ。
オレはパジャマではなくてTシャツにジャージパンツが部屋着。
そのTシャツの胸元をキュっと握って話を続けてくる。
――――これは。
さて、正直只今、心のキャパがオーバーしている。
頭がクラクラする。
美乃咲さんに告白された時とは違う。
圧倒的にツィスカの告白の方が心に響いた。
オレたち四人はしっかり血が繋がっている。
でも、ツィスカの気持ちが本気なのは痛いほど分かってしまう。
苦し過ぎる。
実は時々自分も三人に恋をしているのでは?
と思ったことが何度もある。
この告白を聞いて、今までのそれが確信になってしまいそうで。
怖さから逃げるために、知らないうちに線引きしていた。
既に気持ちがその線を越えていると知らされてしまった。
他の二人はどうなんだろう。
その前に、今目の前にいるツィスカ。
彼女とは両想いになっていることが証明されてしまったわけで。
やばい。
やばい、やばい。
やば過ぎるけど。
ツィスカの必死な表情を間近で見る。
爆発しないように固めていた気持ち。
これをツィスカの本気の愛が溶かし、爆発しろと叫んでいるようで。
もう、耐えられそうにない……です。
シャツを握る手は力を緩めない。
しばし何かを考えてから口を開いた。
――――はぁ。
なんとなく自分の気持ちは分かっていた。
でも、それは言うべきことではないと、心の奥底に閉まっていた。
それが妹にこれだけ本気で言われたら。
――――いや、それでも言うべきではなかったのだろうな。
自分こそ気持ちを抑えきれていなかったんだ。
ああ、やっちまった。
でも苦しんでいる妹を見るのは辛い。
この気持ちはオレたちだけが知る、オレたちだけの話。
他の誰にも迷惑をかけることではない。
知られなければ問題ない。
質の悪いことに、肯定し始めたなオレ。
でも、ツィスカに答えてしまった以上引き返すことはできない。
今更自分も誤魔化せない。
決めた。
オレたちは先へ進むぞ。
ツィスカ――――――――