Folge 25 休戦
文字数 5,203文字
美乃咲姉妹は自宅へと向かうはず……だった。
――――しかし。
藍原家にいる。
咲乃がオレの腕にしがみついて離れなかったからだ。
オレはリビングのソファーに咲乃付きで座っている。
美咲は自宅へ帰るように説得を試みた。
強引に連れて帰ろうともした。
でも、咲乃は瞬間接着剤でも塗ったかの様にオレから離れなかった。
オレは咲乃の顔が蒼ざめたままなことが気になってしまう。
それで少しウチで落ち着いてからでもいいんじゃないかと提案したんだ。
だって、外にいることすら辛そうな表情を見ていたら放っておけないよ。
最近妹からの嫉妬度数が高い。
タケルには女子のアプローチを許すのに、オレはアウト。
これ、酷いよ。
とげとげしい目線でカルラは睨んでいる。
オレのモテない理由の一つじゃないだろうか。
妹がオレの知らないところで女子バリアを築いているのでは?
お得意の両手を腰に当てて胸を張るポーズで言う。
皮肉たっぷりだな。
妹二人は呆れた顔をしている。
登校拒否をするほどなんだ。
街中だって大変だから引きこもったわけで。
人込みが苦手な人って結構いるじゃないか。
オレだって避けられるなら人込みなんて避けたいと思うし。
最終的には相手の事を分かってあげるのがカルラの良いところだ。
しっかりしているよなあ。
そして経験したことがあるかのように語るタケル。
何を語っても説得力があるのは羨ましい。
そんなタケルを最近は美咲がガン見しているんだよね。
まさか……まさかね。
カルラが大きなため息をつきながら、許可を出す。
タケルは端からそのつもりのようだった。
そして、ツィスカだが……。
まだ仁王立ちをしている。
どうしても納得できないみたいだ。
うわあ。
肩を揺さぶられながら問われています。
今は大切度合いレベルの話じゃないんだけどな。
完全に信じていないのか。
分からなくはないんだけど、でもねえ。
揺さぶるのはやめてくれた。
オレの左頬に自分の右頬をくっつけて囁く。
お、おお。
結局この話の落としどころをそこにしたわけね。
ならば言って差し上げましょう。
ツィスカは頬ずりをしながらニッコリとした。
その途端、一瞬鋭い目つきになっていたカルラの目は和らいだ。
その反面、ツィスカは頬ずりしていた頬でオレの頭を突き放した。
どゆこと?
う~んと、結局仕方がないんだな。
だって、二人共彼女だし、同じように愛している妹だし。
大声で二人揃ってその言葉を叫ばれた。
その勢いで咲乃が頭を起こす。
オレおかしなことしているか?
弱っている子を気遣っているだけだというのに、さっきから、なんだよ。
ツィスカから呼んで横に座らせて抱える。
抱えた腕を頭へ持っていき、顔をこちらへ向かせる。
少し乱れた髪が綺麗な顔をさらに引き立てる。
そう言うと何をされるのか分かっていたのだろう。
ツィスカは大人しく目を閉じた。
ちょいちょいと、手招きをすると、ツツツツっと寄ってきた。
ツィスカと入れ替わり、同じようにしてあげる。
これ、中学生のセリフじゃないよな。
最近グンと色気やら言い回しやらが大人びてきているカルラ。
こんな二人を大事にしないわけないんだから、嫉妬なんてするなよ。
いや、嫉妬してもらえるってのは幸せなことだよね。
そうか、それなら嫉妬させ続けると最高なのか?
いやいや、とんでもないことを考えてしまった。
そんなの、呆れられてジ・エンドだ。
咲乃が今の一部始終を見てから呟く。
ん?
あれ?
なんだか今までよりずっしりとしてきているような。
完全に力が抜けている。
ただ眠りに入ったのとは違う気がする。
カルラがすぐに動いた。
水を入れたコップを美咲に渡す。
脱力しきった体はオレに纏わり着くようにずり下がっている。
意識を失っているようで、身体のどこにも力が入っていない。
そんな咲乃を元の位置に戻す。
そして頭をソファーの背もたれ上部に、若干口が上に向くよう支える。
ええい!
仕方ない。
オレ、頑張る!
人工呼吸の要領に似せて強引に咲乃の口の中へ水を流し込む。
咽でもしてくれればとりあえず意識が戻るだろう。
素人考えだが、まずは意識を戻そうと思った。
カルラがタオルをオレに渡す。
咲乃に頭を下げさせてそこへタオルを宛がう。
咽るのが収まるまで背中を摩ってあげる。
ああ、弱々しい背中をしているなあ。
これだけでも守ってあげたくなってしまう。
さすがに苦しそうだ。
自分がやったこととはいえ、可哀そうになる。
苦しくて気絶したところへさらに苦しくさせているのだから。
ああ、駄目だ。
オレは思いっきり咲乃を抱きしめていた。
そうしてあげないと苦しさから逃げられないような気がして。
咲乃は飲み慣れている薬を呆気なく飲んだ。
オレの顔を見てニコっとする。
その状態で微笑むなんてするなよ。
顔は真っ青なままだというのに。
ああ、この子は
髪の毛を解くように、頭を撫でてあげた。
まだニコニコしている。
引き込まれそうだ。
勝手に顔が近づいてしまう。
オレにはこの言葉を拒否する理由が無かった。
オレがいるだけでこの子が普通に振舞えるのなら。
オレが黙って聞いているからツィスカが痺れを切らしたようだ。
ん?
美咲が立ち上がった。
久しぶりに美咲の大きな声を聞いた。
おまけに呼び方がサダメ君になっている。
おっと。
また絶妙なタイミングで入って来たな、タケルめ。
美咲も興奮気味だ。
タケルの言葉がしっくりきたらしい。
それはオレも感じているからこそ、面倒を見る気にもなっているんだけど。
妹がそれを理解できなかったんだよね。
タケルが一言加えたことで、妹達も考え方を変えようとしているみたいだ。
学校で告白してくる奴らに対しても言っていることだよな。
いきなり過ぎてドン引きしてしまう。
ドン引きさせられると中々元には戻せなくなってしまうと。
何も端から拒否するなんてことをこいつらは一言も言っていないんだよね。
ってことは、告白している連中は、もしかしたらってのを逃しているのか。
勿体ない話だ。
今更妹を誰かに持っていかれたくはない。
もしかしてって時はオレが拒否するが。
あら。
ここへきてあっさりと許したな、ツィスカ。
筋が通ってさえいれば、すぐに軌道修正できるのが偉い。
嬉しいことに、カルラは毎度オレへの愛を絡めながらコメントしてくるね。
惚れてしまうじゃないか。
いや、もうがっちり惚れていたっけ。
美咲から裏返ったような声が出された。
そういえば、何の気なしにお姫様抱っこしていた。
妹達を運ぶときはお姫様抱っこというのが普通だったからなあ。
ツィスカはワザと寝たふりしてまでオレにさせていたぐらいだし。
ツィスカのベッドに咲乃を寝かせて、ようやくオレはフリーになった。
それぐらい咲乃がくっついていたわけだ。
妙に体が軽く感じる。
弟妹三人に後はよろしく、と伝えて少し眠ることにした。
今後についても考えなきゃ。
さてと、久しぶりに思える自室へ入ろ――――痛っ!
ドアに足の小指をぶつけてしまった。
超絶痛い。
何かの罰でも当たったのか?
――――オレは、無実だあ!