Return of Happiness(26)
文字数 3,319文字
「あれって聖母魔族!?」
紫色に輝く瞳。情報の能力を発動させ状況を確認するアサガオ。見覚えある甲冑。二年前に見たものと若干違っているがやはり、ゲルニカの結婚式の時に見た彼等だ。聖母魔族の兵士達。
「マリアが生きていた頃の装備。多分一万年くらい前のものね」
近付いて来る敵、かつての配下達の再現を見据えながら冷静に答えるスズラン。彼女達と雨道の間は巨大な青い光の壁で遮られており、こちらから向こうへ進むことはできない。逆に敵軍だけはその壁の中を素通りして迫って来る。
「それを再現したってこと?」
「あの人、なんでそんなことができるの!?」
「それは──」
一つは、ここが現実と虚構の交雑する幻想空間だから。あの雨道は正確には実体化しているわけではない。魔素に保存された彼の情報が視認できる状態になっているだけ。要は立体映像。ただし同じ空間内の者達になら触れるし質量も感じる。
かつてロウバイ達は魔素の海の中で
そして彼が≪世界≫の有色者であることも大きい。本物の聖母魔族を知らない彼が発生させたあの記憶災害は再現度が低い。自我を喪失した人形のようだ。だからマリアの力の一部を借りている彼を彼女と誤認してしまう。質の悪い再現であることが彼にとって逆にプラスに働く。
敵軍はすぐに障壁を抜け、襲いかかって来た。身構えるアサガオ達。
「来た!」
「スズねえ!?」
「応戦して! やっつけちゃって構わない!」
操られているあれらはただの人形。かつて率いた可愛い部下だとは思わない。スズランも次々に術を唱えて撃墜していく。
「ノイチゴちゃん、マーキングした!」
「うん! 導き辿りて駆け抜けよ 小さき流星!」
ヒルガオがターゲットに指定した数体を、枢楽魔法によって増幅され、その上で範囲を極限まで絞り込んだ魔力障壁が貫いていく。逆に敵軍が放った攻撃はアサガオが≪均衡≫の力で受け止めた。
「守りは任せろ! 足止めもな!」
彼女の眼光はさらに、素早く動き回る敵をぴたりと空中に縫い留めてしまう。その瞬間を狙ってヒルガオが新たなマーキングを施して流星が貫く。
さらに無数の魔力弾も放たれた。ノイチゴの後ろにいるクマの着ぐるみから。
『僕も戦える! スズ姉から借りたこれがあれば!』
中身はユウガオ。両手が高速連射装置に変形し次から次に魔力弾をばら撒く。稼働時間を延ばすため威力は控え目にしてあるが、それでも牽制には十分。
彼の言うように貸与したのはスズランだが、開発したのはお馴染みナスベリ。聖母魔族のパワードスーツを参考に再び改修を施したこの着ぐるみの名はクマハル・マークX。前モデルから段違いの進化を果たしたシリーズ最高傑作である。なんと普段はバックパックサイズに折り畳むことのできる優れた変形機能を搭載。ちょっとした隙間に入り込むので置き場所に困らない。汚れや湿気から保護してくれる専用収納ケース付き!
そしてモモハルも、意外な相手とコンビを組んで遊撃に回った。短距離転移を繰り返しながら持って来た長剣で次々に敵を打ち据える。
「やるな、モモハル」
「カイさんもね!」
破壊神カイ。彼は雫達のように無数の足場を空中に生み出すと、それを蹴って跳び回りながら一撃ごとに確実に敵を仕留める。やはり圧倒的に強い。
「ほんじゃアタシらも」
「行きますか!」
他の五柱まで戦闘に参加した。今回は誰に遠慮する必要も無い状況。存分に力を使って暴れ回る。龍道の放射した光を浴びて強化される友軍。要が創り出した迷宮空間に囚われスズラン達を見失う敵軍。夏ノ日夫妻を狙った魔法をユカリが打ち消し、ミナはSF作品の宇宙戦艦にでも搭載されていそうな大砲を再現してビームを放つ。
信じ難い光景の連続。ホウキに跨った美樹と友也大興奮である。二人とも目を輝かせて非現実的な戦闘に魅入った。ちなみにホウキはスズランのもの。いざという時に自己判断で動くよう指示されて二人を乗せている。
「ひゃああああああああああああああああっ!? 魔法よ魔法! 友くん、この子達みんな魔法使いだわ! それっぽくない子もいるけど、とにかくファンタスティック!」
「すごいねほんとに! ああっ、友美と友樹に見せてあげたいっ!!」
「ほんとよね。特に友美! 悪の魔女シリーズの大ファンだもの!」
「悪の魔女?」
眉をひそめるスズラン。気になるワードが出て来たが追及するのは後にしよう。
戦況はこちらが優勢。所詮は人形。自我を喪失しているせいで深度は浅い。ノイチゴの攻撃で簡単に倒されているのがその証拠。魔力は弱くとも彼女はかなり深化が進んでいる。極小障壁で敵の防御を貫けば、その瞬間の確信が存在の核を打ち砕く。本物の聖母魔族の精兵ならともかく、あの程度の雑兵に苦戦したりはしない。
自分が手を出さずとも勝てる。だから彼女だけは手を止め、その代わり別の問題に取り組むことにした。
「雫さん、時雨さん、二人はまだ動かないで」
「えっ……」
「な、何故ですか?」
雨道に拒絶された。そのショックで固まっていた二人もようやく我に返る。スズランの言葉の意味も雨道の行動に対してもまだ理解が追い付かない。
どうして、何故こんなことに? 問いかける彼女達に対し、スズランは宣言通り真実を突きつけた。
「彼はここにいたいからです。ここは彼の夢が、願いが叶う場所。貴女達の幸せを願ったことで生まれた幻想世界。彼というコアがここに存在し続ける限り、地球には青い月光が降り注ぐ。彼は死の間際に有色者となった。精神に感応できる≪世界≫の力を有する者に。そして、たった一つの願いを能力で増幅し放射したのです」
「……ああ、そうか、そういうことか雨道……」
雫は理解した。死に際、彼は人々の幸せを願ったのだ。その精神波が有色者となり強烈に増幅されたことでとてつもない広範囲に放射された。調査によると彼が死んだ直後には不思議なことが起こっている。世界中で一時的にあらゆる争いが収まった。
紛争地帯では兵士達が一斉に武器を放棄して戦闘を中断。濡れ衣を着せられてマフィアに捕まり残虐な方法で殺されそうになっていた男は、突然解放され困惑しながら警察署へ駆け込んだ。
他者に優しくなれる月光。タイミング的に、もしかしたらという疑念は以前からあった。そしてそれが今、スズランのおかげで確信に変わった。やはりあれは雨道の起こした奇跡だったのだ。
「この世界の各地に残っている遺跡は聖母魔族が建造したもの。あれらには私の力を増幅する装置が設置されていました。そのため私の力を借りて放射された雨道さんの精神波もさらに強くなったのです」
やがてそれは遥か遠くの月にまで届いた。大量の魔素を内包する星だとは知らず。
「月まで届いた精神波は彼という存在の全情報と最後の願いを魔素に記憶させた。それにより異界化を果たしたこの空間では電気刺激というトリガーが無くても“再現”が行われます。魔素は自身の役割を果たすため彼を再現した。オリジナルと同じ思考、同じ能力を持つ者を生み出して同様に精神波を放出させた。彼が願った通り“皆が幸せになる”まで、それが終わることはない」
雨道が自分を連れ帰ろうとする二人を拒絶し攻撃を仕掛けたのも、彼自身の意志というよりオリジナルの願いを叶える“装置”と化した月がコアを奪われまいとしていることが原因。だから、この戦いは彼を諦めない限り永遠に続く。
「選んでください」
語り終えたスズランは、続けて問いかけた。彼女自身はどちらでも構わない。どちらを選んでもいい。雫と時雨、雨道の関係者が出した結論を尊重しよう。その上で強権を振りかざし、この問題を強引に解決する。
「彼を連れて帰りますか? それとも、このまま置いて行きますか?」