六章・最悪の魔女(7)

文字数 5,690文字

 ところが、まだ本当の意味では終わっていなかったのです。

「やっぱり消えてませんのね……」
 呆れました。眠りに落ちた私が見覚えのある白い空間に降り立つと、そこには老婆姿のゲッケイがいたのです。薄々そんな気はしていましたけれど、本当になんてしぶとい婆様でしょう。
「当然じゃ、失ったのは器だけ。魂は、ほれこの通りピンピンしとる」
 死んでいるのにピンピンしてるも何も無いのでは?
「それにしても、アタシゃ元の姿なのに、なんでお主は子供の姿なんじゃ?」
「知りませんよ」
 たしかに私は以前と違い、ヒメツルではなくスズランの姿になっています。自分の中の精神世界で母を許した直後からこうでしたね。でも、それがなんだって言うんです?
「貴女には関係ないでしょう?」
「なんじゃその態度は、目上の人間は敬わんかい」
「はあ? でしたらまず、敬われるに値する人間になって下さる?」
「相変わらず口の利き方を知らん子だね」
「そちらこそ、ついさっき負けておいて偉そうに」
「あぁ?」
「なんですの?」
 バキバキバキバキ、お互いの放った殺気がぶつかり合い、空間が割れました。八年前の再現です。けれど今回は別の力が介入。亀裂が塞がっていきます。
「うえっ!?
「む?」
 不意に視線を感じた私とゲッケイは同時に同じ方向を見ます。
 そして、やはり一緒に渋い顔になりました。

「……八年ぶりですわ」
「……アタシゃ、二百と何十年かぶりだよ」
『久しいな、最悪と才害よ』

 空中に目玉を象った巨大なガラス玉が浮いています。私が人生をやり直す羽目になった元凶の一つ、眼神アルトラインがこちらを見下ろしているのです。
 ぶん殴ってやろうかと思いましたが堪えました。怒らせてカエルにされたりしても敵いません。確実にとっちめられるチャンスを待ちます。
「お久しぶり、今回は何の用ですの?」
『伝えるべきことがある』
 まあそうでしょうね。私達に接触してきたということは、また未来に関する話なのだと思います。あの未来予知の魔導書は元々ゲッケイの遺品。つまりは彼女も読んでいるはず。彼女がここにいることこそ、その証明。
(さっきこの婆さん、二百と何十年かぶりと言いましたわね? ということは、こうして直に接触してくるのは極めて珍しい事例ということでしょうか……)
 その割に私はもう二度目なんですが。それに何故今回は二人なのでしょう? どちらも同じ用件だから、ということかもしれません。
 ゲッケイも同じことを思ったようで、アルトラインを見上げて問いかけました。
「二人同時ってことは、アタシとこの子に同じ話をする気かい?」
『その通りだ。しかしまず、汝に使命を果たした礼を言う』
「余計なお世話だよ!」

 礼を言われて怒る彼女。
 隣の私は首を傾げました。

「使命?」
『二百七十二年前、私は才害の魔女に使命を託した』
「えっ、それって……」
 もしかしてゲッケイは三百年近い期間、その使命のために行動していたと?
 訝る目に気付いた彼女はフンと鼻を鳴らします。
「勘違いおしでないよ。それはコイツが勝手に言ってるだけさ。アタシゃいつでも自分の好きなように生きて来たからね」
『その行動が結果的には使命の達成に繋がる。だから汝を選んだのだと、あの時にも私は言った』
「チッ……たしかにね、達成はしたよ、忌々しい」
 達成して忌々しくなる使命ってなんですの? ていうか相変わらず、この神様とのやりとりはなかなか話が進みません。いつになったら本題に?
「回りくどいのはやめましょう。私も暇じゃないんです。用があるならさっさと説明して下さいな」
『わかった、なら前回と同じ方法だ』
「あっ」

 ここでようやく思い出します。
 前回の“説明”の方法を。

「んああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!?
 頭を抱えて悶える私。大量の情報が一気に注ぎ込まれてきました。
「やれやれ……久しぶりだと堪えるね……」
 そうでした、この神様、早急な説明を求めると言葉よりもっと直接的な方法を取る性格なのです。
 その壮絶な情報共有が終わった後、私は二つの意味で表情を淀ませました。一つは神様の強引すぎるやり方による疲れ。もう一つは神託の衝撃的な内容のせい。

「この世界が……あと数年で“消える”……?」
『そうだ』
 あっさり肯定するアルトライン。流石の私も絶句します。

 要約するとこうです。
 その昔、この世界は三柱の神々によって創造されました。大陸最大の宗教“三柱教”が信仰しているあれです。名前はウィンゲイト、エリオン、ジーファイン。アルトラインは世界の管理と守護を任せるため後々創られた下位の神々の一柱だとか。
 そして創世の三柱には敵対者がおりました。彼等と同格の別の神々です。その敵対神達は創世の三柱が生み出した全ての世界に呪いをかけてしまいました。
 逃れ得ぬ“崩壊”の呪いを。

「それを……“崩壊”を阻止しろと?」
『そうだ、その使命は汝にしか果たせない、最悪の魔女』
「えっ、いや、どうして私ですの? 神様達で力を合わせればいいでしょう!?
 少なくとも、ただの人間に任せるより確実なはず。
 けれどアルトラインは否定します。
『創世の三柱は呪いを受ける前にすでにこの世界から去っている。呪いの根源は我々より上位の神々。我々下位の神ではどうにもできない。もちろん私の加護を受けているだけのモモハルにも無理だ。他の人間達もやはり同じ』
「なら、私だって──」
『汝にはできる。何故なら汝は、創世の三柱のうち一柱の血を引いている』
「はあっ!?

 とんでもないことをさらっと言われました。私がこのアルトラインよりも上位の神様の子孫? じゃあ私も神様だって言うんですの!?

「なっ、えっ? 他にいないんですか!? 探せば私より適任が見つかるかも!!
『血を引く者なら数多いる。しかし因子が足りない。血の交わりによって一定以上の因子を継いだ者だけが極稀に覚醒する。あの魔法を使うことが出来たのは、その証』

 あの……って、多分“青い光の柱”の魔法のことでしょうね。

『ソルク・ラサはあの御方の血族にしか使えない。世界神“ウィンゲイト”の血を引く者だけの特権。正しくは、そのごく一部だが。
 最悪の魔女、現状では汝だけが主神から受け継いだ力をより多く引き出し、この世界にかけられた“呪い”を消し去ることができる。つまり汝はこの世界で最も貴き者、ウィンゲイトの神子なのだ』

 いや、ちょっと待って。ちょっとくらいお待ちになって。
 今度は話が性急すぎて全然ついていけませんけど?

「アタシも初めて聞いた時には驚いたねえ」
 しばらく黙っていたゲッケイがしみじみ呟きました。
「貴女も同じことを……?」
「随分と昔にね。で、その時にこいつが言ったのさ。アタシがそのうちその“救世主”を育てることになるって」
「育てる? 私、貴女の弟子じゃありませんけど」
「ったく、聡いのか鈍いのかわからん子だねアンタは」
「……ああ」
 なるほど、納得した私はポンと手を打ちます。
「これまでの戦いのことですか」
 たしかにゲッケイとの戦いを通じて成長できたことは認めます。例の呪文を思い出せたのも彼女のおかげですし。散々酷い目に遭わされたので複雑な気分にはなりますが。
「そういうこった。漠然としたイメージしか無かったが、とんでもない力を持った相手に負けるって未来予知を見せられて、しかもそれがアタシの使命だって言われたんだ。このアタシに世界のために負けて来いって言うんだよ、腹が立つだろう?」
「ですね。でも、ということは貴女は私に負ける運命を覆すため、より大きな力を求めていたわけですか……」
 事情を聞いてしまうと若干の同情も湧いてきました。きっとこの方、まだ見ぬ私に勝つために涙ぐましい努力を重ねてきたんですわ。

 ──などと思ったのも束の間、あっさりその想像は否定されます。

「少し違う」
「え?」
「もちろん負けるのも嫌だが、一番の目的はもちろん、その強大な力を手に入れるためさ。眼神アルトラインが救世主としてアテにするほどの力、欲しくなるに決まっとろう。何ができるか考えるだけでワクワクするね。人類をまとめて進化させてみてもいい。ひょっとしたら別の世界だって創造できるかもしれない。ああ、たまらない。欲しいねえアンタのその力。ふえふぇふぇふぇふぇふぇ」

 そうでした、この婆さん自分の好奇心最優先の方でしたわ。

「本当に惜しいよ。アンタかあの坊やの力を手に入れられていたら、とりあえず霧の障壁を突破してみるつもりだったのに」
「危なかったですわ……」
 私が負けていた場合、本当にモモハルの望み通り魔物の溢れる世界が実現していたかもしれません。心の底から勝てて良かったと思います。

 けれど、どのみちあと数年で世界は滅亡する──その事実には戸惑うばかり。いったいどうすべきなのかと。
 すると、アルトラインが言うのです。

『理解できたか、最悪の魔女。いや、ウィンゲイトの神子よ。これは汝以外にはできないことなのだ。よって、この世界を救う使命を汝に託す』
「はあ?」
 カチンと来ました。なんですの、その物言い? こちらの意志も確認せずあまりに一方的じゃありません?
 腹を立てた私は思い切りアカンベーしてやります。
「お断りですわ」
『なに?』
「いいですか、これは私の持論ですが“悪いやつほど自由”なのです」
 数々の悪党を見て来た私が言うんだから間違いありません。人間は悪ければ悪いほどに比例して自由に生きているものです。そこのゲッケイさんが良い見本でしょう。この場合は悪い見本かもしれませんが。
『それと今の話と、何の関係がある?』
「過去現在未来を見通すとか言ってるくせにそんなこともわかりませんの? さっきからご自分で何度も呼んでるでしょう? 私は“最悪の魔女”ですのよ。すなわち私の持論に照らし合わせれば“最も自由なるもの”です。なのにどうして貴方の指図に従わなければなりませんの?」
『だが、それでは世界が──』
「お黙りなさい!」

 ピシャリと叱りつけ、そっと瞼を閉じました。深呼吸してクールダウン。
 すると脳裏に浮かんで来たのは両親や、モモハルや、彼の家族。村の人々。ノコンさんと衛兵隊の皆さん。私を愛し、私が愛するたくさんの人々の声、姿、思い出。私は彼等を魔法の力で魅了しましたが、彼等もまた私を魅了しているのです。それも魔法なんて一切使わずに。
 だから決意しました。もう一度瞼を開き、眼神を正面から見据えます。

「いいですか? そもそも言われるまでもないのです! 家族が、友人が、大切な人達が生きるこの世界を守るなんて、私にとっては当たり前! 重要なのは、私が自らの意志でそれを決めたかどうかです!
 先程のゲッケイさんの言葉と被るのがちょっとばかり癪ですが、私は自分の思うままに、やりたいことを、やりたいようにやって生きますわ! そして──」

 そして今度は、実母の最期の姿が思い浮かぶ。
 私は、あの精神世界で彼女を許せました。
 だからこそ違う道を行くことにします。
 彼女が望んでくれたように。

「──そして必ず、何年後か何十年後になるかわかりませんが、母にできなかったことをしてやります。
“笑って”死んでやるのです」

 そう宣言した私を、アルトラインとゲッケイは無言で見つめ続けました。
 ちょっと、何か言って下さいな。今さら恥ずかしくなってきましたわ。少しかっこつけ過ぎましたかしら?
 沈黙に耐え切れず赤面していると、やがてゲッケイが嘲笑します。
「ハッ、自分で言っといて照れてんじゃ世話ないよ」
「ううっ……」
「まあ、それならせいぜい気を付けることだ。次に転生できた時にゃ、必ずアンタの力を頂くからね」
「あら、貴女まだ知りませんでしたの?」
「ああん? なんのことだい?」
「貴女が転生術式を仕掛けた“遺品”は殆どクルクマが回収して破壊しましたわ。たしか前回来た時に“残り一個、やっと見つかったよ”って言ってましたけど」
「……」

 あら珍しい。あの才害の魔女が冷や汗を垂らしています。

「多分貴女、その最後の一個で転生されたのでは? まあ、他にもまだどこかにあるかもしれませんけれど、少なくとも復活できる確率はグンと下がってますわよ」
「っは、く、あ……」
「はい?」
「あの馬鹿弟子が!! クルクマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?

 この反応、本当に知らなかったみたいですね。
 文字通り、ご愁傷様。

『最悪の魔女よ』
 クルクマへの罵詈雑言を喚き散らすゲッケイは無視して、もう一度語りかけて来るアルトライン。
「なんですか?」
『非礼を詫びる。たしかに汝の……いや、君の未来を決める権利は君自身にある』
「それはどうも」
『だが、それを踏まえた上で改めて頼もう。君がこの世界を守らなければ、多くの者達の同じ“権利”が失われてしまう。私はそれを容認できない』
 驚くことに、その声からは真に私達人間を案じる気持ちが伝わってきました。私は眉をひそめます。
「……貴方、随分と人間贔屓ですのね?」
『私の役割はこの世界の監視と守護だ。ただ、見ていて面白いのも、仕事を増やして退屈を紛らわせてくれるのも、だいたいが人間だ』
「意外と良い性格してますね!?
 まったく、未来予知の魔導書を読んでこの方に出会って以来面倒なことばかり起きると思っていましたが、元凶がこれなら納得するというものです。モモハルがいきなり現れて私を驚かすことが多いのも、実はこの方の影響では?
「ま、それなら仕方ありません。貴方のためにも世界を救ってさしあげますわ」
『頼んだ、最悪の魔女』
 こころなし嬉しそうなアルトラインの言葉の直後、徐々に意識がこの空間から遠ざかり始めました。それに気付いたゲッケイが去り行く私に向かって叫びます。

「アタシゃ諦めんぞ!!

 いつか本当に蘇りそうですね。でも構いません、一度勝って自信がつきました。
 次も絶対返り討ちにしてやりますわ。私と私の愛する、あの人達とで。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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