Celebrate the new chapter(C06)

文字数 3,606文字

(そうだな)
 考えた彼は、まず攻撃手段を仕込んでやることにした。それも魔力に乏しい人間の少女達に見合ったものを。
「諸君、あの方はこう教えなかったか? 苦しい時こそ基本に忠実であれと」
「あっ……」
「そういえばスズねえもロウバイ先生も……」
 やはりそうか。それでこそだ。尊敬する師が今も良き教師であることを確認して、彼は密かにほくそ笑む。
 同時に、ある術を使った。

「これがなんだかわかるか?」

 極小の輝き。豆粒ほどのそれを右手の平の上に出現させ少女達の眼前に差し出す。その青白い光の球を見た彼女達は眉をひそめた後、すぐに回答した。
「魔力障壁……だよね?」
「何すんの、そんなちっこいの出して」
「おじさん、こんなに魔力が弱いの?」
 失礼な。ウンディーネの少女の無礼を、まだ幼いのだと自分に言い聞かせ我慢した彼は手の平を結界の外へ向ける。当然、小さな魔力障壁も一緒に。
「障壁は範囲を狭めれば狭めるほど強度が上がる。それくらいは知っておろうな?」
「当たり前でしょ! フリージアはもう子供じゃないのよ!」
「ならば私がしようとしていることも推察できるはずだ」
「あっ」
「まさか!?
 年長の少女二人は察しが付いたらしい。やはり頭は悪くない。ならばとりあえず手本を見せてやろう。この次の段階のために。

 ──光が戦場を駆け抜け、幾何学模様を描き出す。

 直後、数多の小型兵器が同時に爆発した。ココノ村住民を狙って殺到していた敵の半数近くを一瞬で撃墜。ミツルギとモモハルの力で弱点を看破された今、彼にとってはいとも簡単に落とせる的でしかない。
 少女達は驚愕の表情。今まで魔力障壁にこんな使い方があるとは考えなかったらしい。
「ち、小さくして……強度を上げた魔力障壁で……」
「敵を倒した……」
「そうだ」
 縮めた理由はもう一つある。障壁は術者から遠く離れるほど、そして高速で動かすほど魔力消費が激しくなる。ゆえに小さくすればするだけ、より遠くへ高速で射出できるとも言える。
 無数の爆音が消えるのを待ち、エンディワズはレクチャーを次の段階へ進めた。
「諸君はまだ経験が浅い。呪文詠唱を必要とする術では狙ってから当てるまでに致命的なタイムラグが生じる。相手の動きを先読みして当てることも出来まい。ゆえに最も単純な術を状況に合わせて最適化しながら使いたまえ。これなら君達でも当てられるし貫ける」

 ただし、と彼はヒルガオを指差す。

「君の魔力では、この方法も難しい。別の手段で他の二人をサポートするといい」
「別の方法……?」
 魔力の弱い自分にできることがあるか? 考え込むヒルガオ。しかしなかなか思いつかない。その間にも戦闘は進んでいる。
「また増え始めた!」
「ちょっとエンディワズさん、ノコンさん達を手伝って!」
 やはり空の穴から敵戦力は無尽蔵に追加される。せっかく半分程度に減った小型兵器の数がすぐに元に戻ってしまった。再び激しい攻撃にさらされるココノ村一行。カタバミは大男の袖を引いて協力を求める。このままでは孤立したスズランも危ない。
 だがエンディワズは頭を振った。
「御母堂、それはできません。今は彼女達を鍛えておるところです。せめてスズラン様の名誉を汚さない程度に強くなってもらわなくては」
「後でいいでしょ!?
「戦場に勝る教室無し。何事も実践が一番なのです」
 彼はスズランの心配などしていない。それは彼にとって不敬なのである。あの方がこの程度の窮地に屈するものか、そう確信している。
「そうか!」
 ようやくヒルガオは何かを思いついた。そしてノイチゴとフリージアと話し合い、作戦を決める。
 それから偉そうにふんぞり返っている兄弟子を見上げ、不敵に笑う少女達。
「見ててよ!」
「私達だって力を合わせればできる!」
「おししょーの名誉を汚したりするわけないんだから!」
「ほう……」
 はたして何を思いついたのか、期待を込めて見守るエンディワズと村の人々。その視線の先で少女三人は呼吸を合わせ、仕掛ける。

「いっくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 まずはヒルガオ。自身の魔力を無数の星屑に変え結界の周囲に散布した。魔力弾に似た代物だが術式はもっと複雑。見極めたエンディワズの口角が上がる。

「なんだ!?
 外で戦っていたモモハル達も驚く。衛兵隊も一瞬動きを止めたが、さっきの水流の壁と違って今度のこれは狙いを妨げるほど邪魔ではない。
「攻撃続行!」
 彼女達は何かをするつもりだ──そう察したノコンの指示で再び魔力の矢を放つ衛兵達。当然ヒルガオの散布した星屑にも当たる。けれど何も起こらない。彼女は即興で構築した術式がしっかり機能していることを確かめ、他の二人に両手を差し出す。
「大丈夫、いける!」
「よーし」
「やってやろうじゃない!」
 少女達はヒルガオと手を繋いだ。スズランから教わった複数の術者が同じ術を操る連携訓練。それを活かす時がついに訪れたのだ。
 三人がそれぞれ組み立てた術式は、お互いの術と合わさって一つの術に変わる。
 瞬間、ノイチゴとフリージアの頭にヒルガオの感じ取った情報が伝送された。
「そこだ!」
「逃がさない!」
 ノイチゴがありったけの魔力を込め極限まで範囲を絞り込んだ魔力障壁。それをフリージアの生み出した水流が押して宙を走らせる。この方法なら障壁の移動に必要な集中力と魔力を削ぎ落し、その分だけ威力の向上に回すことが出来る。ナスベリが開発した鉄蜂と同様の発想。
 最も魔力の強いフリージアが生み出した水流は蛇のようにうねりながら高速で敵の小型兵器の一つを追いかけた。こちらも目で見て狙いを付けているわけではないため、さっきまでの攻撃より格段に速く鋭い。
 理由はヒルガオが散布した星屑にある。あれはセンサーなのだ。機械が接触した瞬間にのみ自身の位置情報を術者であるヒルガオに伝え、ヒルガオが手を繋いだ二人に即時伝達。フリージアは伝えられたその座標を自動追尾するよう術式を組んだ。これなら自分で制御して当てようとするより正確に素早く敵を追える。
 逃げ切れず、とうとう捉えられる小型兵器。命中の瞬間にだけフリージアが軌道に調整を加え、モモハルとミツルギの示してくれた弱点を貫いて爆散させる。
「いける!」
「そうだ、核さえ見えていれば、そこに攻撃を届かせるのは“確信”と技術」
 頷くエンディワズ。六柱の影との戦いを経験したことによりスズラン達の世界の住民は深化が進んでいる。あの程度の深度なら十分に届くとわかっていた。
 光球を咥えた水流の蛇はさらに立て続けに敵を撃破していく。ノイチゴの魔力の問題でそれほど遠くまでは攻撃できないものの、これで自分達の身を守るくらいはできるようになっただろう。
「うむ……」
 やはり師は素晴らしい。幼子がここまでやれるのは彼女達が基礎をしっかり鍛えられてきたからこそ。つまり師の功績。満足したエンディワズは未来を思い描く。
(やがてはこの娘達も、私のようになるかもしれん)

 今の彼には妹弟子達が未来の魔王候補に見えていた。
 魔力の弱さなど、補う方法はいくらでもある。
 たとえば、このように。

「えっ!?
「うわわわわわわわわわわっ」
「ちょっ、このおじさん、やばっ」
 少女達は“本気”を出したエンディワズの魔力を感知し、うろたえる。まるでスズランのそれなのだ。あまりに圧倒的。
 実際のところ師には遠く及ばない。しかして、そう思うのは無理も無い話。人間やウンディーネから見れば彼の魔力は十分に底無しに見える。
(私も元は人間だがな)
 それも、かつての彼はヒルガオと大差無い魔力しか持たなかった。

 法魔王エンディワズ・アート。彼は遥かな昔、自身の魔力不足を補うため一つの手法を思いついた。自らの中にリアルな空想を思い描き、それを極限まで昇華させ実体化に到り、想像主(そうぞうしゅ)となったのだ。あの浮草(うきくさ) 雨龍(うりゅう)狐狸林(こりばやし) 六科(むじな)と同じように新たな世界を生み出し神の座に上がった。
 とはいえ、それだけで魔力は強化されない。せいぜい死ににくくなる程度。彼は自らの生み出した世界を整備し住民達に幸福を与え、その対価として魔力を“税”の名目で徴収している。出力も彼等のもの全てを束ねているのだから強力で当然。

「諸君、認めよう。君達は私と同じく優秀な弟子だ」
 ゆえに──
「見せてやる、君達が行きつくかもしれない可能性の一つをな……エンディワズ・アート、魔王呪法を使う」
「なっ!?
「ま、まずい、全員一時後退!」
 上空の魔王達が慌てて地上へ降下する。それと同時にエンディワズは複数の魔王呪法を同時に無詠唱で発動させた。ソルク・ラサ級の極大魔法が彼の周囲で次々発生する。彼はそれを粛々と敵軍に向けて放った。

「殲滅せよ」

 敬愛する師の命令のままに。再び口角を吊り上げる。そして天を埋め尽くさんばかりに雪崩れ込んで来た敵は圧倒的な暴力を浴びせかけられ、まとめて消滅した。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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