終章・私はここにいる
文字数 5,451文字
もちろん様々な変化がありました。
まず、私は魔女バレしたので堂々と魔法を使えるようになりました。魔女に対する偏見のあったこの村ですが、日頃の行いが良かったおかげか特に周囲の態度が悪化するようなことはなく、クルクマの弟子になったという嘘を疑う人もいません。
代わりに魔女ならではの仕事を頼まれるようになりました。腰痛に悩むウメさんのため薬を作ったり、天気を占ってみたり、幽霊退治を頼まれたり。
鍛冶屋のツゲさんにはあれ以来、定期的に鉄にまじないをかけてくれと呼び出されます。もちろん護符入り衣類も販売継続。ただ、最初の頃ほど売れ行きは良くありません。少子高齢化が進む過疎の村ですし、お年寄りは物持ちが良いですからね。これに関しては新規の販路を開拓した方がいいかも。
そういえば衛兵隊の古い装備品に傷を付けていたことがあの戦いの後で発覚してしまい、一週間モモハルと一緒に彼等の訓練に付き合わされました。私は子供だし、助かったのも事実だからという理由で手加減してくれましたが、それでもノコンさんが“オニカタ”と呼ばれる理由を十分に実感する羽目に。
あれだけは二度と御免です。
両親は私が魔女になってしまっていたことにしばらく戸惑っていました。けれど最近はすっかり慣れてしまって、高い場所に手が届かないから飛んで取ってくれだの、マッチが切れたから火を点けてくれだの色々頼ってきます。中身が大人な私には縁の無いものだと思っていましたが、そのうち反抗期に陥るかもしれません。
ちなみにあの事件の原因については、クルクマが代わりに説明してくれました。
「あの怪物はスズちゃんの実の母親に恨みを持つ魔女が、復讐のため錬金術で作り出した兵器だったんです。けれどスズちゃんの実母は八年前から行方不明になっていて、彼女を誘い出そうと考えた魔女は娘のスズちゃんに狙いを変えました。
私は実のお母さんの友人で、魔女が彼女への復讐を企てていることを偶然に知りました。そこでそれを阻止しようと動いていたわけですが囚われの身となってしまい、村に危険を報せることができませんでした。申し訳ありません。
その後、事前に雇っておいた助っ人さんに救出され魔女もどうにかこうにか倒すことができました。しかし彼女は最後の悪あがきであの怪物を野に放ってしまい、それでこの村が襲われたわけです」
つらつらと凄い勢いで嘘八百を並べ立てた彼女に、流石の私も驚いたものです。
しかも彼女は、さらに私の両親を見つめて言葉を続けました。
「今回はどうにかなりましたが、スズちゃんの実の親は他にもかなりの数の恨みを買っていまして、今後も同じようなことが起こるかもしれません。
だから、もし不安でしたら私が正式に彼女を弟子として引き取り、どこか安全な場所で育てますよ。彼女の母親は嫌われ者ですが、私にとっては友であり恩人なので」
その直後、私は不安になりました。実際あの事件は私が原因で起こったようなものです。皆に責められ村から放逐されたとしてもしかたありません。
もちろん皆さん良い人達ですので、そうはならないこともわかっていました。けれどもクルクマの言う通り、私がこの村に居座り続ける限り、その愛すべき人達は今回と同様の危険に晒されるかもしれない。なにせ、これからどこぞの神様がかけた“崩壊の呪い”と戦い、世界も救わねばなりません。
それを知った上で村に残るのは、それこそ最悪のわがままなのではないかと、ちょっとだけ悩みました。
でも、やっぱり村の皆は言ってくれたのです。
「一緒にいたい」と。
誰も私が残ることに異を唱えませんでした。私と離れ離れになるくらいなら、何度でもあの怪物と戦ってやる! そう言って両親はクルクマの申し出を断りました。クルクマも「だと思いました」と笑って、代わりに師として私に指導を続ける約束を取り付けました。実際のところ遊びに来る口実を増やしたかっただけかもしれませんけど。
ともかく、そういう経緯で私は村に留まることが決まったのです。
そして一年。この間、大きな事件こそ起こりませんでしたが、小さな騒動ならいくつもありました。でも世界にかけられた呪いを解く方法は未だ見つかっていません。
なら探しに行け? ごもっともな意見ですけれど、あの時アルトラインから教えられたのです。それは無駄だと。
この世界は大きなガラスの器の中で増殖を続ける色とりどりの泡の一つなのだそうです。ここ以外にも数多くの“並行世界”が存在していて“崩壊の呪い”はその泡を次々に潰しながら、やがては器そのものを破壊しようとしている。
器の管理者であるアルトラインは、すでに数え切れない並行世界が消滅してしまったと私に教えました。だったら対抗策も掴めそうなものですが、なんと“呪い”は現れるたび出現のタイミングも形も変えてしまうのだとか。
だから全てを見通すはずの彼の眼ですら、この世界にいつどんな状態で“呪い”が出現するのかはわかりません。辛うじて未来を絞り込めた結果が“数年以内”という予測。
そして、それでも私は必ず“呪い”と戦うことになる。
特異点……か。
私とモモハルはそれなのだそうです。歴史の転換点に生まれる存在。私の場合、どんな選択をしてどんな人生を歩んだとしても絶対に“崩壊の呪い”と対決する。そういう運命だとのこと。
モモハルの場合は……まあ、この話はどうでもいいですわね。
ともかく、それならジタバタ足掻いたりせずここでドンと構えて待っていた方が得策というものでしょう? この村なら周りは全部私の味方。備えもしてありますし、どのみち負けたらこの世界も他の並行世界と同じく消滅してしまう運命。皆を巻き込むことに罪の意識を抱く必要もありません。
もちろん可能な限りの準備はしておくつもりです。私自身もっと強くなっておかないといけませんし、クルクマのような信頼できる仲間も増やしておきたい。村の防備もさらに強固なものにしなくては。
そういえば、あの時の助っ人さんには結局お礼を言えないまま、未だに名前すらわかりません。クルクマに聞いても何故かとぼけて教えてくれませんし、あれはいったいどこの誰だったんでしょうね? あんな凄腕なら同業者に関心の薄い私だって一度や二度は名前を聞いていそうなものなんですけど。
クルクマ自身は相変わらず大陸中を飛び回って商売に精を出しています。ただ最近では新しい楽しみも見つけてしまいました。たまに遊びに来た時に私の師匠面をしてからかうことです。ちょっと調子に乗りすぎなので次はこちらも弟子らしく指導を頼もうと思っています。実戦形式で。
まあ、それでも変わらず彼女は友達です。なんだかんだ言って頼りになるし気楽に話せますもの。貴重な魔女仲間でもあります。最近は他にもそんな人が増えました。私の周囲は少しずつ以前より賑やかになっています。
「ん……」
瞼を開く私。心地良い雨音のせいでしょう、カウンターに突っ伏していつの間にか眠り込んでいました。いけないあぶない気を引き締めましょう。店番中に居眠りなんて不用心ですわ。
(もちろん、うちの店で盗みなんて働いたら必ず痛い目に遭わせますが)
万引き強盗どちらも対策万全です。私とクルクマで厳選した呪物を店内各所に配置して強力な呪いを発生させてありますので、正当な代価無しに商品を持ち出した方には必ずや不幸が降りかかるでしょう。映像記録の水晶も天井に設置済み。
(村の皆さんが悪さをすることはありませんが、よそから来た人間には悪い人もいるかもしれませんしね)
かくいう私自身、元はよそから来た極悪人ですので説得力があるでしょう?
「んーっ」
変な体勢で寝ていたせいか節々がちょっと痛みます。のびをして筋肉を解し、ちょっと歩いて店内を一周。隣の宿屋の兄妹は今もまだ眠りの中。よく寝ますこと。
「ふむ」
妹を抱いて眠るモモハルの腕を見つめ、私はしばし感慨に耽りました。この子のことは赤ちゃんの時からずっと見ていますが、あの頃に比べればずいぶん大きくなったものです。最近はちょっと逞しさまで感じるように。
──結局、モモハルはノコンさんに師事して剣術の訓練を続けています。どうしてなのかと理由を訊いたら、こう答えました。
「スズは“悪い魔女”なんでしょ? また、あのおばあちゃんみたいにスズをやっつけにくる人がいるかもしれないし、ぼくも強くなっておきたい。そしたらいつもぼくがスズを守れるから」
そこまで言われたらやめろと言うわけにもいきません。私だってわがままを押し通している身ですし。自由な人間は他人の自由にも寛容ですよ。この子のそれはちょっと洒落にならないので目を光らせておく必要がありますけど。
それにしても“いつもぼくが”だなんて意外と独占欲が強いのですね……いえ、それも当然でしょうか。
「貴方は必ず私と出会う……そういう“特異点”だそうですしね」
いわば私を守ることを運命に定められた騎士。そんなところでしょう。困った話ですわ。私の中身はもう三十路に近いおばさんですのに。
(いつかはモモハルも大人になりますけれど、今は子供ですし、逆に彼が大人になったら今度は私が精神的には中年に……どうしたものでしょうか)
そのうち別に良い相手でも見つけてくれたらいいのですが、この村にいる間は出会いも期待できません。
ま、それも私が世界の崩壊を防げたらの話ですね。後で考えましょう。この子に自由な恋愛をさせてあげるためにも、さっさと勝ってしまいませんと。
その時、チリンチリンとベルが鳴ってお客さんが一人やって来ました。あら、最近この村に引っ越してきた方ですわ。
「こんにちは、スズランさん」
「こんにちは、先生。いらっしゃいませ」
「あの、その、こちらで調理器具などは買えますか?」
「もちろんありますけど、先生、今まで持っていなかったんですか?」
「恥ずかしながら自分で調理した経験は殆ど無く……こちらに来てからもサザンカさんのお宿で食事を頂いてばかりでした」
「そういえばよく見かけたような……でも、どうして急に自炊を?」
「え!? そ、それはその、えっと……」
ああ、なるほど。顔が真っ赤になってる先生を見てピンときました。
「あの人に手料理を振る舞いたいわけですね?」
「あ、うっ……そ、その通り……です」
「そういうことでしたら応援価格でちょっぴりお安くいたしますわ。ついでにそこの棚にレシピ本が……って!?」
なんということでしょう。
いつの間にか目を覚ましていたモモハルが“最悪の魔女”を開いています。しかも鉛筆で熱心に何か描いているじゃありませんか。
「こ、こらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
貴方がその本を読んではいけません! 本にラクガキしてもいけません!
どっちから先に怒ればいいのか、わかりません!
「何をしてるのモモハル!?」
「だってまちがってるから。ほんとはこうだよ!!」
「なんのこと!? いいからちょっと来なさい! 久しぶりにお尻叩き!」
「えっ、やだっ!! それはやだっ!!」
私の平手が風切り音を立てるのを見て、モモハルは本を放り投げ、外へ飛び出して行きました。あの子は~……しっかりしつけてきたつもりだったのに、まだこんな悪さをするなんて。
「とっちめてやりますわ!」
私はホウキを召喚して跨り全力で追跡を開始しました。あの子はピンチに陥ると無意識に空間転移したりするので、こちらも本気にならざるをえません。
「あら、これは?」
──後に知りましたが、この時、先生はモモハルが放り投げた本を拾ってそのラクガキに目を留めていました。
それはかつての私、ヒメツルが仮の教会本部前で堂々と胸を張り立っている様子を再現した挿絵。
その私の周りに、あの子は何故かたくさんの蝶を描き足していました。未だその理由はわかっていません。
「ふふ、可愛らしい。上手に描けていますね」
帰って来てから知った私は、何故か無性にその絵が気になってしまい、お小遣いで本を買い取りました。お父さまとお母さまは複雑な表情。
夜、ベッドの上で“最悪の魔女”を開いてみます。最近とうとう一人で寝る練習をすることになって買ってもらった自分のベッドの上で。
(あの子には世界がこういう風に見えているのでしょうか?)
なんとなくこの蝶に見覚えがあるような気がします。でも、どうしても思い出せません。もっとずっと昔にどこかで見たような、おぼろげな記憶。いつでしたかしら?
「スズ、もう寝るよ。読むのは明日にしなさい」
「は~い」
お父さまの手で灯りが消されました。
今日も一日が終わります。
世界の崩壊まで、また少し近付いたわけです。
それを阻止するために今夜もたっぷり眠りましょう。昼に見た予知にも備えないといけませんし、寝る子は育つものですわ!
「おやすみ、スズ」
「おやすみ、スズ。大好きよ」
「おやすみなさい、お父さん、お母さん。私も大好き」
焦っていません。だって私が止めますから。きっと皆で止められますから。
だから皆さんも、また逢う日まで、しばしの間ごきげんよう。
次の幕まで、おやすみなさい。
(続く)