She snuggles up to you(3)

文字数 3,076文字

◇信仰に因らぬ決意◇

 スズランの実父の話を聞いたオトギリは不思議と怒りを覚えなかった。より強い嘆きに包まれていたからかもしれない。
 何故? どうして彼女がこんな目に遭わなくちゃならない? せっかくの誕生日なのに。
「……母への仕打ちを反省していたら、許しても良かった」
 鼻を啜りながら涙を拭うスズラン。マリアとして覚醒した彼女には会う前からわかっていた。あの男が今も自分の保身のことだけを考えていると。
 それでも万が一の可能性に賭けてしまった。
 そしてやはり裏切られた。
 あの男の思考は、どう逃げるか、どうやって生き延びるか、そんなことばかり。初めて会った実の父なのに、娘に怯える姿しか見せてくれなかった。

 もういい。存在ごと忘れ去りたい。

「その……他人の心の声は、常に聴こえるの?」
「大丈夫」
 今度は弱々しく苦笑する。彼女いわく、聴こうとしなければいいだけらしい。耳を塞ぐこともできる。マリアとして生きた時代にそういう術を身に着けたのだと。
「それにね、貴女が心配するほど辛いことでもないわ」
「でも、全ての想いが流れ込むなんて」
 オトギリは知っている。人間は醜い生き物なのだと。どんな聖人君子でも心の中に邪悪な一面を隠している。かつて正裁の魔女と呼ばれながら、無用な殺戮を繰り返した自分のように。
「全てだからよ」
 スズランは改めてそう答えた。
 ああ、そうか。オトギリも理解する。
「たしかに人は酷いことを考える。けれど、優しい心も持っている。割合としては半々よ。本当にそんなところなの」
「だから貴女は……未だに私達を愛してくれているのですか?」
マリア(わたし)も人間だからね」

 そうだった。オトギリは再び思い出す。
 四年前、この場所で知った真実。マリアら始原七柱の正体は旧世界の滅亡を生き延びた人類。だからこそ自分達の姿に似せて今の人間を創った。
 彼女の家族も人間。なればこそ永遠の時に絶望し、呪い、災厄を振り撒いた。二年前の戦いはそれゆえに起こったもの。

「……納得できました。貴女も時に間違えるのですね」
 感情に振り回され、読み違い、道を踏み外す。神様だからといって万能ではない。だとしたなら、そもそもあんな戦いは起こらなかった。
 影響を及ぼす範囲が広すぎるだけで、彼女達もまた悩み苦しみ足掻いているのだ。より良い未来へ進むために。
「オトギリ、やっぱり私はこう思う。貴女はもっと自由に生きていい」
「……無理です」
「そんなことはない。たしかに貴女は多くの人々を殺めた。けれど、私達と一緒に世界も救ったわ。これまでたくさん苦しんだし、辛い想いだってしたでしょう。幸せになってもいいの。償いのためだけに生きる必要は無い」
「……」

 目の前にいるのは神だ。
 元人間でも、やはり神は神。
 ついさっきまでの自分なら素直にその言葉を受け入れられたかもしれない。でも、今は迷いを抱く。疑念が晴れない。本当にその言葉が正しいのかと。
 そもそも絶対的な正義など無いのかもしれない。正裁の魔女と呼ばれていながら、あの頃の自分にもそんなものはわからなかった。
 だから時間が欲しい。

「もうしばらく、考えてみます」
「……そうね」
 心が読めるというのは、なるほど便利な一面もある。多くを語らずとも言いたいことが伝わった。
 たしかに聖域にこもって農作業と教師だけをしていても贖罪としては不十分な気がする。 そもそも最近気が付いたのだが、これはスズランの模倣だ。無意識に神の所業をなぞり、それで自分は正しいのだと思い込もうとしていた。
 だが、そのやり方では信仰を盾に人々を傷付けていた頃の自分と同じ。今度はちゃんと己の意志で道を決めたい。

 もちろん、その答えを見出すまでは今まで通り働くつもり。

「ところで、ここへ来た理由は本当に落ち着くためだけですか?」
「だって貴女、来てくれなかったもの」
 唇を尖らせる彼女。オトギリも飛行速度はかなり速い。来ようと思えば簡単にココノ村まで来られる。
 なのに誕生日の祝いに来てくれなかった。実際スズランはそのことも気にしていたのである。
「いつかは行きます。約束しますよ」
「わかりました。なら、それまで待つとします」
 言って、ようやく立ち上がる彼女。
 しかし、ふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば、うちの村に最近新しい住民が増えたの」
「というと?」
「ゼラニウムさんと言って、これまでは傭兵をしてた男の人。頼もしい男手が増えたって皆、喜んでる」
「ゼラニウム……」
 軽い驚き。粉砕鬼という異名で呼ばれていた魔法使いだ。以前、戦って捕縛したことがある。すでに釈放されていたのか。たしか群れるのを嫌う性格だったはずだが、彼が何故ココノ村に?
「クルクマに紹介されて来たわ。彼女、自分を殺そうとした彼を殺さなかったの」
「……そう」
 クルクマはクルクマで彼女なりの贖罪を続けているようだ。しばらく会っていないその顔を思い浮かべ、微笑む。
 ずっと考えていた。彼女と自分の違いは何なのかと。どちらも殺戮を行った。なのに被害者の復活という救済を受けたのは自分だけ。
 答えはさっきもらった。友達だから。

 罪の意識に苛まれ、それでもクルクマは村を訪れる。
 自分は森から出ようとしない。
 それだけ。たった、それだけだった。

「また会いましょうスズラン。私が私を許せた時に」
「……うん、待ってる」
 スズランは再び転移し、ココノ村へ帰って行った。生まれがどこだろうと、今の彼女の故郷はあの村。本当の家族もカタバミ達。ここで話している間に心は落ち着いたようだし、きっともう心配はいらない。

 ただ──オトギリはこの夜、一つ決意を固める。

(我等がマリア様に、これ以上過ちを犯させるわけにはいきません)
 だから必ず自分を許そう。今すぐには無理だけれど、いつか、それに値する何かを成し遂げられた時に自らの意思であの村を訪れよう。
 そして再び語らうのだ。神と人ではなく、友人同士で。
 それこそが今の自分の使命なのだと、スズランに似せて作られた神像を見つめ、誓いを立てた。



 ──数年後、一人の魔女がココノ村を訪れ、二人の神子の誕生日を祝った。
 そして、その後で隣の村へも足を運び、かつての己の罪を告白したという。
 彼女は大勢に罵倒され、石を投げつけられた。魔力障壁を使えば簡単に防げるのにそうしなかった。
 やがて彼女の前に、一人の男が腕を広げて立った。彼は生まれつきの障害で言葉を話せなかったが、その意思を読み取れる少女が代わりに人々に伝えた。

『彼女は確かに皆の仇で俺の家族の仇でもある。
 でも身寄りを亡くしてココノ村へ移り住んだ俺は知っている。あの戦いでココノ村の皆が魔素の霧の中に取り残されてしまった時、彼女はスズちゃんと一緒に助けに来てくれた。命がけで守ってくれたんだ。
 彼女は仇だが、同時に俺達の命の恩人だ。悪いことをしたけれど、良いことだってした。それを認めてやってくれ』

 元々マリアによって復活を果たしていたこともあり、彼の説得が決め手となって人々は彼女を許した。
 その時、彼女自身もようやく本当の意味で、自分を許すことができた。

 以後、魔女の姿は時々ココノ村で見かけられるようになった。友と語らう穏やかな笑顔と共に。

 また、この時、神子スズランも一つの決断を下す。

「もし、もしも彼が勇気を出して自らここへ足を運び、母に謝罪してくれたなら……真意に関わらず許すことにした」
「それでいいと思う。その方が貴女らしいわ、スズラン」

 愚かな男がどうなったかについては、また別の機会に語ることとしよう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み