Painting of the future(2)

文字数 2,965文字

 あれからもう二十年近く経つ。わずかな郷愁と共に感慨に耽った。ミヤギにはこの村へ越して来て以来帰っていない。金はかかるが、そろそろ墓参りに行くべきか。どうせならこっちに移すのもありだろう。両親も敬虔な三柱教の信徒だった。スズラン様とモモハル様のおわす村で眠れるとなれば喜ぶに違いない。もちろん村の人々や墓地を管理している司祭様、そしてスズラン様にも相談しなければならないが。
 といったことをクッキーをかじりつつ考えていると、長女の近況について訊ねられた。
「アサガオ嬢から便りはあるかね?」
「ええ、先日最初の手紙が。早速向こうでも友達ができたようです」
「ほうほう、それは何より。親許を離れて暮らしておるのだ、心分かち合える友がいるといないとでは違うだろう」
「そうですね。勉強もスズラン様に基礎を教えていただいていたおかげで順調だと」
「うむうむ、二年後が楽しみじゃのう」
「はい」
「ところでホッキーさん、孫と言えばユウガオのやつめが変わった試みをしておってのう。種の無いスイカを育てようとしとるんじゃ。その方が食べやすいからきっと売れると言いおってな」
「ほう、それは興味深い」
「ワシは種をプッと吐き出すのも醍醐味だと思うんじゃが、しかし実際邪魔くさいと思う人も多かろうし、なにより新しい試みだから邪魔をせんようにと──」

 ──そんな感じで話し込んでいるうち、大皿に盛ったクッキーは全て三人の胃袋の中に収まっていた。それに気付いたホッキーが残念そうに俯く。

「ううむ、もう無くなってしまったか」
「すいません、もっと用意したらよかったですね」
「いやいや、不服なわけではない。実に美味かったゆえ満足しておる」
 笑顔でポンと腹を叩き、それから何かを思い返すように顎に手を当てる彼。ヒゲを撫でつけつつ訊ねて来る。
「使われておったクルミやイチジクだが、このあたりで採れたものかね?」
「はい。毎年収穫したものを保存してあります」
「なるほど。ならこのままの味ではさほど数を作れんだろうな……」
「はい?」
「ああ、いや、クッキー以外の菓子も作れるのかな?」
「ええ、ミヤギに住んでいた頃は専業主婦でしたので、家事の合間に色々覚えました」
「なるほどな」
 何かに納得したホッキーは立ち上がり、財布から札を取り出す。
「これはお礼だよ」
「おいおいホッキーさん」
「そんな、いただけません」
 たしかに材料費はそれなりにかかる。だがスズラン様への差し入れのついでだ。だから礼金を返そうとしたトケイは、けれどその紙幣を持ち上げた瞬間に何かに気付く。
「これは……?」
「おっ」
 紙幣の下にもう一枚、精緻な彫刻の施された木札があった。何かは知らないがどこかで同じものを見たような気もする。義父は正体を知っているような表情。
 彼より先にホッキーが説明を始める。
「実はワシはな、ホウキギ子爵に雇われておる調査員なのだ」
「えっ?」
 衝撃的な事実を明かされ、トケイは身構えた。ホッキーは好々爺の笑みで「そう構えんでもよろしい」と頭を振る。
「この辺り一帯を治める領主が大の食通だという話は聞いておろう?」
「は、はい……」
「それでな、美味いものを作れる人間を見つけたらその木札を渡してくれと頼まれておるんじゃ。ワシは平民なんじゃが、ご領主と味覚が似ておる。それが理由で信頼され仕事を与えられたというわけじゃよ。
 そいつがあれば、たとえば店を開きたい時に子爵様を頼ることができる。無担保の上に安い利子で融資を受けたり人手を貸してもらったりな。それだけじゃないぞ? その札を店に飾っとけばホウキギ子爵が認めた名店として一定の信用も得られる」
「あっ、そういえばサザンカさんの宿に……」
 どこかで見覚えがあると思ったら食堂だ。サザンカとレンゲの経営する宿の食堂の壁に魚拓と並べてこの木札が飾られていた。
「でも私、お店を開くつもりは……」
「あくまで、その気になったらじゃ。その時は遠慮なくそれを使ってご領主を頼りなさい。ワシの認めた腕前を持つあんたなら確実に融資を受けられる」
「もらっとけもらっとけ。持っといて損は無い」
「はあ……」
 たしかに義父の言う通り、貰って損は無さそうだ。商売をするかどうかは別として名誉の証にはなる。お金の方も返却を固辞されてしまったので材料費だと思って貰っておいた。高額紙幣なので差額は雑貨屋での買い物にでも使おう。たまには家族だけでなく自分自身にもご褒美をあげないと。

 ──それから再びホッキーを見送った彼女は、残りのクッキーを箱に詰めて玄関のドアを開ける。

「お義父さん、少し家にいてください。ヒルガオ達のところへ行ってきます」
「こっちから出向かんでも、そろそろ帰って来る頃じゃないか?」
 たしかにもう日が傾き始めている。娘達は飛んで帰って来るだろうし下手をしたら入れ違いになるかもしれない。
 どうしようか? 迷っていると、すぐ近くの宿屋の裏口が開き、中の厨房からエプロン姿のモモハルが出て来た。しかもそのまま近付いて来る。
「おばさん、こんにちは」
「もっ、モモハル様、こんにちは」
 女神そのもののスズランは当然として、眼神の神子モモハルもトケイにとっては信仰の対象である。面と向かって話すと今も緊張してしまう。向こうはごく普通にご近所さんとしか思っていないようなのだが。
「スズたちはもう少しで戻って来るから、待ってた方がいいと思う」
「え?」
「今行くと入れ違いになるよ」
「あっ……ありがとうございます!」
 そうか予知だ。モモハル様は未来を見通す能力を持っておいでのはず。その力で警告を発してくれたのだ。ささやかなことではあるのだがトケイは心の底から感謝する。

(ああっ! モモハル様の奇跡を目の当たりにしてしまったわ! しかもそのお力で私を救っていただけるなんて! なんてお優しいのっ)

「え、えと、もう行くね」
「助かりました。本当にありがとうございます」
「うん、それじゃあその、またです」
 困り顔で戻って行くモモハル。一方、トケイは「またやってしまったわ……」と今度は反省する。
 スズラン様と彼を前にすると、どうしても興奮を抑え切れない。お二人が普通の生活を望んでおられることは承知の上なのに。
「ここだけはアサガオと逆なのよね」
 長女は自分似だが、それでいてスズラン様にもモモハル様にも対等な友人として接することができる。信仰心が薄いわけではない。なにせ神様は現実にいると知った。それでも神様と友人になれる度量の持ち主だということだ。あれだけはとても真似できない。
「我が子ながら、実際大したものよ……」
 今は遠くシブヤに留学中。二年間の修行でどれだけ大きく成長することか。ゆくゆくはスズラン様と肩を並べて立てるかもしれない。
 なんて、流石にそれは高望みが過ぎるというものだろうか。
 苦笑しながら空を見上げていると夕焼け空に影が四つ。やっぱりホウキで飛んで戻って来た。モモハルに感謝しつつ大きく手を振る。
「スズラン様ー! 少々お時間よろしいですか? 日頃の感謝の印として、供物をご用意いたしました!」

 大声で呼びかけた直後、降りて来た彼女に「供物って言うのはやめてください」と懇願されてしまった。神へのお供えなのだし言葉は間違っていないはず。トケイはきょとんと首を傾げるのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み