Celebrate the new chapter(C11)
文字数 3,221文字
北東の大陸ヘルガルグ・クドゥ──戦闘中、王都から遠く離れたこの地まで迂闊にも移動してしまった者がいた。クルクマである。
「まいったなあ」
これも有色者となったことで背負った“重力”のせいか? 他の皆と肩を並べて戦っていたのに、破壊した敵の転移装置の暴発に巻き込まれ、気が付いたらこんな果ての大地にいたわけだ。情報の能力によってこの場所の座標は即座に把握できたが。
「あの人、めちゃくちゃ強いぞ!?」
「魔力はほとんど感じないのに……」
「たしか昨日の剣闘大会で優勝した人だな」
「流石は初代陛下が連れて来た御方!」
「オレ、名前覚えてる! ク・ル・クマ! ク・ル・クマ!」
「よし、我々も応援するぞ! ク・ル・クマ!」
「ク・ル・クマ!」
「いいから戦って下さい!」
くすぐったい。周囲ではこの大陸を守る軍隊の兵士達が奮戦を続けており、彼等以上の活躍を続ける彼女に対して惜しみない称賛の声が投げかけられる。
コンプレックスの塊だった頃の自分なら逆に卑屈になってしまっていただろう。そんな大したものじゃない、誤解しているだけだ、放っておいてくれと。
でも今は違う。むずがゆくはあるが素直に受け取り、己を鼓舞する力と成す。中央大陸の方から断続的に感じる巨大な魔力の波。スズランのそれが予感させる。もうすぐ、この戦いは終わるのだと。
「きっと、あと少しで決着がつく! 押し返すよ!」
「はい、お姉様!」
現地には当然彼等の指揮官がいるのだが、その指揮官が一番勢い良く彼女の声に応えた。転移直後、なかなかのピンチだった彼女を颯爽と助けたらなんだか慕われてしまったようなのだ。おかげで指揮系統を乱さずに済んでいるのだし喜ぶべきかもしれない。
ただ、お姉様呼びはやめてほしい。人間の自分よりずっと年上だろうに。
なにはともあれ──
「行け、お前ら!」
破壊の力を与えた微生物達。彼等が“見えない津波”となり、ホウキにまたがったクルクマと共に戦場を駆け巡る。最も活躍しているのは自分だという自負があるが、それでも流石は魔族の精兵達。他もけっして弱くはない。多くの兵士はロウバイ以上の魔力を誇り、そうでない者もカロラクシュカが開発した魔道兵装により並々ならぬ戦闘力を発揮できる。あの鎧一つで自分達の世界なら小国を制圧できてしまうだろう。
だが、それでもいかんせん敵が多すぎだ。たまたまここに自分が転移して来なかったらすでに戦線が瓦解していたかもしれない。
スズランが封印隔壁を発動してくれたことで空の穴から増援が送り込まれる頻度は目に見えて減っている。立て直すならここがチャンス。
「怯むな! 我々が破壊した敵の“核”を確実に回収していけ! 負傷者は後退して即座に治療を受けよ!」
クルクマに並走しつつ本来の職責を果たす現場指揮官。そんな彼女に向かって放たれた光線を“見えない津波”を盾にしてねじ曲げ、逸らすクルクマ。
「ありがとうございます、お姉様っ!」
「それやめてっ!!」
などと即席コンビで漫才を繰り広げていた、その時である。
唐突に場違いな音楽が鳴り響いた。
「これは……!」
「このメロディーは……!」
「ついにいらしたぞ、あの御方が!」
「勝った! この戦、完!」
ざわめく兵士達。戦場に響き渡るラッパ、太鼓、シンバル、トライアングル。多種多様な楽器の音色。戦いの場には全く似つかわしくないおどけた旋律。
「な、なんだあ?」
眉をひそめたクルクマに現場指揮官が教える。
「ベイシック様です! 現大魔王のディル陛下を除けば、その次に強いと言われる五封装。この大陸を治める御方ですわ!」
「ハァイ」
その説明通り、チンドン屋のような曲を奏でながら空魔王ベイシック・オズハが戦場を行進してきた。敵は奇抜な登場など気にもかけず攻撃を仕掛ける。だが、彼は彼で意にも介さず行進を続ける。防いでいるのではない。攻撃は全て彼をすり抜けた。
いや、彼だけではない──
「ちょ、ちょっと待って。どの人がそのベイシックさん?」
複数の楽器を一人で奏でているわけではない。先頭に立つベイシックの後ろにはやはり道化師姿の男女、老若男女十数人が連なっていた。その中の誰が彼なのかわからなかったクルクマの質問に対し、現地指揮官はまたも答える。
「全員です」
──瞬間、道化師達はさらに増殖する。
「なっ、なんっ……」
一人、二人、四人、八人、十六人、三十二人、六十四人──あっという間に広大な荒野の半分が“ベイシック”で埋め尽くされる。
「マ、マタンゴなのあの人!?」
「違います。流石にそれは不敬ですわ、お姉様」
「あははは、面白いことを言うね君」
思わず空中で足を止めたクルクマ達にベイシックの一人が近付いて来た。
「たしかにイヌセとマッシュにも似たようなことができるけど、僕はマタンゴじゃあないよ。元はエルフという種族だね」
「エルフ!?」
「そう、ほら、この耳を見てごらん」
普段は帽子で隠しているそれを取り出すベイシック。たしかに長耳で先端は尖っている。自分達の世界でも最近たまに見かけるようになった種族の特徴。
「彼はエルフから“想像主”になったのよ」
別の若い女性の道化師は、そう言ってクルクマに妖しくしなだれかかってきた。
「そう、ワシらの世界を創り出したことでな」
「きゃっ!?」
現場指揮官の尻を撫でるスケベそうな老人の道化師。するとピエロのくせに陰気な顔をした子供の道化師が説明を引き継ぐ。
「同じく想像主のエンディワズは、徴税と称して自分の世界の住人達から魔力を少しずつ分けてもらっている。同じようにオレらにも義務があるのさ。有事の際には、全員が力を合わせて戦わなくちゃあならない」
そう、つまり──エルフのベイシックが、オリジナルの彼がパチンと指を鳴らす。
「僕の世界の住民、その全てが“ベイシック”になる。アハッ」
そして一方的な戦いが始まった。
「あはははは! はははははははははははははははははははははははははははっ!」
魔力弾でジャグリングをしていたベイシックが笑いながらそれを敵に投げつけ、正確に弱点を貫いていく。
「サーカスの始まりだよ! さあ皆、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
とてつもなく巨大な玉を転がして複数の敵をまとめて轢殺する別のベイシック。
「ホッホーゥ! 道化師ベイシックの猛獣ショーだ!」
幼い姿のベイシックがムチを振るうと、動物のベイシック達が敵に襲いかかる。反撃に驚いた表情をしてみせた老人のベイシックを女のベイシックが布で隠した。その布を取り払った瞬間、彼は別の場所に転移していて光線は何も無い空間を素通りする。
「マジックも楽しいわよ!」
「機械の兵士も笑わせてみせよう! ハッハッハッ!」
おどけて、ふざけて、ちっとも真面目に戦わない。そのくせ圧倒的な強さ。一人一人が中央大陸で戦っていた魔王達以上の魔力の持ち主。さらに多才な技と異能を使いこなして敵軍を翻弄し、混乱させ、踏み躙っていく。
「あれが……五封装」
スズランと共に異世界を救い、この世界の剣闘大会で優勝して、調子に乗り過ぎていた。クルクマは今さらながらに痛感する。やはり、まだまだ上には上がいるのだと。
「そうです、お姉様。そして──」
無敵の道化師達の出現でもはや手を出す必要も無いと悟った現場指揮官と兵士達は中央大陸の方角へ顔を向けた。天頂に巨大な虹色の輝きが生じている。
放射され、この場所まで届く魔力。魔力波形で個人を識別できるクルクマは驚かされた。
「スズちゃんじゃ……ない」
「あの輝きこそ今の我等が王。五封装が認め、彼等の頭上に立つを許された御方」
クルクマへ向ける以上の熱のこもった視線。純粋で強烈な憧憬。それもそのはず、彼女こそ始原七柱の力を持たずに初めて聖母魔族の頂に立った者。自分達でも努力次第で同じ高みへ到れるかもしれないという希望の象徴。
「三代目大魔王、ディル・ディベルカ・ウィンゲイト様!」