八章・少女の英雄(4)

文字数 1,715文字

 それからほどなくして宿屋の一階では大宴会が開かれた。村人全員が総出でナスベリの帰還を祝い、いつの間にやらビーナスベリー工房の副社長にまで昇り詰めていた栄誉を称える。
「お主は我が村の出世頭じゃ!」
「ほんに大したもんじゃ! ナスベリ万歳!」
「万歳! 万歳! 万歳!」
「それはもういいってば……」
「やらせてあげなさいよ。おじいちゃん達、本当に嬉しそう」

 やがて全員が酔い潰れ、眠ってしまった。カタバミもナスベリの隣で床に転がり、寝息を立てる。

 夢の中で彼女はまた思い出した。人生最悪の記憶。彼女や村の皆が極度の幽霊恐怖症を患う原因となったリンドウ主催の“やりすぎ肝試し”を。
 リンドウはあの日、村からさらった子供達を全員、近くの森の中にある地下遺跡の中へ放り込んだ。なんでも魔王が暴れていた時代に建造されたものだそうで、大陸中に同様の遺跡が存在しており、特に珍しい場所ではない。
 しかも当時の子供達、特にヤンチャ小僧共にとってそこは昔から度胸試しの聖地であり、内部の構造を良く知っているという者までいた。ナスベリが魔法で光を作り出してくれたおかげで完全な暗闇でもなくなり、どうにか外へ出ることはできるだろうと、みんな少しばかり油断してしまったものだ。

 でもリンドウは、遺跡の中に大量の幽霊を放っていた。

 後から聞いた話によると、霊感が無い者にも霊が見えるようになる結界が張られていたらしい。
 生まれて初めて見る本物の幽霊に、みんなはパニックを起こした。カタバミにも何一つ冷静な行動なんて取れなかった。

 そんな子供達を叱咤し、まとめ上げ、守り抜いたのはナスベリだ。

 ──今になって思えば、あれはきっと娘を人気者にしてやりたいというリンドウなりの親心でもあったのだろう。だって、それまで“冷やす魔法”しか使えなかった彼女が急に光を生み出す魔法や、霊を強制的に浄化する魔法を使えるようになっていた。遺跡で絶対必要になるから仕込んでおいたのだ。
 それでも、あの時あの場にいた子供達にとってナスベリこそがまさしくヒーローだった。悔しいけれどカタバミも思い知った。世の中には絶対に敵わない相手がいると。

 美人で、魔法使いで、ガサツだけれど優しくて強い。

 そんな凄い奴に好かれているのに、カズラが平凡な自分なんかを選ぶはずが無い。そう思い知らされ、遺跡を出るまでの間ずっと泣いていた。周りは幽霊が怖いせいだと思ったようだけれど、本当はそうじゃない。
 その後、子供達の行方を知って助けに来た大人達まで巻き込まれてしまい、村の住民の大半は幽霊恐怖症になった。
 周囲の村々はそれを笑い話にして今も語り継いでいる。当時の自分達も笑って済ませてしまえば良かったんだろう。けれど大人も子供も、あの時ばかりは一致団結してリンドウを批判した。
 彼女はそれ以来、屋敷から全く出て来なくなった。だから自分達を影に飲み込む直前に見た彼女がカタバミにとっては最後に見たリンドウの姿。
 その事実が、今はとても寂しい。

「う……」

 深夜、ふと目が覚める。
 目を開くと、目の前にナスベリの顔があった。
 彼女も起きていて、何故か泣いている。

「……どうしたの?」
「……夢なんじゃないかと思った。今日のこと、何もかも……」

 そんなわけない。
 カタバミはナスベリの手を握る。

「ここにいるよ。あんたも私も、ここにいる」
「うん……」

 頷いたその顔が、それでもまだ心細げで、怯えている子供のように見えて、カタバミは反射的に謝りそうになる。昔のことを、彼女達母子を苦しめてしまった過去の罪を。
 でも、その瞬間、脳裏にスズランの顔が浮かんで来た。毎日自分に最高の幸せをくれる愛娘のおかげで違うと気付けた。
 昨夜ここで皆に対して言ったことは間違っていた。言うべきは“ごめんなさい”なんかじゃない。

「ナスベリ」
「なに?」
「おかえり……帰って来てくれて、ありがとう」

 ──ナスベリの顔が歪み、ますます涙が溢れ出す。カタバミはその腕を引いて自分の方へ抱き寄せた。互いの額が触れ合う。もう冷たくはない。
 本当は、ずっと昔からこうしたかった。
 教えたかった。
 あなたは嫌われ者なんかじゃない。

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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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