Return of Happiness(7)

文字数 3,365文字

◇月光◇

 食事は鏡矢一族との会食形式。大きな座卓を挟んで向かい合って座り、所狭しと並んだ料理へ思い思いに手を伸ばす。スズラン達の容姿は日本人のそれとはかけ離れているため、普通に箸を使いこなすことに驚かれた。
「僕達の国でも普通に使いますよ。大陸の南の方ではあんまり使わないらしいけど」
「ふむ、どうやら君達の暮らす大陸は北半分が我々の世界で言う東洋の文化。対する南が西洋文化という感じで分かれているようだな」
「それでさ、そのシブヤって国にはぐ~たらものの神子様がいて」
「ふふ、面白いこと。日本と同じ地名ばかりなのに歴史は全く異なっているのね」
「タキアというのは、おそらくこちらで言う秋田だろう。私も昔、十年ほど住んでいたよ。いいところだった」
「お~、そうなんですか。じゃあスズ姉、アキタってところにも行ってみない?」
「いいわね、この世界の秋田に豆腐カステラはあるかしら? 豆腐なんだけど、とっても甘いお菓子。思い出したら久しぶりに食べたくなっちゃった」
「ございますよ。私も好きで秋田への出張時には必ず買って帰ります」
「モモにい、その赤いのとって。美味しそう」
「待て、それは辛いぞ。辛いのは平気か?」
「あ、はい」
「ならいい。たくさん食べろ」
「皆、流石に良い食べっぷりね、作った甲斐があったわ。モモハルくん、こちらもどうぞ。気に入ったらレシピを教えてあげるから、向こうでも作ってみて」
「ありがとうございます」
 互いの世界について教え合い、思った以上に話が弾む。見た目は若くとも雫以外は老人ばかり。しかも普段は四人だけで生活しているらしい。若者の来訪自体が嬉しいのだろう。愛想の悪い龍河でさえ、何かとヒルガオやユウガオの世話を焼きたがる。これらの料理を一人で作ったという霞はモモハルにレシピを訊かれ、教える前に独自の工夫を指摘されたことにより彼の情熱とセンスを知って心打たれたようだ。
「どうせなら弟子にしたいわね」
「それは……家業もあるので、すいません」
 などと、互いに本気か冗談かわからないやりとりをして笑い合う。

 ──やがて宴も終わり、片付けを手伝ったスズラン達は再び部屋まで戻って来た。時刻は九時を過ぎている。ココノ村では大半の住人が寝る頃合い。けれど旅特有の興奮もあり、今夜は全く眠くない。すぐにも眠ってしまいそうなのはアサガオだけ。

「いやあ、美味かった美味かった。あの人達しか住んでない島だからどんなのが出るかと思ったら、ふっつーに豪華な飯だったな」
 彼女は赤ら顔で上機嫌。年齢を問われ十九歳になったと答えたところ、一歳くらい誤差だなどと言われ酒を勧められた。ちなみに日本でもタキアでも飲酒が許されるのは二十歳になってからである。
「あはは、アサガオちゃん顔真っ赤」
「その状態じゃ、お風呂は朝にした方がいいね。お布団しいたげるから先に寝なよ」
「なんだよー、もっと話そうぜ。せっかくの旅行だぞ」
「はいはい、私が話し相手になるから。ヒルガオちゃんとノイチゴちゃんは先にお風呂に入ってらっしゃい。アサガオちゃんの面倒は私が見る」
「いいの?」
「なら悪いけど行ってくんね。姉ちゃんのことお願い」
「うん、任せて」
 手を振り、見送るスズラン。ノイチゴ達が廊下へ出るとモモハルとユウガオも同じ理由で部屋から出て来たところだった。四人で連れ立って風呂場へ向かう。

「ここのお風呂、大きいらしいよ。ちゃんと男女別だし」
「残念だったねユウガオ」
「な、なんで残念なのさ!? 別にそんなこと思ってないよっ」
「だってさノイチゴちゃん」
「なんだ、ユウガオは私と一緒に入りたくないんだ」
「そうやってからかうのやめてよっ」
「あはは」

「……行ったか」
 声が遠ざかったのを確かめ、布団の上で身を起こすアサガオ。今まで明らかに泥酔していたのに急に酔いが醒めたようだ。
「力の使い方、上手くなったわね」
 この短期間でと感心するスズラン。アサガオは謙遜せず不敵に笑う。
「まあ、シブヤでも色々あったから。アタシも“重力”が強くなったんだろうな」
 今の彼女は≪情報≫と≪均衡≫を有する≪二色(ダブル)≫の有色者。能力を上手く使えば瞬時に酔いを醒ますことも難しくない。
 たとえば胃の内容物を“酒”と“その他”で大雑把でいいから分けて認識する。あとは簡単。≪均衡≫の力でその割合を変化させる。五対五を一対九に。あるいは一方だけ変化させず一対五に。減った分の質量はどうなったと問いたくなるでたらめな話だが、神様の権能を借りるとそのでたらめが通ってしまう。
 覚醒した後、スズランに相談したら意外な話を聞いた。本来≪均衡≫は始原の力の中で最も恐ろしい能力だと。均衡神ユウには七柱同士が争うようなことになった場合の抑止力となることが期待されていた。そのため戦闘においては他の六柱を圧倒するポテンシャルを発揮できたらしい。家族の対立に誰よりも苦しめられた彼は兄に精神を破壊してもらい、自身の権能を行使せず現実から逃避してしまったが。
(アタシも努力次第じゃスズちゃんみたいに戦えるようになったりするのかね? っても、ファッションデザイナーにそんな能力いらんけど。身を守れりゃ御の字だ)
 とにかく今は、そんなことより大事な話。スズランがあれに気付いていないはずはない。なのにどうして触れないのか、それを知りたい。
「スズちゃん、月は見た?」
「ええ……」
 やはりと彼女の顔を見て確信する。スズランはとっくに気が付いていたし、おそらくは自分以上の情報を把握している。
 二人で窓辺に移動して空を見上げた。ほとんど雲の無い晴天。このあたりには遮る光もほとんど無く、星々が良く見える。

 その中で一際大きく見える天体。
 地球の衛星である月。
 それがおかしい。

「……この世界の月ってさ、元からあんなに青いの?」
「いいえ」
 二人が見上げた月は見たことのない真っ青な輝きを放っていた。それに陰影が妙に薄い。一応、影はできている。左半分が影なので上弦の月だろう。けれど影の部分も明るすぎて、ほとんど満月と変わらない。
「アタシらの世界の月は今、太陽光を反射して光ってんだよね?」
「そう、そして母星がその光を遮ることにより影ができる」
「ここも同じ仕組み?」
「うん」
「なら、なんであんなに明るいの? あれじゃまるで月自体が発光してるみたい」
「その通りよ」
 スズランはまたもあっさり肯定。アサガオはすでに異常に気付いている。なら隠し立てする必要は無いと考えた。
「さっき少し話したんだけど、モモハルも気が付いてるわ。でもヒルガオちゃん達は違う。あの光が精神に干渉して認識を歪めるから。あの子達は今、月は“青いもの”で自ら光を放つのが当たり前だと思っている」
「なにそれ、誰かに攻撃されてんの?」
 特異点たるスズランやモモハルと行動を共にする以上、そういう災難に見舞われることは織り込み済み。警戒度を引き上げたアサガオに対し、またもスズランは頭を振る。
「敵じゃない……ってこと?」
「そう。この世界では、あれは自然現象のようなもの。発生には人の意志が関わっている。でも、そこに悪意は一切無いし実害も無い」
「どういうこと……?」
 それではいったい何の目的で起こされた現象なのか。現段階ではアサガオには全く知る由も無い。
「雫さん達は困ってるでしょうね。彼女達も鏡矢の血のおかげで耐性があり、あれに気が付いている。なのに手の打ちようがない。対処すべき事象なのかさえ判然としない」

 月を見上げるスズランの瞳は、深い憂いを帯びていた。

「スズちゃんは、もう全部わかってるの?」
「うん、あれは≪世界≫の力で引き起こされたものだから」
「なっ……!? じゃあ犯人は有色者?」
「犯人と呼ぶのはやめてあげて。さっきも言ったけど悪意は無いし、彼自身が望んだ結果でもない。いくつかの偶然が重なって生じたもの。人によっては災いと見るかもしれない。でも多くの人間にとってあれは救済。
 アサガオちゃんには真相を話しておく。ただし誰にも言わないで。今はまだ、私達三人だけの秘密にしておくべきだと思うの」

 そうしてスズランは語り始めた。この世界の月が青くなった理由を。何故それが多くの人々を救うことに繋がったのかを。
 それは同時に、先刻まで一緒にいた鏡矢 雫らも関わる哀しい物語だった。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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