Hello angel from the door(1)

文字数 3,679文字

◇天よりの使者◇

 ココノ村では毎週日曜に教会へ集まり、創世の三柱に対し祈りを捧げる。もちろんこの村だけでなく大陸全土で行われていることだ。三柱教があるのは中央大陸だけだが、他の四大陸にも同様の宗教的な行為は習慣付いている。
 参加は強制でなく自由。ココノ村は信仰に篤い者が多く、用事で来られない場合などを除いて大半の村民が出席する。それはスズランが彼等の信仰対象マリア・ウィンゲイトの生まれ変わりだと判明した後でも変わりない。

 秋半ば、今日は司祭が集まった人々の前で聖典の一節を読み上げていた。日曜礼拝では各教会の僧がなんらかの話を信徒に聞かせるのが習わしとなっている。大抵は神の教えについて訓示を込め説教するだけなのだが、ここのような牧歌的な村ではシスター達が菓子の作り方を説明したり、村民の誰かが“神様はいると本当に思った瞬間”を面白おかしく語ったりすることも多い。
 今日はありがたい説教の方。皆、無駄口を叩かず真面目に耳を傾けている。

「その時、空を覆った邪悪なる影を切り裂いて天使が地上に降臨し──」
 ──と、五十代半ばの司祭は唐突に言葉を切り、訝しげに見つめる皆の前で両親や弟と並んで座るスズランの方へ振り返った。
「あの、スズラン様……以前から疑問に思っていたことがあるのですが、この場を借りて質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
 話の流れから質問内容を察し促す彼女。すると司祭は教師の前で緊張する生徒のような面持ちで問いかける。
「不勉強を晒すようでお恥ずかしい。そもそもこの『天使』とは、どのような方々なのでしょう?」
「おお、そういえば」
「ワシらも天使様のことはよく知らんなあ」
「それは仕方ないです」
 司祭が不勉強なのではなく、そもそも聖典の記述が曖昧なのだ。スズランも何度か目を通してみたことがある。あれは自分、すなわちマリア・ウィンゲイトのこと以外おぼろげな知識でしか書かれていない。制作当時は真面目な信徒が多かったのか、知らない部分を空想で補うといった手法もほとんど見受けられなかった。

 さて、それにしても天使か……彼女はしばし逡巡する。
 三柱がこの世界を創った直後、一度だけ崩壊の呪いとは別口の外敵に襲撃された。そもそも、あの頃はまだ崩壊の呪いそのものが存在しなかったのだし別件なのは当たり前の話なのだが。
 当時、自分達三柱──マリア、エリオン、ジーファインには他にも複数の協力者がいて、この世界での戦いにも参加してくれた。人々は彼等を“天の神々に使役される者”という意味で“天使”と名付け、後の聖典に記したらしい。
 ただ、この世界の住人に必要以上の情報を与えなかったことから、聖典における天使は“神々の下僕”で“すごく強い”程度の認識でしか捉えられていなかった。

「うーん、まあ、話しちゃってもいいでしょう」
 そう言って立ち上がると宙に浮かんで司祭の隣まで移動するスズラン。そして村の皆の顔を見渡し、予想外の一言を繰り出す。
「多分、そのうちここにも来ますしね」
「えっ?」
「天使様が、うちの村に?」
「私が、つまりマリアが復活したことはすでに伝わってるはずなので、そのうち誰か顔を出すと思います」

 さらっと言われた一言に人々は当然ながら仰天。

「なんじゃって!?
「な、なんぞ用意しといた方がええんかの?」
「おいクロマツ、お前さんいっちょカニでも取ってこんかい!」
「まずいのう、もうそろそろ旬を外れちまう。カニタケじゃ役者不足かのう?」
 慌てふためく一同。
 スズランは「大丈夫大丈夫」と声をかけて宥める。
「そんな特別なことは何もしなくていいわ。ミツマタさん達が遊びに来るようなものだと思って」
「いや、それも十分おおごとなんだけどね、普通に考えたら」
 ツッコミを入れるアサガオ。こんな田舎の村に七王や教皇が次々訪れること自体、本来なら異常事態なのである。近頃はすっかり慣れてしまったけれど。
「というか結局、天使てのはなんなんじゃ?」
「一説によると神々と契約した者だと言われていますが……」
 ムクゲの疑問に便乗する形で問いかけるロウバイ。天使とは神々と契約を交わした存在。現代に遺されていた僅かな資料を読み解いた研究者達の間では、今やそれが通説となっている。つまり天使とは元人間や、それに近い種族が神の加護を得た者ではないかと。
 なので同じく契約によって加護を授かった神子や聖騎士も“天使”に分類されるのではないかと唱える声もある。
 彼女の質問に、スズランは小さく頷き返した。
「おおむね、その解釈で合っています。天使とは神々と契約を交わし加護を授かった存在。もちろん世界によって形態は様々で、その限りでない場合もあります。こことは別の世界では種族単位で“天使”を名乗る方々もいるでしょう。ただ、私達始原七柱にとって天使とは“契約者”のことでした。他の六柱と対立し、この世界でエリオン、ジーファインと共に“三柱”と呼ばれるようになってからも同じ」
「てこた、オレらの知ってる聖典に書かれた天使ってのはマリア様が他の神々と対立した後に契約なさった方々なんですか?」
「離反前からの同胞も少数ながらいました。でも、たしかに大半はミナ達と袂を分かってから新たに引き入れた仲間です」
「おおー、流石ゼラちん。物知り~」
「その呼び方はやめろよ、お嬢」
 最後列に座っている巨漢。髪を短く切り、ヒゲを剃ってさっぱりした風貌になった彼はゼラニウム。クルクマの紹介でココノ村を訪れ、そのまま村の一員として定住することになった元傭兵だ。隣にいるのはスズランに弟子入りして、やはり三ヶ月ほど村で暮らしているウンディーネのフリージア。
 フリージアの隣で、もう一人、別のウンディーネが頭を下げる。
「申し訳ありません。フリージア、ゼラニウムさんはずっと年上なのよ、失礼な呼び方をしないの」
「はーい」
 利かん気の強いフリージアが素直に従う数少ない相手。母親のユリオプス。娘だけでは心配だからとウンディーネの女王に許可を取り、少し遅れてやって来た。彼女達は乾燥を大敵としているため、現在は村の共同浴場で管理人を兼ねて暮らしている。外見は二十歳前後。人間の感覚ではフリージアの姉にしか見えない。
「いや、別に怒っちゃいませんよ。子供の言うことだし……」
「子供扱いしないで。フリージアはもう七歳なのよ」
「子供じゃねえか」
「ウンディーネなら立派な大人なの」
「子供よ。まだ修行期間を終えていないでしょ。それだって本当なら十歳からなのに勝手に旅に出ちゃって……」
「おかげでスズラン様に弟子入りできたじゃない。お得よお得」
「この子はもう、こう言えばああ言うんだから……」
「ガキなんてそんなもんですって」
 この三人、村ではまだ新参者だからか何かと一緒にいることが多い。特にゼラニウムはユリオプスが気になるようだ。どうやら古来の盛んに異種族が交流していた時代の男性達同様、ウンディーネの美貌に心奪われてしまったらしい。なので娘のフリージアにも強く出られない。
 とはいえ彼は積極的だ。ひょっとしたら近いうちに新たな夫婦が誕生するかもしれない。見習ってほしいものだとスズランのみならず多くの村民が衛兵隊長ノコンに期待を寄せる。彼は今日もロウバイの隣に座っていて、それでいてカチコチに緊張したまま。
(あの人はまったく、いい歳じゃというのに、ええかげん慣れんかい)
(このままじゃゼラニウム君に先を越されちまうぞ)
(やれやれ、ワシも久しぶりに産婆として腕を奮いたいんじゃがのう……)

 そんな彼等から視線を外し、スズランは天使についての解説を続けた。

「神との契約者が天使、ということはつまり神子や聖騎士も分類としては天使だと言っていいでしょう。始原七柱でなくアルトライン達“四方の神”との契約者ですが、彼等の力も結局は私達七柱が源なので」
「やはり、そうなのですか」
「ええ」
 もう一度ロウバイに対し頷きつつ、一昨年の件を思い出す。

 有色者(ゆうしきしゃ)浮草(うきくさ) 雨龍(うりゅう)狐狸林(こりばやし) 六科(むじな)がゲームとして造り上げた仮想世界。それが二人の思惑を離れ、本物の世界へと成長してしまった。
 製作者である彼等も、あの一件で単なる≪有色者≫ではなく≪想像主≫と呼ばれる神に昇格している。古来の戦争でマリアと共に戦った者達の一部もその想像主だった。つまり契約前から“神”と呼ばれるに相応しい力を有していた。
 そんな彼等が始原七柱と契約して加護を与えられた場合、力の強大さは人間が契約した場合の比ではない。この世界の防衛を任せた下位神の一柱・盾神テムガミルズと同化していたアイビーでさえ足下にも及ばないだろう。
 もちろん神々同士の戦いで最も重要になるのは“深度”で、その一点においてならアイビーは彼等にも匹敵する存在だったが。

(ゲルニカがちゃんと帰郷していたら、そろそろ誰かがここへ来てもおかしくない頃合い。さて誰が来るかしら?)
 スズランの中のマリアは、かつて自分と共に戦った者達の顔を一つずつ思い浮かべ、その時を心待ちにするのだった。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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