Celebrate the new chapter(A07)
文字数 3,460文字
西の大陸アガ・ライアタス。ニホン語に訳すと“戦士の故郷”となるこの大地は世界で最大の面積を誇っている。五封装最古参のセクトファブリスが統治しており、イヌセの話に出て来た通りゲルニカが誕生した地でもある。
モモハル達は中央大陸を取り巻く巨大な円環サントラシュ・ヴェキとその外にある海を転移装置によって跳び越え、あっという間にこのアガ・ライアタスの土を踏んでいた。
「うおおおおおおおおおおおっ、なんじゃこりゃあ!?」
「ひええ、オサカやシブヤより発展してる街なんて初めて見たわ……」
転移先は王城に現れた時と同じで街を一望できる高層建築物の屋上。なのに目の前にはさらに大きな建物が存在している。
「どうなってんだありゃ……倒れちまわねえのか?」
「あの塔、空の天井に繋がってない……?」
とてつもなく高い塔か柱のような建築物。レンゲの言う通り、首が痛くなりそうなほど見上げてみると先端が天井──界壁の内側に接続されていた。
「あれは世界と世界を繋ぐ“交差点”なのです」
説明してくれたのは、やはり案内役として着いて来たイヌセ。村の老人達のガイド役に比べ若干背が低い。
「じゃんくしょん?」
「皆さんも城へ来る時に通った扉。あれのもっと大規模なやつが複数設置された施設です。この世界と別の世界を行き来する場合、普通はあの建物から出入りするのです。皆さんは初代陛下がお世話になってるので特別に王城へ直行でしたが」
「つまり乗合馬車の停留所みたいなもんかい?」
「その解釈でもいいです」
「馬車とか言われてもわかんない。潮目みたいなもの?」
「海流がぶつかり合う場所ですね。たしかにウンディーネにはそのたとえの方がしっくり来るかもです」
「ふうん」
納得するフリージア。母は老人達と観光名所を巡りに行ったが、サザンカ達は美味しいものを食べ歩くというので彼女はこっちへついて来た。見た目はすでに大人だが、中身はまだ九歳児。花より団子なのである。
次に周囲を見回す彼女。何も無い屋上。下へ続く階段さえも見当たらない。
はて? 空を飛べる自分はともかく、これではサザンカやレンゲが困るのでは?
「ねえ、どうやって降りるの?」
「景色を楽しみたいなら飛び降りるといいです」
「おいっ!?」
サザンカはタチの悪い冗談だと思って怒ったが、そうではなかった。
「お父さん、多分これ安全なんだよ」
「なに?」
「ほらっ」
言って、いきなりフェンスを乗り越え空中に身を投げ出すモモハル。当然サザンカ達は慌てる。
「ちょ、おまっ」
「モモッ!?」
「やっぱり! すっごいゆっくり降りてくよー!」
身を乗り出して覗き込んだ両親に対し、気楽な調子で手を振る息子。そういえばと二人とも思い出す。王城でも万が一落ちても落下速度を緩める魔法があるので大丈夫だとあの三代目さんが言っていた。
「面白そう!」
兄の所業を見て早速真似ようとするノイチゴ。安全だとはわかっていてもやはり完全に安心はできない。二人は左右からその腕を掴んだ。
「やめなさい!」
「落ちたらどうすんだ!?」
「大丈夫だってば! そもそも私、ホウキで飛べるし!」
「あ、そうか」
「て、バカ!?」
思わず手を離してしまうサザンカ。するとノイチゴは勢い余ってレンゲごとフェンスの外に転落する。
「ひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「きゃあああああああああああああああああああああああっ!?」
「フリージアもっ!」
空中を泳いで追いかけて行くフリージア。なるほど、下方向への加速を制限する術式が働いている。海の中を泳いでいるような抵抗感がむしろ心地良い。
「たーのしーーーーーーいっ!」
「……」
サザンカはそんな妻と子供達を上から見下ろし、震えていた。
絶対怒られる。結婚してから何年経っても、あの八ヶ月年上の妻には勝てない。
やはり屋上に残っているイヌセが問いかけて来た。
「どうします? サザンカさんも跳ぶですか?」
「え、ええと……他の方法は?」
「この屋上自体が転移装置なのです。ちょっと集中して下へ行きたいと念じれば、好きな階まで行けるです」
「よし、じゃあそれで……」
「落ちてもいいですよ?」
「転移で頼んます!」
そして空間転移で一階まで下りたサザンカは先に地面に降り立っていたレンゲに捕まり、案の定子供達と共に説教されるのだった。
お説教を終えた一行は気を取り直し、イヌセと共にアガ・ライアタスの商業都市ソクトロクを歩き始めた。上から見下ろした通り、途方もなく高い高層建築が密集して林立する大都会。普段が農村暮らしの彼等は圧迫感に息苦しさすら覚える。
「あまり上を見ない方がいいですよ。おのぼりさんだと思われるです」
「いや、本当におのぼりさんだし」
「スズちゃんから他の世界はもっと発展してるたあ聞いてたけど、こりゃ本当にとんでもねえなあ……」
「イヌセさん、あちこちで映像が動いてるけど、あれって通信機?」
「通信機能を持ってる端末もありますが、あれらの大半はただの宣伝映像ですよ」
「広告ってこと?」
「そうです。ほら、新商品の紹介とかでしょう」
「あ、本当だ。プリティステーション5発売だって。なんのこと?」
「家電ですね。服を分解して再構築してくれる機械です。3Dデータさえ登録しておけばどんな服でも一瞬で作れます。洗濯する必要が無くていつでも新品を着られるので大人気ですよ」
「かでん……?」
記憶災害を発生させる危険性があるため、元の世界では電気を使用する発明品は今なお存在しない。なので家電という言葉もやはりできていないのだ。
とはいえ説明された機能については理解できる。
「アサガオちゃんが欲しがりそう」
「うちにも欲しいけど、わたしたちの世界でも使えるのかしら?」
「スズねえに頼めばなんとかしてくれるんじゃない? お父さん、あれ買おうよ」
買い物は無制限。その事実を思い出した女性陣はワクワクしながら宣伝映像を流す店を指差す。
だが、サザンカは渋った。
「待て待て、おめえら目的を忘れてねえか? ここへは美味えもんを食いに来たんだぞ」
世界最大の商業都市ここソクトロクには美食も集って来るという。料理人としてはまずそれらに触れて勉強したい。モモハルも父の意見に同意した。
「まず食事にしようよ、荷物が多いと店に入り辛いし」
「あ、それもそうか」
納得しかける女性陣。ところがイヌセが余計なことを言う。
「いえ、別に持って帰らなくても全部城に配送してもらえばいいですよ。城から村までの運搬だってマッシュにやらせるがいいです」
「なんだ、ならいいじゃん。お昼には早いし先に買い物しようよ」
「色々食べ歩くんだから時間に余裕持たせるくらいでいいんだよ。そもそも服なんざ普通に洗濯したらいいじゃねえか?」
「は? ちょっと、その洗濯が大変だから欲しいって言ってんだけど?」
カチンと来たレンゲは夫に詰め寄って行く。途端にたじたじになるサザンカ。それでもなんとか言い返す。
「そ、そりゃわかるけど、話を聞くに味気ないような気がしてよ……」
毎日新品を着られれば気分は良いかもしれない。しかし長年愛用している品には愛着を抱くものだ。そういうのが無くなるのは寂しい。
意外にも説得力のある弁解を聞き、レンゲも考えを改める。
「一理あるわね……」
「たしかに。スズねえの好みからは外れてる発明品だし、使えるようにしてって言っても駄目かも……」
ノイチゴも迷った。スズランはやろうと思えばすぐにでもココノ村をこの街以上に発展させられる能力の持ち主。でも、そうしないのは彼女が今まで通りの平凡な生活を望んでいるから。水道を設置した時だって悩んだ末の決断だったし、ああいう分不相応な発明品は持ち帰るべきでないかもしれない。
「……スズはなんでも買っていいって言ってたよね。でも、あれは僕達のことを信頼してくれてるからだと思う」
流れが変わったと見て、さらに父の意見を補強するモモハル。
両親と妹は感嘆の声を漏らした。
「おお……」
「お兄ちゃんが、そこまで考えてるなんて……」
「成長したわねモモ」
「ひどい」
十五歳なんだからこのくらい当たり前じゃないか。少年はちょっと傷付いた。
「前から思ってたけど、モモハル様って神子の割に軽んじられてるよね」
「うん、まあ、いいんだよ家族だし……」
「よしよし」
頭上から頭を撫でて来るフリージア。この行為の方がよっぽど軽んじられてる気がするけれど、モモハルは何も言わなかった。もうフリージアも彼の感覚では身内なのだ。