Celebrate the new chapter(C12)
文字数 4,803文字
片方はディル。片方は上位者の送り込んだ人型兵器。封印隔壁作動後に少しだけ動きを鈍らせたが、やはり他の兵器の“核”を取り込み復活を果たした。あのタイミングで倒せれば良かったのだが、こちらの攻撃はどうしても致命打を与えられない。
(速い、それに鋭い)
転移で死角へ回り込み、巨体を変形させ変幻自在の軌道から高速斬撃と刺突。こちらの与えたダメージは即座に回復され、向こうの攻撃は一発でももらえば即座に致命傷となりうる。
そんな危険極まりない攻防は数分に渡り続いていた。周囲の小型兵器達も時折援護射撃を遠間から仕掛けて来る。だが光線だろうとミサイルだろうと彼女は愛槍一本で防ぎ切り、その槍で眼前の敵の攻撃も捌く。
(私と五封装以外ならすぐにやられてるわね。優秀な兵器だわ)
ここまで鍛え上げるのに、どれだけ時と労力を費やした?
千年前、
以来、
それでも彼等は諦めていなかったのだろう。新世界への侵攻を。収奪を。その執念には素直に感服する。
直後、衝突と離脱を繰り返しながら高度を下げた両者は再び大地を踏みしめた。同時に地面が大きく揺れ始める。
「この震動……!」
魔王達の戦いの余波ではない。もっと遥かに強大な存在に呼応して地脈に流れる魔力が暴れている。
あまり感知系の術は得意ではない。通信魔法で状況を確認するとスズランが立て続けに魔王呪法を放ち、もう一体の人型を抑え込んでいるという。
「流石……」
そんな力業、全ての魔王呪法の開発者で無限の魔力を有する彼女以外には到底できない。最も近いことの可能なエンディワズでさえ、魔王呪法だけを連発するなんて無茶をすれば数分で息切れしてしまう。
向こうには創造神ミナの生まれ変わりと思しき少女と滅火を操る少年まで現れたらしい。予想外の展開だが、そんなのはいつものこと。巨大な重力源を数多抱える聖母魔族の歴史には波乱が付き物。今さら驚いたりしない。
「ココノ村の方々は?」
『ご無事です。モモハル様を筆頭に皆、優れた戦士ですね』
「そうか」
かつての“実験場”だけあって優れた資質の持ち主が多いようだ。このまま交流を続ければ、やがてこちらの世界に移住し頭角を現す者も出るかもしれない。
他の大陸もセクトファブリスとベイシックの活躍で犠牲者を出さぬまま持ち堪えている。兵士達も良く奮闘中。後で褒めてやらねば。
「ぬるいッ!」
再び敵の攻撃を弾き返し、一瞬だけ頭上を見る。ゲルニカを隔離した繭にはまだ変化が生じていない。それは裏を返せばまだ彼が健在である証。すでに倒されているなら敵は繭を解き、中にいる三体目の人型兵器を自分かスズランのどちらかに差し向けるだろう。
「そもそも彼が負けるはずもない」
歴史上“ゲルニカ”に勝利した者は三人だけ。始原七柱≪破壊≫神のカイ。鏡矢 零示。そして──
「……五封装へ」
通信のチャンネルを切り替えて世界各地に散った五大魔王へ呼びかける。
彼等は同時にその声に反応し、振り返った。
途端、敵の動きがさらに速くなる。全身からエネルギーを放出しつつ、これまで以上の猛攻を仕掛けて来る。
「良い判断ね」
極めて優れたAIが搭載されているようだ。それがこう判断した。今すぐに彼女を倒さなければならない、と。
正しい判断だが、それでも攻撃は全くディルに届かない。ありとあらゆる攻撃パターンが槍一本に阻まれてしまう。
上位者達はこの切り札を用意するため長い時を費やしたのだろう。労力をかけコストをかけ、今度こそ勝利するために万全だと思える態勢を整えて挑んで来たに違いない。
素直に称賛しよう。彼等の努力と研究の成果を。たしかにこの兵器は始原七柱すら倒し得る。彼等が創り出した“神殺しの剣”は見事な出来だ。
でも一つだけ見落としている。
この千年、研鑽を重ねて来たのは彼等だけではない。
「封印解除を要請する」
『承認』
エンディワズの声が真っ先に答えた。ディルの左手の甲に青い光の紋章が浮かぶ。
『承認』
ミツルギの声。今度は右膝に紋章。
『承認いたします、陛下』
カロラクシュカ。左膝。
『承認。派手に愉快に蹴散らしましょう陛下!』
ベイシック。右手の甲。
『承認する。全封印解除』
最長老セクトファブリスの声が最後の鍵となった。ディルを、そして愛槍を縛り付けていた封印が解かれる。
五封装とはその名の通りの存在。大魔王という最強の存在に制限をかけるため、彼女に纏われる装束。今それが脱ぎ捨てられた。黒槍ツングヴァインの穂にも同じ紋章が浮かび上がり、槍の色が眩い純白に変化していく。
さらにはディルの髪と瞳も七色に。
「行くわよ、ツングヴァイン」
猛攻を捌き続けていた槍が一転、攻撃を繰り出す。加速した相手をさらに上回る速度で刺突を放ち、分厚い装甲を削りながら天頂に向かって押し込んで行く。
「お、おおっ? なんじゃありゃ、大魔王さんか!?」
「スズちゃん、いや、マリア様と同じ姿に!」
「てえこたあ──」
『そうです』
「え?」
興奮し、空を見上げるココノ村の人々。そんな中アサガオだけが誰かの声を聴き取って周囲を見回す。
姿は見えない。けれど声には覚えがあった。
「レインさん?」
『彼女は有色者ではありません。レインボウ・ネットワークの支援など必要としていないからです。彼女はあの伊東 旭様と同じく独力で≪七色≫と同等以上の深度に達した至高の戦士』
──天へと駆け上がったディルはついでとばかりに槍を一振りして邪魔な小型兵器共を薙ぎ払う。術も異能も必要無い。単純な身体能力と槍術だけで彼女は現聖母魔族の頂点に立った。
「……かつて、我が父を嗤う者達がいた」
輝きつつ相対する人型兵器に語りかける彼女。ズタズタに引き裂かれた敵は再生を優先して動きを止める。ゲルニカの攻撃を受けてすら一瞬で復活を果たした怪物が今は彼女の気まぐれな弁舌により辛うじて活かされている状態。
「神殺しの剣として完成した“ゲルニカ”に幾度も勝負を挑み、何度敗れてもけして敗北を認めないその姿を、滑稽と嘲笑う者達がいたのだ」
その一瞬だけディルの瞳に怒りが宿る。
けれど、すぐに鎮まった。このエピソードは彼女の誇り。カロラクシュカの前にヴァルアリス・フワを統治していた先代五封装フィン・ディベルカを、つまり彼女の実父の偉業を称えるためのもの。
「彼は諦めなかった。嗤われようと嘲られようと、誰から諭されようとも絶対に聖母魔族最強の男に挑み続けることをやめなかった。
そして勝った。
千年前の始原七柱との決戦で時空神に敗北寸前まで追いつめられたゲルニカを救うため、既に致命傷を受けていた父は限界を超越した。歪められた時間と空間を砕き、果てしなく深い領域へ届く一撃を放って彼女に致命傷を与えた。あの一撃が無ければ敗北していたのは我々の方。始原七柱は目論見を達成し全ての世界を消し去っていただろう」
不可能に挑み続けた父を、一部の者達は道化のように扱った。
けれど彼女は思う。道化であることこそ自分達“聖母魔族”の本質だと。
始祖マリア・ウィンゲイトが、そもそもそうだったではないか。不老で不滅の始原七柱を殺し、家族である彼等を殺めてまで、その他全てを救おうとした道化者。
彼女に付き従った魔族達も圧倒的に不利だとわかっていながらわずかな可能性に賭けた道化師達。
であれば頂点に立つ者も、いつだって彼等以上の道化でなくてはならない。
ディルは愛槍を構える。父が時空神を貫いた瞬間“神殺し”の概念が宿り完成に到ったゲルニカに続く二本目の決戦兵器を。
「おじさま亡き後、空位になった三代目の座を目指し研鑽を続けていた私にネットワークは力を与えようとした。
でも誘いを蹴ったの。それではおじさまに、彼に並ぶことはできない。もし彼が戻って来てくれたなら、その時には対等な立場で接したかった。彼が整えてくれた道を歩むだけでは、そこまで辿り着く資格を得られない」
だから自分に枷をかけた。術にも他の道具にも頼らず槍一本で戦おうと。実父が遺した神殺しの槍と完全に一体化し、新たな“神殺し”になってみせる。
その決意の果てに辿り着いたのが、この領域。
再生を終えた敵が動き出す。刃状の右手による刺突。
それをディルは槍の穂先で受け止める。
高性能AIが戸惑う気配。
敵はさらに繰り返し左右の腕で攻撃を放つ。
ディルは全て穂先で切っ先を打ち返し、ピタリと止めてみせる。
この機械を通して上位者達が見ているかどうかは知らない。だが見ているならじっくりと拝むがいい。お前達の機械など今の自分の敵ではないと。
空中で衝突を繰り返す穂先と切っ先。金属同士のぶつかる甲高い音が響くべき場面だが、そんな音は一切発生しない。完璧なタイミングと角度、そして力をぶつけて相手の攻撃の威力を相殺しているのだ。余波も音も生じないほどに。
それだけの技量が今の彼女にはある。
このままでは埒が明かない。そう判断した敵は一旦距離を取った。彼女はあえて追わず、やりたいようにやらせてやる。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
雄叫びにも聞こえる駆動音を放つ人形。地上で暴れていた不定形の粘液型兵器が集合し、長く伸びて来て融合した。
そして再び鋭い形状に変化し巨体を捩じりながら突進してくる。馬鹿でかい槍になったようなもの。
面白い、ディルは真っ向から迎え撃つため構えを取る。
「私達に“槍”で挑むつもりよツングヴァイン」
愛槍も唸り声を上げる。負けず嫌いで激しやすかった実父の性格そのままに。
ああ、思い知らせてやろう。共に、この一撃で。
「私達は最強の道化! 無謀に挑み、打ち勝った者達だということを!」
空を蹴って疾駆する彼女。瞬時に光の如き速度へ達する。鋭く細い穂先同士がぶつかり合う。質量は向こうが圧倒的に上。深度も共に神を殺せる領域にある。
だが今度は止めるだけでは済まさなかった。ディルの突き出したツングヴァインの先端が敵のそれを砕き、めり込み、突き刺さる。
超々高速で巨大な槍の先端から石突まで貫通する彼女。瞬間、遥か彼方に光り輝く球体が見えた。実際に目に映ったわけではなく、そういうイメージが頭に浮かんだのだ。
その球体目がけてさらに突き進む。とてつもない距離を瞬時に駆け抜け、前方にあった敵が開けた穴の一つをも貫通した。
穴の向こう側へ飛び込んだわけではなく、空間の穴そのものを貫いて破壊する。途端に今しがた衝突したあの巨大兵器が苦悶の声を上げてのちうた回った。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
まだ倒せてはいない。けれど手応えあり。全力の一撃を放った直後。流石に多少は呼吸を乱し、整えつつ確信する。
「今のが……」
遥か彼方に見えた球体。あれが敵の“核”に違いない。わずがながら刃で掠めた感触があった。もだえ苦しんでいるのはそのため。存在の根源にダメージを入れられたことで今にも消滅しかけている。
よし、このままもう一度やってコツを掴んでしまおう。ゲルニカと同じ深度限界を突破した存在になれるかもしれない。そう思って再び槍を構えた、その時──
彼を隔離していた繭が弾け飛んだ。