Return of Happiness(34)
文字数 3,688文字
──五封装が消えたからといって追撃が止むわけもなかった。ミツルギとセクトファブリスも維持限界を迎え拡散したが、人形同然の兵達はすぐに復活して襲って来る。五封装とて時間が経てばまた蘇るかもしれない。
だがアサガオ達と合流を果たしたスズラン達は、再び全員で一つにまとまり異界化した月からの脱出を目指す。
次から次に魔素が新たな記憶を再現して追手を仕向けて来たものの、とうとう転移可能領域に到達。モモハルと要が協力して出口をこじ開けた。穴の向こうに星空が見える。
「飛び込め!」
追撃してきた怪物を斬り払って叫ぶ雫。次の瞬間──
「な、なんだあれ……?」
「月が……」
「鳥?」
地上の人々も強烈な輝きに目を奪われ空を見上げる。月の一点に銀色の光が生じていた。そして、たまたま月を観測中だった世界中の天文学者や愛好家だけが目にする。その銀の光の中から飛び出して来た青白く輝く巨大な鳥を。
「やった、外に出た!」
「このまま地球まで戻るぞ!」
「うわあ、まだ追って来てる! 本当にしつっこい!」
「大丈夫、ここまで来ればこっちのものよ」
スズランが自力で並走しながら夏ノ日夫妻を乗せたホウキの柄を握ると、彼女から注ぎ込まれた莫大な魔力はさらに増幅されて後方へ噴出。まるで鳥の翼のように大きく左右に広がった。
「うううううううう、宇宙!? 宇宙だよここっ!?」
「あははは、でも呼吸はできるじゃない! 原理はさっぱりわからないけど、いっけええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
慌てふためく友也と素直に星間飛行を楽しむ美樹。追いかけて来る怪物の群れに攻撃を繰り返す他の面々。
さらに、ずっと待っていた男が援護を行う。
『やっと出て来た! フィールド展開!』
『スズラン様、援護いたします』
「レインさん!」
金髪メガネのAIメイド。空中に出現した彼女が手の平をかざした途端、巨大な結界が月そのものを包み込んだ。精神干渉を妨げるフィールド。装置との接続が弱まり、命令を受信できなくなった敵群の動きが鈍る。
そこへ──
「お前達、頼む!」
「承知!」
「久しぶりに」
「大暴れだあっ!」
雫の命令を受け待機していた五精霊、詠風、斬雷、唱炎が襲いかかる。凄まじい火力で戸惑う敵兵達を蹴散らしていく彼等。広い宇宙空間でなら本気を出しても問題無い。
夜空に無数の光の花が咲いた。その合間を光跡を描きながら飛び回る巨鳥。加速を重ね、やがて誰にも追いつけず捕捉することも不可能な速度へ達したそれは不意に姿を消す。
直後、大量の魔素を放出し執拗に追いかけ続けていた月も彼女達を取り込むことを諦め、空間の穴を閉ざした。そのまま青く輝くのみとなって沈黙する。
「……やっと、大人しくなってくれた」
一人、月に残った雨道は安堵する。姉達はどうにか逃げ延びることができた。
安心して、瞼を閉ざす。こんなところに独りぼっちでは気が狂ってしまう。だからまた意識を飛ばし、夢の中で大切な人達を見守ろう。スズランが言っていたその時が来るまで、オリジナルの自分が生み出してしまったこの“装置”と共に。
「ああ、みんな……幸せになってくれるといいなあ……」
それが“彼”の最期の願い。そして、それだけが“自分”の存在理由なのだ。
地球に戻ったスズラン達は夏ノ日夫妻の要望でまず沖縄へ降り立った。
「き、きつい……」
「今までの冒険でもトップクラスにきつかった……」
疲れ果て座り込むアサガオ達。辺りは真っ暗で場所は人気の無いビーチ。夫妻は雫から借りたスマートフォンを使い、大急ぎで現在時刻と日付を確かめる。
「あれっ?」
「まだ前日だ」
思いがけないトラブルの連続で長時間異界化した月の中に留まってしまった。だから外の世界では一ヶ月くらい経っていてもおかしくないと思ったのだが、何度サーバーと同期させても日付は変わらない。家族と約束した合流日の前日。時刻は夜八時。スズラン達が突入してからわずか三時間後。
「要さんのおかげです。お疲れ様でした」
「なんとかお役に立てました」
やはり疲れた顔で頷く要。月ではあまり活躍していないように見えた彼女だが実は突入直後から今までずっと内外の時の流れを同期させていたのだ。もちろんスズラン達の世界とこちらの世界の同期も継続させたままでである。なので彼女こそ最大の功労者と言えるかもしれない。
要の手を両手で握る美樹。
「よくわからないけど、とにかくあなたのおかげなのね? ありがとう! この恩は一生忘れない! 何かできることがあったら言ってね! 後でお礼の品も送る!」
「おかげで子供達との約束を守れます! 本当にありがとうございます!」
「あっ、雫さん! 遺跡の謎はだいたいわかったし、異変の原因も判明したみたいだから今回はもう帰っていいわよね? 元々今日までの契約だし。また何か仕事があったら遠慮無く連絡してよ! 家のローンが残ってるんだから! それからそっちのあなた達、歩美の問題が解決するまで時間がかかるみたいだし、また会えるわよね? 次はできればうちの子に会って欲しいんだけど。魔女の大ファンなの。よろしくね! それじゃ!」
「ありがとうございました!」
怒涛の勢いでまくしたて、ホテルへ駆け込んでいく夏ノ日夫妻。スズラン達はただただ圧倒されるしかない。
「あ、あんなことがあった直後なのに……めちゃめちゃ元気じゃねえか……」
「たくましすぎる……」
「ああいう人達なんだ。へこたれているところは我々も見たことが無い」
「今回も結局あの二人だけ無傷ですね……」
「スズ、もしかして、あの人達……」
「理外個体? さあ、多分違うと思うけれど……」
そういう特殊な力を持っているようには感じられない。多分あれは、ただただひたすら生命力が強いだけ。苦難を苦難と思わず、目の前の幸運を迷わず掴み取る自然体の生き方。自分の弱さも理解し、意地を張らず、雨が降ったら素直に傘の下に逃げ込む。だから運がいいように見えるし、どんな状況下でも生き延びる。
時々いるのだ、ああいう人間は。勝つでも負けるでもなく、人生を楽しむということにかけて彼等のような人間の右に出る者はいない。
「心強いですね、ああいう人達が歩美ちゃんの傍にいるのは」
見上げながら問いかけると、雫は大きく頷いた。
「はい……今の両親、母親の麻由美さんと義理の父親になった御仁も信頼できる人物です。恥ずかしながら、まだ直接お会いしたことはないのですが……」
「……そう遠い未来の話ではありませんよ」
「えっ?」
「時雨さんには教えないであげてください。彼女が一歩を踏み出すには、きっと知らない方がいい。未来予知は大抵の場合、勇気を出す妨げになってしまう」
「では……」
「ええ、それとこれは予知ではなく助言。貴女もそろそろ“息子さん”のことをご家族に打ち明けた方がいいかと」
「そこまでご存知で……」
まったく、神様には敵わない。苦笑しながら再び頷く雫。自分でもちょうど頃合いだと思っていた。
二人が話していると、座り込んだままのアサガオ達が要望する。
「スズちゃ~ん、アタシらもそろそろ帰ろう」
「クタクタだよ」
「スズねえのわがままに付き合ったんだから、今日はおごってよね!」
「どのみちシズクさんちが払うんじゃ……?」
スズランと雫は苦笑と共に歩き出す。
「はっはっはっ! いいですね、遠慮無く食べて下さい! どうせならここで地元の店にでも入りますか! ここは沖縄といって独特な料理や食材が多いところです!」
「えっ、そうなの? じゃあ今日はここで一泊しよう」
「荷物はどうする?」
「あっ、私が取って来ましょうか」
「いいよ要さんは、すんごい働いてくれたし」
「モモハルいってこーい」
「僕もけっこうがんばったよね!?」
「モモ兄、僕も付き合うよ」
「ううっ、納得がいかない……」
「時雨、二人だけではわからんこともあるかもしれん。お前も行け」
「そうですね」
次々に立ち上がる一同。ズボンについた砂を払い、ユウガオと時雨と共に東京まで転移しようとするモモハル。
その腕を寸前でスズランが掴む。
「モモハル」
「どうしたの?」
「明日、私に付き合って。二人だけで行きたいところがあるの」
二人だけ──その一言で目の色が変わるアサガオ達。
「スズちゃん……まさか……」
「……」
「モモにい、なにきょとんとしてんの!? もしかしてわかってない!?」
「な、なんの話? わかってないと駄目なの?」
うろたえる彼を見て深くため息をつく女性陣。もちろん男性陣も沈痛な表情。
「モモにい……」
「マジか、お前……」
「剣や料理より先に学ぶべきものがあるな」
「ばか」
「ママ、じゃなかった、スズラン……本当にあれでいいの?」
「ミナ、余計なことは言わなくていいからね。あんなんでも明日になったら流石にわかるはずだもの」
釘を刺してから海の方へ振り返るスズラン。不思議だ、寄せて返す波音は色々なことを思い起こさせてくれる。
それでもやっぱり、あともう一押しが欲しい。
(だから行こう、マリア……あの日の、あの時の場所へ)