終章・私達の号砲(2)

文字数 2,469文字

 あの事件から三か月後、季節が冬を迎えないうちに、シブヤ聖王国のメイジ大聖堂ではとある催しが開かれることとなりました。
 私とモモハルは着慣れない壮麗な衣装を着せられ、その時を待っています。
「やあ、緊張しているかな、お二人さん」
「アカンサス様」
「こんにちはー」
「はい、こんにちは」
 大聖堂の一室。話しかけて来たのは見た目十五歳ほどの少年。しかし実年齢はアイビー社長に次ぐ高齢の四百二十歳。鍛冶の神と言われる鍛神(たんしん)ストナタリオの神子(みこ)です。柔らかそうな赤い癖毛で瞳の色も濃い赤色。がっしりとした骨格で顔つきも精悍ですが、常にその表情は柔和で温厚な人格が滲み出ています。
「モモハル君は平然としたものだね。でも、スズラン君はどうにも顔が固いな。駄目だよそんなことじゃ、今日の主役は君達なんだから」
「いや、だって、私だけ扱いが……」
「──当たり前。あなたは主神ウィンゲイトの神子。しかも、私達のように神々と契約で結ばれた関係ではなく、文字通り神の血を引く子孫。誰だって特別扱いする」
「シクラメン様……」
 こちらは人々の知恵を育み、また人の知恵から生まれた英知を編纂してまとめていると言われる書物の神、知神(ちしん)ケナセネリカの神子シクラメン様。齢は二百歳。これまでは最年少の神子でした。紫の髪を腰まで伸ばしてあり瞳の色は白。何故かいつも眠たそうな顔をなさっていて、移動の際には自分の足で歩かず魔力障壁に乗って空中を滑ります。
「そういうことよ、だから気後れなんかしてないで、せいぜい派手にかましてやりなさい。あ、もちろん被害は出さないようによ?」
「わかってます」
 わざわざ釘を刺しにやって来たのは、いつものアイビー社長です。これでこの現存する神子全員がこの部屋に集まったことになります。人によっては壮観な光景かも。
 そこへちょうど、外から三柱教のシスターがやって来て呼びかけました。
「皆様、それではお願いいたします」
「ああ、出番か」
「めんどくさい」
「しゃきっとなさい。若いくせにだらしない。それじゃあスズラン、先に行ってるわね」
「僕も行くの?」
「あなたはこの後よ、モモハル」
 ついて行きそうになった彼を引き留める私。三人の先輩方はそれぞれ別々の扉から外へ出て行きました。
 途端、大歓声が聴こえてきます。今、この大聖堂の周辺と中庭には物凄い数の人が詰めかけているのです。噂の新しい神子達を見るために。

 つまりは私達を。
 モモハルもすぐに呼ばれるでしょう。
 だから、その前にもう一度だけ問いかけます。

「本当にいいのね?」
「なにが?」
「前にも言ったでしょう。これをやってしまったら……もう普通の子ではいられなくなるのよ。ちゃんと考えた?」
 今ならまだ間に合うはず。やめたと言って村に戻っても誰も責めません。
 でもモモハルは、いつも通り能天気に笑いました。
「だって、スズはやるんでしょ?」
「……うん」
 やっぱりそう答えますか。まったく、運命の特異点だかなんだか知りませんが因果な話ですわ。
 できればもっと自由に生きさせてあげたかったけれど、本人がやる気になってるのならしかたありませんね。まさか十歳にもならないうちにこんなことになるとは思いませんでしたが。
「モモハル様、こちらへ!」
「あ、呼ばれた! じゃあ行くね!」
「ええ、いってらっしゃい」
 彼が開かれた扉から外へ飛び出していくと一際大きな歓声が上がりました。念願の新しい神子を目の当たりにできた人々の喜びの声。
 次はいよいよ、私の番。

「君はいいのかね?」

 そんな時になって、これまで黙っていた人が私に問いかけます。このメイジ大聖堂の主にして三柱教の宗主。そしてこの国の王でもある教皇ムスカリさんです。ずっと壁際の椅子に座っていたのです。
 私にとっては長年賞金首として身を潜めて生きなければならなかった元凶。いわば敵の親玉なわけですけれど、名目上、今日からは手を取り合って戦う仲間。
 だから素直に答えます。

「もちろんですわ」

 緊張こそしていますが、それは神子としての使命に怯えているからではありません。
「あと何ヶ月かしたら、弟が生まれますの」
「そうらしいな」
「すっごく楽しみですわ。生まれてきたら、どんなことをして一緒に遊ぼうか、どの絵本を読み聞かせてあげようか、いつも考えています。だっこしたらどんなにあったかいのか、重いのかも、どれほど嬉しい気持ちになれるのかも飽きずに想像しています」
「何故だね?」
「世界はもうすぐ滅ぶのに、ですか?」
 この方が“崩壊の呪い”について知っているということは私も聞いています。それゆえ全てを諦めてしまったとも。
 別に悪いことではないでしょう。考え方は人それぞれです。
 だからこそ私も言ってやります。自分の考えを。
「世界が滅ぶなら、最後まで楽しまなくっちゃ損でしょ? それにまだ負けると決まったわけじゃありません。決まってもいないことで弱気になったりしては、これから生まれて来るあの子に顔向けできませんわ。私はかっこいいお姉ちゃんでありたいんです」
 モモハルだって、最近ノイチゴちゃんの前ではかっこつけて私にハグをねだらなくなりました。兄や姉ってそういうものなんでしょう。

「聖下! スズラン様! おいでください!!

 とうとう私達が呼ばれました。私はムスカリさんに向かって手を差し出します。この手を取るかどうか、それも貴方の自由。
「どうします? やめますか?」
「……いや」
 手を取って立ち上がる彼。これまでずっとぼやけた表情だったのですが、初めて、明確に口の端を持ち上げました。
「新しい生命の誕生を、そこまで心待ちにできる人間は久しぶりに見た……そのせいかな、もう少しだけ頑張ってみたくなったよ」
「別に珍しいことじゃないでしょう? 赤ちゃんの誕生を待ち望むのは普通ですわ」
「ああ、そうだな……たしかにそうだ」
 頷くと、彼は私の手を引いて歩き出しました。気が急いているようです。まるで何かを自慢したくてしかたない子供のように。
「早く行こう。皆に君を見せてやらねば」
「ええ、行きましょう」
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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