終章・私達の号砲(2)
文字数 2,469文字
私とモモハルは着慣れない壮麗な衣装を着せられ、その時を待っています。
「やあ、緊張しているかな、お二人さん」
「アカンサス様」
「こんにちはー」
「はい、こんにちは」
大聖堂の一室。話しかけて来たのは見た目十五歳ほどの少年。しかし実年齢はアイビー社長に次ぐ高齢の四百二十歳。鍛冶の神と言われる
「モモハル君は平然としたものだね。でも、スズラン君はどうにも顔が固いな。駄目だよそんなことじゃ、今日の主役は君達なんだから」
「いや、だって、私だけ扱いが……」
「──当たり前。あなたは主神ウィンゲイトの神子。しかも、私達のように神々と契約で結ばれた関係ではなく、文字通り神の血を引く子孫。誰だって特別扱いする」
「シクラメン様……」
こちらは人々の知恵を育み、また人の知恵から生まれた英知を編纂してまとめていると言われる書物の神、
「そういうことよ、だから気後れなんかしてないで、せいぜい派手にかましてやりなさい。あ、もちろん被害は出さないようによ?」
「わかってます」
わざわざ釘を刺しにやって来たのは、いつものアイビー社長です。これでこの現存する神子全員がこの部屋に集まったことになります。人によっては壮観な光景かも。
そこへちょうど、外から三柱教のシスターがやって来て呼びかけました。
「皆様、それではお願いいたします」
「ああ、出番か」
「めんどくさい」
「しゃきっとなさい。若いくせにだらしない。それじゃあスズラン、先に行ってるわね」
「僕も行くの?」
「あなたはこの後よ、モモハル」
ついて行きそうになった彼を引き留める私。三人の先輩方はそれぞれ別々の扉から外へ出て行きました。
途端、大歓声が聴こえてきます。今、この大聖堂の周辺と中庭には物凄い数の人が詰めかけているのです。噂の新しい神子達を見るために。
つまりは私達を。
モモハルもすぐに呼ばれるでしょう。
だから、その前にもう一度だけ問いかけます。
「本当にいいのね?」
「なにが?」
「前にも言ったでしょう。これをやってしまったら……もう普通の子ではいられなくなるのよ。ちゃんと考えた?」
今ならまだ間に合うはず。やめたと言って村に戻っても誰も責めません。
でもモモハルは、いつも通り能天気に笑いました。
「だって、スズはやるんでしょ?」
「……うん」
やっぱりそう答えますか。まったく、運命の特異点だかなんだか知りませんが因果な話ですわ。
できればもっと自由に生きさせてあげたかったけれど、本人がやる気になってるのならしかたありませんね。まさか十歳にもならないうちにこんなことになるとは思いませんでしたが。
「モモハル様、こちらへ!」
「あ、呼ばれた! じゃあ行くね!」
「ええ、いってらっしゃい」
彼が開かれた扉から外へ飛び出していくと一際大きな歓声が上がりました。念願の新しい神子を目の当たりにできた人々の喜びの声。
次はいよいよ、私の番。
「君はいいのかね?」
そんな時になって、これまで黙っていた人が私に問いかけます。このメイジ大聖堂の主にして三柱教の宗主。そしてこの国の王でもある教皇ムスカリさんです。ずっと壁際の椅子に座っていたのです。
私にとっては長年賞金首として身を潜めて生きなければならなかった元凶。いわば敵の親玉なわけですけれど、名目上、今日からは手を取り合って戦う仲間。
だから素直に答えます。
「もちろんですわ」
緊張こそしていますが、それは神子としての使命に怯えているからではありません。
「あと何ヶ月かしたら、弟が生まれますの」
「そうらしいな」
「すっごく楽しみですわ。生まれてきたら、どんなことをして一緒に遊ぼうか、どの絵本を読み聞かせてあげようか、いつも考えています。だっこしたらどんなにあったかいのか、重いのかも、どれほど嬉しい気持ちになれるのかも飽きずに想像しています」
「何故だね?」
「世界はもうすぐ滅ぶのに、ですか?」
この方が“崩壊の呪い”について知っているということは私も聞いています。それゆえ全てを諦めてしまったとも。
別に悪いことではないでしょう。考え方は人それぞれです。
だからこそ私も言ってやります。自分の考えを。
「世界が滅ぶなら、最後まで楽しまなくっちゃ損でしょ? それにまだ負けると決まったわけじゃありません。決まってもいないことで弱気になったりしては、これから生まれて来るあの子に顔向けできませんわ。私はかっこいいお姉ちゃんでありたいんです」
モモハルだって、最近ノイチゴちゃんの前ではかっこつけて私にハグをねだらなくなりました。兄や姉ってそういうものなんでしょう。
「聖下! スズラン様! おいでください!!」
とうとう私達が呼ばれました。私はムスカリさんに向かって手を差し出します。この手を取るかどうか、それも貴方の自由。
「どうします? やめますか?」
「……いや」
手を取って立ち上がる彼。これまでずっとぼやけた表情だったのですが、初めて、明確に口の端を持ち上げました。
「新しい生命の誕生を、そこまで心待ちにできる人間は久しぶりに見た……そのせいかな、もう少しだけ頑張ってみたくなったよ」
「別に珍しいことじゃないでしょう? 赤ちゃんの誕生を待ち望むのは普通ですわ」
「ああ、そうだな……たしかにそうだ」
頷くと、彼は私の手を引いて歩き出しました。気が急いているようです。まるで何かを自慢したくてしかたない子供のように。
「早く行こう。皆に君を見せてやらねば」
「ええ、行きましょう」