She snuggles up to you(2)
文字数 2,531文字
オトギリには農作業と学校での授業以外にも大切にしている習慣がある。
習慣というより刑務と言った方がいいかもしれない。自らに課した罰だ。毎日必ず聖域の中心にある霊廟で神に祈りを捧げる。
今日もまたそのためにやって来た。木製の扉を開けると中には他の誰もいない。ここへ来るのは彼女だけなのだ。
(神子が統べていた土地なのに教会が無く、礼拝の習慣も無い。不思議な場所だ)
ここを訪れる度に同じ疑問を抱く。聖域の住民はかつて神子のアイビーを神そのものであるかのように信仰していた。他の神子達にもそれに次ぐ敬愛を捧げている。なのに外界の三柱教徒達のように教会を建てたり神像に祈ったりはしない。
理由を両親に問うたところ、自分とは違う時期、ずっと早くにこの地へ連れて来られた二人はやはり最初の頃は不思議だったと笑った。だが、やがて理解できたらしい。
『ここは神が近過ぎる』
アイビーは頻繁にこの場所を訪れ、住民達とも積極的に交流を行っていた。だからこそ石木や金属で作られた紛い物を拝む気にはなれないのだろう、と。
だがオトギリは祈りたい。だから決戦後、使い道が無くなったこの霊廟を教会代わりにすることを認めてもらった。
霊廟の中心には外界ではありふれている三柱の像が設置されていた。
いや、ありふれているわけではないか。なにせこの像は教皇ムスカリがかつての部下のため自ら彫ってくれた代物である。彼の趣味が彫刻なのは知っていたが、まさかこれほどの腕前だったとは。自分で彫ると言われた時に軽く驚き、届いたこれを見た時にまた驚かされた。
実に見事な造形である。特に中央の女神はかつて作られたどの神像より本物に近い姿になっている。なにせ現代人の半分以上はあの戦いでマリア・ウィンゲイトの真の姿を目撃した。技術さえあれば忠実に再現できるのも当然の話。
そんなマリア像の前に跪き、両手を組み合わせ、今日も彼女は祈る。
否、問いかける。
「スズラン……どうして、貴女は……」
「友達だから」
「えっ?」
背中に何かが当たり、聞こえて来た声に驚くオトギリ。振り返るとそこにはスズランがいて、彼女にもたれかかるように座っていた。
「なっ……なっ……!?」
「ごめんなさい、会いたくないのはわかってる。でも、すぐには村へ帰れないの。もっと心を落ち着けてからでないと……それで少し立ち寄らせてもらった」
そう言うスズランの声は、どこか懐かしい響きを感じさせる。
(まるで……)
彼女がヒメツルという名で傍若無人に振る舞い、多くの人々を振り回していた頃のよう。他者を見下し、敵意を向け、内心の怯えを隠す。そんな少女に戻っている。
何故? 女神マリアの転生体として覚醒し、万物へ愛を注ぐ存在となった今の彼女からそんな気配を感じ取るとは思わなかった。
疑問には思ったが、オトギリはそれを口に出すことをはばかる。神に対し不敬を働いてしまうような、そんな気がした。
だからこそ、彼女はここへ立ち寄ったのかもしれない。友人達の中で唯一人、オトギリだけが何も訊かずにいてくれるから。
問われぬ代わりに、彼女は先程の疑問に改めて答える。
「友達だからよ」
「まさか、そんな……」
ようやく意味に気付き、愕然とした。
友達だから、それでソコノ村の住民を生き返らせた。
それは、そんなことは許されてはならない。
「神ともあろう者が、友情のために私に慈悲を!?」
特別扱いされた。それは彼女にとって侮辱であり軽蔑に値する行為。
神は平等でなくてはならない。誰に対しても。他ならぬマリア自身の言葉が聖典に記されているのだから。神は全てのものを平等に愛していると。
激昂したオトギリは立ち上がり、座ったままのスズランの前に回り込んで、そしてまた衝撃を受ける。
彼女はこちらを見上げていた。青い瞳から涙が溢れ出し、頬を濡らしている。
「スズラン……?」
「いけない? 神は誰も贔屓しては駄目なの? 私は貴女に謝りたかった。償いたかった。何より、友達に遊びに来て欲しかった」
「あっ……」
そういえば今日は彼女とモモハルの──思い出したオトギリは怒りを胸の内へ沈め、改めて問いかける。
「スズラン、誕生日でしょう? 何故ここに?」
「ちゃんと、皆には出かけると言ってきた。空間転移を使ったから時間もかかっていない。戻ろうと思えばすぐに戻れる。けど駄目なの。こんな状態で皆に会いたくない……」
雰囲気はヒメツルの時のそれ。なのに口調はあの頃と違う。どちらが本物の彼女なのか、困惑するオトギリに少女は頭を振ってみせる。
「やってはいけないことだってわかっていた。でも、どうしても我慢できなかった。貴女の心が少しでも軽くなればと思って……なのに余計に苦しめた、ごめんなさい……」
「……」
本当にそれだけだった?
ずっと疑問だった。どうして自分のせいで死んだソコノ村の人々を生き返らせてくれたのか。マリアはあの時、彼等もまた魔素によって奪われた命だからだと言っていた。神の言葉だから最初は素直にそれを信じた。
でも、時間が経つほどに疑念が募っていった。本当にそうだったのかと。
「本当よ」
こちらの心を見透かしたかのように答えるスズラン。
違う。ようにではない。
「スズラン、貴女……心を読めるの?」
「読んでいるわけではないわ。私はマリア・ウィンゲイト。全ての魂を統括する神。あらゆる世界のあらゆる想いが私の中を必ず通り過ぎる」
ぞっとした。心を読まれているとわかったことにではない。そんなこと、どうでもいい。
無限にある世界の無限の魂が彼女の中で渦巻いている。こんな小さな体に、それはあまりに大きすぎて過酷な話ではないのか?
(ああ……私は、私達は多くを誤解していた)
始原の神の力を、その強大さを未だに正しく理解できていなかった。今だってまだ完全な理解には程遠い。それはきっと人間の感覚では想像も及ばないものなのだ。
そして、そんな力を与えられた彼女達の苦しみにもまた、考えが及んでいなかった。
今から投げかける質問は、きっとスズランにとって望むものではない。それでも勇気を出して問うべきだと決意する。
だって、友達なんだから。
「スズラン、何があったの?」