終章・私達の号砲(3)

文字数 5,855文字

 開いた扉から並んで外へ出る私達。するとそこは、メイジ大聖堂の周囲と中庭に集った人々を一望できるテラスでした。
 一瞬、これまで以上の大きな歓声が上がります。
 けれど魔法によって空に私の顔の拡大映像が映し出された途端、歓声は沈黙へと変わりました。

 ええ、何を言いたいのかはわかります。でも相手が相手だから不敬になるかもしれないと遠慮なさっておいでなのでしょう?
「まずは私の口から」
「お願いします」
 その方が効果的でしょうね。私は素直にムスカリさんに託しました。
 彼は一歩前に出ると、マントを翻し、人々に向かって呼びかけます。
「皆、この少女が何者であるか疑念を抱いたことでしょう! 当然です。たしかに彼女は、我々が懸賞金をかけ、長年追い求めてきた宿敵“最悪の魔女”に瓜二つなのですから!」
「そ、そうだ……やっぱり、あの魔女だ……」
「でも子供だぞ……」
「まさか……」
「そうです皆さん! 今、何人かの声が聞こえてきました! その通り、彼女はあの最悪の魔女ヒメツルの娘! 名をスズランと言います!!

 ざわっ。沈黙が今度は大きなどよめきに。

「あの女の娘? そんなのがいたのか!?
「待てよ、今日は二人の新しい神子を紹介するはずだろう」
「まだ新しい神子は、さっき出て来たモモハル様だけ……ということは」
「そうだろうさ、でなきゃ教皇様の隣に立っているはずがない」
「シッ、静かにしなアンタら。お話の途中だよ」
 そうして徐々に喧騒が収まっていくのを待ち、ムスカリさんは説明を続けました。いえ、それは宣告でした。
「ここに断言します! この方、スズラン様はたしかに神子であると! しかも他の神子よりさらに貴きお方なのです! 何故なら彼女は、我々の信仰する主神ウィンゲイト様の血を引く子供だから!!
「なっ──」

 やはり予想通りの反応。絶句する人々。
 聴衆の間に広がった動揺は想定以上かもしれません。
 やがて、怒りを露にする方々も現れました。

「ふっ……ふざけるな!」
「そうだ、どうして前の大聖堂を焼いたあの女の娘が神子なんだ!?
「私は一度、あいつに財産を根こそぎ奪われたんだぞ!!
「しかもウィンゲイト様の子孫だと?」
「不敬にも程がある!!
 まあ、そういう反応になるのも当然ですよね。私は嘆息します。結局はアイビー社長の言う通りか。
「気が重いけど、やるしかありませんのね」
「そうでもしなければ納得しないだろう。それに……私も正直に言えば楽しみだ」
「まあ、聖職者の皆さんはそうでしょう」
 私なんかもう慣れてしまったのですが、初めて目にしたら信仰に篤い皆様方は感動すること請け合い。そんなことを今からやらかします。
 じゃあ、ちゃっちゃと感動を提供してあげましょうか。
「皆、静粛に!」
 さっと法杖を掲げるムスカリさん。その瞬間、流石に人々は沈黙しました。こんな場所までわざわざ見に来るくらいですから特に熱心な信徒が多いのでしょう。
 実に好都合です。
「ご覧なさい! 我らが神子達が奇跡によってその証を示してくれます!」
「え?」
「なに……何をなさるの?」
 戸惑う聴衆の視線の先で、メイジ大聖堂の四方、東西南北に建てられた同じ高さの塔の一つ、西の塔を杖の先で示すムスカリさん。
「アカンサス様、降臨の儀を!」
「心得た。では──」
 いつの間にやらその塔の上に立っていたアカンサス様が空に向かって叫びます。
「来たれ! 鍛神ストナタリオ!」

 次の瞬間、西の空が輝き、頭上にかかっていた雲が割れて光が溢れ出しました。その光の中を巨大な人影が一つ、ゆっくりと降りて来ます。
 それは槌を持ち、長い髪と髭をたなびかせる屈強な老人でした。頭だけでこの都よりも大きく見える想像を絶する巨躯。上半身は裸。彼は都の近くの平原に降り立ち、赤い瞳で人々を見下ろします。

「は……ひ……」
 あら、腰を抜かしてしまった人の姿が。気が早いですね、まだ始まったばかりですよ?
 杖は次に南の塔を示します。ムスカリさん、貴方も手が震えていますよ。
「シ、シクラメン様! 降臨の儀を!!
「来たれ、知神ケナセネリカ」

 相変わらず眠たそうな目と声で呼びかけるシクラメン様。
 先程と同じように雲間から差し込む光。その中をゆっくり降りて来て南の海上へと降り立つ巨大な威容。どこか人を食ったような笑みを浮かべる、紫の髪と白い瞳で頭上に金色の輪を浮かべた青い肌の半裸の女神。

 さらに東の塔。
「アイビー様っ! 降臨の儀をっ!!
「来なさい、盾神(じゅんしん)テムガミルズ!」
 今度の神様はせっかちでした。
 雲が割れたかと思ったら、そこから高速で落下してきて地響きと共に東の山脈の頂に降り立ったのです。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 あの時のドラゴンより恐ろしい声で咆哮する筋骨隆々の大男。それが盾神テムガミルズ。盾の神と言いつつ上半身は裸で武具の類は一切身に着けておりません。というかなんなんですの? 神様達は半裸でなければならない決まりですの?
 ともあれ先輩方の見せ場が終わったので、いよいよあの子の出番。失敗しなければいいのですけれど。
 なんて思っていたら──

「モモハル様! 降臨の」
「えっと、アル……アル……!」
「アルトライン様です、モモハル様」
「そうだった! 来てください、アラトルインさま!」
「アルトラインっ!!
 というような、なんとも締まらないやりとりの末に私達の背後の雲が割れました。そこから出て来たのは見慣れたガラスの巨大な目玉……って、あら?
 バサアッと羽音を立て、その球体が解けて六対の巨大な鳥の翼になりました。そして中から黒髪黒目の青年美剣士が現れたじゃないですか。今度はちゃんと白い甲冑を身に着けています。
 そんな姿だったんですの貴方!?

『人間達よ』
 他の神々と違い、彼は眼下の人々に対して直接語りかけました。
『神話にもあまり出てくることの無い名だ。私を知らない者達もいるだろう。故に改めて名乗っておこう。私はこの世界の維持を目的として造られた神、眼神(がんしん)アルトライン。過去現在未来の全てを見通す力を持っている』
 そして彼は、大きな腕を伸ばして北の塔にいる自分の神子を示します。
『彼はモモハル。私が加護を与えた神子だ。大いなる力を秘めているも、まだ幼く、物を知らぬ。皆で正しく導いてやって欲しい』
「お、おお……」
「なんという……奇跡だ……」
 神々しいその姿と声に、今度は涙する人達が現れます。
 ちょっと心配になって来ました。次も盛り上がりますかしら? 私はウィンゲイトを召喚したりできませんよ?
 降臨した四方の神々は、そのままシブヤを睥睨し続けます。彼等のその姿を改めてぐるりと確認したムスカリさんは、緊張した面持ちでいよいよ私の名を。
「スズラン様! 天の御座へ!!
「御座って」
 単に見やすい場所に移動するだけなんですけどね。私は魔力障壁で自分を包んで空中へ。ホウキを使わずに空を飛ぶ姿を見て人々がどよめきます。
「と、飛んだ!?
「あれ? 待って、もしかしてあの子って……」
「ココノ村のスズちゃん?」
 あら、どうやら私を知っている方も何人かいるようですね。まあうちの店には時々よそからのお客さんも来ますしね。
 私が聴衆の真上まで移動すると、そこで四方の神々が行動を起こしました。これが本日最大の見せ場のはず。
「お、おい、見ろ!」
「神々が……あの子にかしずいた!?

 そう、アルトライン達四人は全員、私に向かって膝をつき、頭を垂れたのです。
 そして順番に宣言しました。

『鍛神ストナタリオ、ウィンゲイトの神子スズラン様の為に武器を打ちましょう』
『知神ケナセネリカ、ウィンゲイトの神子スズラン様に英知の扉を開きましょう』
『盾神テムガミルズ、ウィンゲイトの神子スズラン様の身を命に代えて守ります』
『眼神アルトライン、ウィンゲイトの神子スズラン様が望む暁への道を探します』

「いいでしょう」
 私は事前の打ち合わせでの社長の助言通り、出来る限り偉そうに見えるよう上から目線で四方の神々の言葉を受け容れます。
 ちなみに、この式典の映像はビーナスベリー社のライバル企業ゴッデスリンゴ社提供の機材によって全世界に同時中継中。悔しいけれど素晴らしい技術ですわ。御社の製品は店でも防犯に活用させていただいておりますよ。
 つまり今、私は世界一の有名人になりました。だからついでに世界一重大な秘密もばらしてしまいます。

「聞きなさい、人の子らよ!」

 と、やっぱり偉そうに大仰な身振りを交えて人々に呼びかけます。

「今、この世界は滅びの危機に瀕しています!」

 再びどよめきが起こりました。
 それも、今度は都の中だけでなく世界中で。

「敵が近付いています! 我が祖先ウィンゲイトに匹敵する強大な敵です!」

 と、ここで説明を終えてしまったら皆さん絶望してしまうでしょうね。
 ご安心を、まだ続きます。最後までちゃんと聞いて下さいね。

「私も、ここにいる神々の力を借りてさえ勝てるかどうかわかりません!」

 まだですよ? まだありますから絶望しないでくださいね?

「ですから共に戦いましょう。絶対に勝てるなどとは言えません。けれど、それは絶対に負けるわけではないということです。そもそもですね、必ず勝てる戦いなんてつまらないでしょう?」

 不謹慎とか怒らないでください。
 偽らざる本音です。

「どうせ私が負けたら世界は滅亡します。だから一緒に全力で戦って、負けたら共に派手に散ってやりましょう。その代わり勝てたら一緒に喜びましょう。
 世界中で大宴会です! その日だけは神様も人間も関係無しの無礼講を約束しますので、飲んで食べて歌って踊って大騒ぎしましょう! 費用は全部三柱教持ち! 構いませんね、教皇聖下?」
「えっ?」
 流石に青ざめるムスカリさん。
 他の教会関係者も目を白黒させています。
 一方、私には怖い師匠からお叱りの声が飛んできました。
「こらスズラン! 打ち合わせと違うわよ!?
「すいません」
 途中から素で喋ってしまってましたわ。やっぱり私に神様らしさを出せなんて無茶な話なんですよ。
 でも、このままでは皆さんに納得してもらえないかもしれません。実際まだ眼下の人々はザワザワ騒いでいます。
 私は少し考え込み、アイビー社長に訊ねることに。
「社長」
「なによ!?
「さっき派手にかましてやれって言いましたよね?」
「なんなの、その嫌な予感のする質問は!?
「派手にやっていいですか?」
「やっぱり……」
 そして社長もまた考え込み、しばらくしてから大きなため息をついて若干なげやりに手を振りました。
「わかったわよ、やってみなさい。ただし、絶対に被害は出さないこと」
「かしこまり、ですわ」
 グッと親指を立ててみせて、私はさらに高度を上げます。
 やがて、今度はかしずいたままの四方の神々に呼びかけました。
「すいませんが皆さん、もうちょっと頭を下げてくださる? 危ないですから」
『何をする気だ?』
『アイビーと同じく嫌な予感がするわ』
『オレもだ』
『……皆、すぐに界壁を直せるように準備しておいてくれ』
『何? どういうことだアルトライン』
『それは──』
「さあ、いきますわよ!!

 人々と神々が見上げる視線の先で、私は人差し指を天に向かって突き出します。
 その先端に魔力を集中。それを見た鍛神さんが青ざめて叫びました。

『テムガミルズ! 今すぐ地上全域を障壁で守れ!!

「四方八方全てを貫け」

『スズラン様! もう少し威力を抑えて!』

「天に瞬き駆け抜けよ」

『モモハル! 気を付けろ、来るぞ!!

「白華の雷!!

 初お披露目、三重奏魔法!!
 瞬間、私の指先から放たれた雷は八方向に拡散し、天を──世界の全ての地域の上空を駆け抜けました。一つ一つがオーロラのような巨大な光の帯と化して。
 それはそれは凄まじい音が鳴り響きましたよ。なんでも世界人口の三割が腰を抜かしたそうです。心臓発作で倒れたおじいちゃんが息を吹き返し、長年車椅子生活だった少女が驚きのあまり立ち上がったとか。
 さらに二割が気絶して、一割は失禁しました。
 でも、このくらい派手じゃないといけませんよね。なにせこれは号砲ですから。世界を崩壊させる“呪い”に対しての私からの、いえ、私達全員の宣戦布告です。

「ス……スズラン様……」
「神子だ……間違いなくウィンゲイト様の血を引く神子だ!!
「そんな、あの女の娘が……そんなあっ!?

 もう誰も私を疑う者はおりません。好こうが嫌おうが構いませんよ。どちらにせよこれだけは認めてもらいます。私がウィンゲイトの神子であることと、私が負けたら一蓮托生、全部そこでおしまいなのだという事実は。

『スズラン……危うく今ので世界が滅びかけたぞ。迅速に界壁を修復出来たから事無きを得たが』
 アルトラインの言葉に、ニッと笑い返す私。
「でも滅ばなかった。なら結果オーライでしょ? 私には世界を滅ぼす力と戦えるだけの実力があると示せたんですから」
 さあ、最後の仕上げ。再び世界中の人々に呼びかけます。

「備えましょう、皆さん! その時のために! この世界の存亡をかけた大一番に向けて出来る限りのことをしておきましょう!」

 私もやりますよ!
 眼下に父と母、おじさまとおばさま、ノイチゴちゃん、そしてクルクマとロウバイ先生。ナスベリさんとビーナスベリー工房の皆さんの姿も見えました。スイレンさんとクチナシさんもいます。あの二人、剣術の師弟だそうです。
 モモハルもアイビー社長もいます。アカンサス様とシクラメン様も、それぞれの神様達だって協力してくれます。
 負けたら笑って死にますが、負けるつもりは毛頭ありません。
 次は、なんと北の大陸に向けて船出です!!

 ふふふ、安心なさい弟よ。
 この姉は最強無敵! きっと将来、貴方の自慢になる!
 そんな、かっこいいお姉ちゃんですからね!!

「世界よ、私と共に歩みなさい! 私はスズラン! ウィンゲイトの神子にして、最悪の魔女の子!! ココノ村の雑貨屋の看板娘、しっかり者のスズちゃんです!!

 崩壊の呪いさん宛、最悪の魔女より。
 どんな手で来るか知りませんが、やるつもりならそちらも覚悟しておくことです。
 大好きな誰かのために生きる人々の底力、見せてさしあげますから!





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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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