She is still a large flower(3)

文字数 3,751文字

◇理想の未来へ◇

 傷付き、疲れ果て、泣きじゃくる少女の姿。
 けっして消えない、自分の罪の記憶。

「……ナデシコさん」
「なんだい?」
 子供達とオニキスの交流を懐かしそうに眺めながら問い返すナデシコ。
 スズランは少しばかり迷い、それでも結局訊ねる。
「私達は……少しでも近付けているでしょうか? あの頃、貴女と社長が思い描いていた理想に」

 千年近い時を氷の大地で孤独に過ごしたナデシコ。
 同じ時を、親友を封印しながら悲しみに耐えて生き抜いたアイビー。
 彼女達が想像した未来。崩壊の呪いの脅威を乗り越えた先の世界に、自分達は少しずつでも近付けているのだろうか?
 そんな彼女の問いかけにナデシコは大笑する。

「はっはっはっ! なんだ、そんなことを考えていたのか。相変わらず二つ名に合わない律儀な性格だな」
「そんなことって……」
「そんなことさ。私達の考えていた理想の未来はとっくに訪れている」
「えっ?」
「君達はあの戦いを乗り越えた。世界を危機から救い、再び未来に夢を見ることができる時代へ導いてくれた。それで十分だよスズラン。それこそ私とアイビーが長年語り合って来た理想だ」

 あの頃は、それが精一杯だった。
 崩壊の呪いによって次々に消えていく並行世界。
 神々を通じて繰り返しもたらされる凶報。
 本当に希望はあるのか? 何度も疑い、絶望しかけた。
 けれど、スズラン達は成し遂げてくれた。

「何度でも礼を言うよ。私達の夢を叶えてくれてありがとう。ここから先の未来は君達が築いて行くんだ。私でも彼女でも、そして失礼ながらマリア様でもない」
「……はい」
 スズランとして頷く。夢さえ見られない絶望の時代は過ぎた。ここからは、それぞれが望む未来に向かって歩んでいく希望の時代。
 でも一つだけ訂正する。
「ナデシコさん、その“私達”の中には貴女も含まれていますよね」
「ここで隠居していては駄目かな?」
「駄目です」

 そんなこと、きっとあの人は許さない。
 ようやく掴み取った未来を彼女にも生きて欲しいはず。

「アイビー社長の分まで、精一杯生きてください」
「まったく、そういうところはたしかに“万物の母”だな。厳しいよ、君もアイビーも」

 そう、思い出の中の彼女が叱咤している。
 ナデシコの中でも。

『そんな若い見た目で何を言ってるのよ。念願叶って自由に外へ出られる身になったんだから楽しみなさいな。これから、もっともっと良い世界にしていくのよ』
「……ああ、そうだな」

 さっきのスズランと同じように頭上の曇り空を見上げる。
 そんなナデシコの瞳からは、静かに涙が零れ落ちた。



「おっと、忘れるところだった」
 再びオニキスに乗って外へ向かう途中、手を打つナデシコ。
「これも聞いておかなければ。ショウブとアイビーの恋路はどうなった?」
「あっ、そうそう私も報告しておきたいと思っていたのに、すっかり忘れていました」
 ずいっと身を乗り出すスズラン。そんな彼女より先に三人娘が語り出す。
「あのねー、この間の旅行の時のことなんだけど」
「ショウブったらさー、アイビーちゃん泣かせちゃって」
「でも、アイビー様もちゃっかりしてるよねー」
 と、すっかり少年少女の恋の話で盛り上がってしまう女性陣。ついていけず、疎外感を覚えるモモハルとユウガオ。
「また始まった……」
「こうなると長いんだよね……」
「かといって邪魔してはならんぞ。これは、かつて痛い目を見た私からの教訓だ」
 年長者として忠告したオニキスは、わざと歩みを遅くする。
 そうして、来た時の倍の時間をかけ再び城の外へ出たスズラン達。すると現れた光景にノイチゴ達は目を見張った。
「わあっ!」
「さ、さっきより多い!?

 ──数え切れない数のドラゴンが城の周囲に集結し、見送りに来てくれていた。そんな彼等の姿を見渡し、マリアとして感謝を述べるスズラン。

「皆、ありがとう。今回はこれでお暇します。けれど、またすぐに会えるでしょう」
「おお……」
「では……」
 竜達も事の経緯は知っている。ようやくかと期待に目を輝かす彼等へ、スズランは期待通りの言葉を告げた。
「今日この時より他の大陸との往来を認めます。望むのであれば、竜族らしく礼節を保ち、己の名誉を汚さぬように誇り高く他種族との交流を行いなさい」

 そして再び歓喜の咆哮。四年半、ずっとこの北の地から動くことを許されなかった彼等は今、久方ぶりの自由を手に入れた。

「まあ、竜族の大半は異種族との交流に興味を持たないんだけどね」
 苦笑するスズラン。他の子供達は驚く。
「そうなの?」
「例外は彼等くらいだ」
 別の方向を見るナデシコ。その視線を追っていくと、オニキスの膝元に三頭の小型竜が歩み出ていた。
「あの(ひと)達は?」
「一口に竜族と言っても種類は数多い。彼等はワイバーンと呼ばれる者達だ。種族に共通して血気盛んでね、昔は人間と契約し戦場へ赴く者が多かった」
「竜騎士!」
「ゆうしゃサボテンに登場してたね」
「よく知っているな。そう、当時は竜に乗って戦う騎士をそう呼んでいたよ」

 伝説の存在を目の当たりにして興奮する男子組。すると今度は女子組が冷ややかな目になる。

「男子って、ほんとそういうの好きだよね」
「冒険はいいけど戦争はなあ……」
「フリージアはちょっとわかる」
「帰りはあの子達に乗せてもらって帰るわよ」
「ええっ!?
「いいの!?
 スズランの言葉に驚き、振り返り、それからまたワイバーン達を見て声にならない声を上げる少年達。オニキスは若干プライドを傷付けられる。
「私よりワイバーンがいいのか……」
「適正サイズというものがあるから」
 苦笑するスズラン。彼の場合、軍艦に乗っているような感覚なのでワイバーンの騎乗感とは大きく異なる。
 興奮する少年達はうるさいので二人一緒に同じ竜へ乗せた。代わりにスズランと一緒に乗ることになったのはノイチゴ。
 二人を乗せたワイバーンは誇らしげに胸を張る。
「スズラン様を背に乗せられた栄誉、子々孫々に語り継ぎまする!」
「私もいるんだけど」
「ん? そういえば、お主は何者だ人間の娘よ?」
「この子はノイチゴちゃん。私の妹のようなもの。弟子でもある」
「将来的には本当に妹になる予定です」
「コラ」
「な、なんと、これは失礼しました! ノイチゴ様に乗っていただけることも大変な名誉であります!」
「えへへ、こちらこそ乗せてもらえて嬉しいです」
「では、よろしくね」
「はっ!」
 三頭のワイバーンは力強く羽ばたいた。それぞれ二人ずつ乗せているのに全く飛ぶのに支障を感じていない。小さくとも流石は竜である。
「おおっ、おっ、おっ」
「あまりしゃべると舌を噛むわよ」
 高度を上げて水平飛行に移るまでは激しい上下運動の繰り返し。早くも目を回しかけているノイチゴへ警告を行う。
 やがてその時が来た。十分な高度に達した三頭の竜は翼を左右に伸ばし、滑空を始める。
 同時に眼下から無数の光球が打ち上げられた。

「また、お越しください!」
「スズラン様万歳!」
「わふっ!」
「アオーーーーーーン!」
「元気でな! 私もすぐに遊びに行くよ!」

 竜達の声とペルシア、ウェル、そしてナデシコの声。スズラン達は大きく手を振り返す。ワイバーン達も気を利かせて一度だけ彼等の頭上を旋回してくれた。

「はい、お待ちしています!」
「みんなも来てね! 歓迎するよ!」
「サルビアさん、今度一緒にシブヤまで行こうね!」
「それじゃあ、ばいばい!」
「まったねー!」
「ありがとうございました!」

 ──南の空へ飛び去って行く六人と三頭。地上から見上げていたナデシコはオニキスと視線を合わせ、どちらからともなくふっと笑う。

「さあ、いよいよ私達も仲間入りだ」
「ああ、たったの四年半なのに長く感じたな」
「まったくだ」
 他の竜達も同じだろう。皆、思っていたはず。他の大陸同士が交流を再開する中、自分達だけがいつまで待てばいいのだろうかと。置いて行かれるような感覚を。
 それも今日まで。これからはきっとワイバーン以外も積極的に異種族との交流を行うに違いない。
 つまり、千年前のあの時代より楽しい世界になる。
 ナデシコは右手を空に向けて掲げた。オニキスも顔を上げる。スズラン達を見送ったらこうしようと、事前に話し合って決めていた。
 ナデシコはアイビーにも負けない強大な魔力の持ち主。それは魔王としての力を失った今も変わりない。
 オニキスは最強の竜。彼の吐き出す闇の激流は海すらも二つに断ち割ったことがある。
 両者がその力を同時に空に向かって放つ。オニキスのブレスが切り裂いた雲の切れ間にナデシコの放った魔法が突入し爆発する。
 そして、久しぶりに空が晴れた。

「さあ諸君、女神様のお許しが出たぞ!」
「その目で見て来るが良い! 千年の時を経た新しい世界を!」

 雄叫びが上がり、一部の竜は早くも飛び立つ。
 先に行ったスズラン達を追いかけて。


 ──かくして、界暦一二七九年一月三日、竜族にも他大陸への渡航許可が下りたことにより五大陸間の交流は完全に復活した。
 ホッカイ、アモリ、タキア上空を通過して竜達と共に帰還したスズラン達の姿はまたも人々を驚かし、同時に確信させる。いよいよ本格的に新しい時代が始まるのだと。
 世界はまた一歩、前へ進んだ。
 遠い理想を目指して。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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