Return of Happiness(12)

文字数 2,961文字

 しばし走ると車は東京都内へ。再び感嘆の声を上げるアサガオ達。
「お~、すっげえ」
「ソクトロク並の大都会だよ。トキオやシブヤより高い建物だらけ」
「トキオ? シブヤ?」
 スズラン達の世界にある国の名を聞いて眉をひそめる時雨。それもそのはず、トキオの原型は東京で、シブヤはそのまま渋谷なのである。
「私、つまりマリア・ウィンゲイトが向こうの世界を創った時、五つある大陸のうち中央の大陸の地名に日本のそれを当てはめたのです。トキオは最初、トウキョウでした。千年かけて変形し、今のトキオという国名になったんですよ」
「なんと……」
「そういえば前に授業で習ったね」
「あ、でもこれは教わってない。スズねえ、マリア様はどうしてニホンの地名を中央大陸に使ったの?」
「それはもちろん、日本に愛着があったから」
 あの世界だけでなく多くの世界でそうした。今いるこの国だって自分達七柱の故郷への愛着が反映された結果こういう形で形成されたのである。

「──私達は全員日本で暮らしてたもの。ママとユカリ伯母さん以外は日本出身だし、旧世界の地球でも特に愛着のある国なのよ」

 唐突にスズランに良く似た少女が車内に現れ、運転席の時雨と助手席の雫はギョッと目を見開く。
「なっ、えっ、増えた!?
 時雨など危うく反対車線に突っ込みかけた。雫の叱責が飛ぶ。
「気を付けんか!」
「す、すいません」
「しかし、そちらの子はいつのまに……?」
「ずっといたわ。それこそ雨龍から聞いてないの? 私達“六柱の影”のことを」
 少女、つまりミナは勝手に冷蔵庫から缶ジュースを取り出し、迷うことなくスズランの膝の上に座って慣れた手つきでプルタブを開ける。そして一口中身のコーラを飲んでから説明を再開した。
「ぷはあ、コーラなんて久しぶり。やっぱり良い再現度ね。ノイチゴ、前に魔素の授業をした時に教えたでしょ。私の創った魔素は人の記憶を保存して再現する。何故かと言うと、元は旧世界の地球を私達の記憶から再現するため生み出したものだから。
 ただ、私達七人の記憶だけじゃ当然完璧な再現なんてできなかった。だからいくつもの世界といくつもの地球を創ってシミュレートを繰り返したのよ。当然、試行回数を増やすほど完璧な再現に近付く可能性は高まるでしょ?」
「そういうことか」
 一度や二度では駄目でも、ほんの少しずつ変化を加えて一億二億、一兆二兆と繰り返し再現を試みればいつかは旧世界と完全に同じ地球が出来上がるかもしれない。途方もない壮大な話だし、ものすごい執念。
 そうするだけの愛着が始原七柱にはあった。なら、創世した数多の世界に日本の地名を用いるくらい当たり前の話。
「ま、一千万回くらい繰り返したところで飽きちゃって、後は自動化したけどね」
「そもそも仮に成功したとしても私達だって旧世界の地球を全て知っていたわけではない。だからこそ再現できなかったのだしね。だから完璧を目指すのは無意味。それが長い時間の果てに到った結論。この答えが出てからは逆にそれぞれの違いを楽しむようになったわ。ここもそう、マリアの故郷に似てはいるけれど、やっぱりどこか違う」
 勝手に膝の上でくつろぎ始めたミナを両手で抱き、微笑むスズラン。この少女もマリアの娘を再現した存在だが全く同じではないし、自分もマリアの転生体であって完全に同一の存在とは言えない。
 だとしても互いを愛しいとは感じる。完全な再現でなくていいのだ。むしろ違いを感じられる方が今は嬉しい。それはマリアの計画が成功した証だから。
「ちなみにこれが私の記憶にある旧世界のコーラ。飲んでみる?」
 能力を使って再現したコーラを雫の横のドリンクホルダーへ転移させるミナ。雫は少し迷う様子を見せたが、すぐに意を決してプルタブを開けた。
 そして一口飲んだ瞬間、驚愕する。
「これは……全く違う。これが本来のコーラ?」
「別に“本来の”なんて言い方はしなくていいわ。この世界のコーラはあなた達の歴史の中で生まれたもの。ここではこっちのコーラこそ“あるべき形”なのよ」
 言ってから、ミナは飲みかけの自分の缶をスズランに対し差し出す。
「スズランも飲んで。これ、私達の世界のより美味しいよ」
「どれどれ? んっ……ほんとね、こっちの方が私の好みにも合う」



 渋谷に着き、カガミヤグループ所有のビル内に駐車して降りたところで頭を下げる雫。
「申し訳ございません、私は一旦失礼いたします」
「ご用事?」
「はい、社長業の方で外せない用件が。後のことは時雨に任せますので、必要ならどんなことでも申し付けてやってください」
「わかりました。お忙しいところ、ここまでありがとうございます」
「恐縮です。また時間が出来次第に戻ります。それではその時に。時雨、頼んだぞ。くれぐれも失礼の無いようにな」
「はい、お任せください」
 深々と頭を下げた時雨をしばし見つめていた雫は、やがて不安を断ち切るように颯爽と踵を返して歩き始めた。
(彼女が粗相するのを心配しているわけではありませんね)
 スズランは相手の感情を読める。それに、すでにこの世界の鏡矢家が抱える複雑な事情も知っている。

 本当は時雨を一人にすること自体が不安なのだ、彼女は。
 ならば今の自分達がすべきことは、そんな彼女の不安を払拭すること。
 真っ先にアサガオが動き出す。彼女も時雨の過去を知ったから。

「シグレさん、約束通り服を買いに行きましょうよ」
「やった、ショッピング! もちろんわたし達のも買っていいんだよね、スズねえ?」
「もちろんよ。でも、まずは時雨さんの服を皆で選びましょう」
「賛成! 可愛くしてあげよう!」
「え? いや、私はどう飾ったって可愛くなんて──」
「最高の素材のくせに何言ってんの? ウガクさんとアマネっちもそうだったけど、カガミヤ一族ってほんと美形揃いだよなー。選び甲斐がありそう」
「目力が強いから可愛い系ならメイクもいじった方がいいかも。化粧品も買わなきゃだね。どうせスズちゃんは出してくれないだろうし」
「お店の人に悪いもの。ミナも商品をコピーしちゃ駄目よ?」
「わかってる。あ、でも売り切れてたら?」
「他のお店を見ましょう」
「ちぇっ」
 うろたえる時雨を押し、駐車場から出て行くスズラン達。女性陣の勢いについて行けず出遅れたモモハルとユウガオは顔を見合わせる。
「スイゾクカンまで二十分くらいって言ってたよね?」
「うん……きっと着くのは昼過ぎになるね。一時間程度じゃ終わらないだろうし」
 時間確認用に配られた腕時計を見る。雫が言っていた通り、今は午前十時を少し過ぎたあたり。なるべく早く済ませてくれるといいのだが。彼等はファッションにはあまり興味を持てない。元の世界なら本屋にでも行くところだけれど、生憎この世界の本は読めないものばかりだろうし。
「まあ、がんばろう。女の子の買い物は長いんだ。でも、それにしっかり付き合える男にならなきゃモテないぞってクルクマさんも言ってた」
「クルクマさんが言うならそうなんだろうね」
「うん」
 というわけで走り出す二人。ちなみに彼等の知り合いの中で一番女性にモテるのはクチナシなのだが、不思議なことに彼女が同じことを言ったら全く説得力を感じない気がする。含蓄ある言葉でも、結局のところ誰が言うかで印象は変わるものだ。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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