Celebrate the new chapter(C08)
文字数 4,349文字
迎え撃つ魔王達も派手な戦闘を繰り広げている。ココノ村の衛兵隊とモモハルらも善戦している最中、ナスベリはひとまず怯える娘を落ち着かせようとしていた。
「マ、ママ……こわい……」
「大丈夫よアイビー、みんなが守ってくれるから。ママだっているでしょ」
安心させるため抱き上げて笑いかける。やがて少しずつアイビーの震えが治まってきたのを確認すると、ショウブと共に心配そうに空を見上げるカタバミへ近付いて行った。
「カタバミ、ちょっとアイビーを頼める?」
「ママ!?」
慌ててまたきつくしがみついてくる娘。嘆息しつつ優しく宥める。
「離れるわけじゃないの、安心して。ただ、こんな時のために作っておいたものがあったでしょ? あれを装備するだけ」
「あっ……」
「なんのこと?」
アイビーはそれが何かを知っているようだ。知らないカタバミは首を傾げたが、親友の言葉から武器の類だということくらいは察しがついた。
「鉄蜂は持って来てたんじゃなかった?」
「新装備があるのよ。結婚式に身に着けて来るわけにはいかなかったからね」
アイビーが納得して大人しくなってくれたのを確かめ、声を張り上げる。
「ライラック!」
これは新装備の名ではない。幼い頃、ロウバイと共に魔法使いの森で捕獲したホウキの名。スズランのもう一つの家モミジのように、自分もこの相棒を名付けてやりたいと考え、最近になって命名した。
ホウキは元々自律して動くことのできる生命体である。名付けられたことでより忠誠心が増したのか、近頃は以前より様々な頼みを聞いてくれるようになった。時にはアイビーの子守りを任せることさえ。
そんな彼女のホウキ、ライラックは大きなトランクを引っかけて城の中から飛び出して来た。そしてナスベリの前にそっとそれを降ろす。
「ありがとう。アイビーと一緒にいてあげて」
コクリ。頷くような仕種で答え、アイビーに近付くライラック。アイビーもカタバミにだっこされながら素直にライラックの柄を掴んだ。
「ナスベリおばちゃん、そのカバンどうするの?」
「こうするんだよ」
ショウブの問いかけにトランクを開けるナスベリ。すると中のギミックが作動して奇妙な物体を直立させた。
金属の骨格のような代物。カタバミはハッと思い出す。
「アンタ、それ!?」
「そういうこと。ここまで再現するのに四年もかかった」
──四年前の“六柱の影”との戦いでナスベリは異世界の有色者の力を借りた。その時に≪創造≫の能力で創り出したものが、この新装備の原型。
彼女はそれを分解し、順番に自分の身体に装着していく。
「完全にそのままってわけじゃないけどね。今の私達の技術じゃ流石に無理だった。でも、色々追加の機能を盛り込んであるから使い勝手はあれより良くなってる」
魔力を流すことで自在に伸縮させられる人工筋肉を各所に仕込み、装着者の動きを補助させパワーとスピードを引き上げることが出来る。カロラクシュカが衛兵隊に貸与した鎧のパワーアシスト機能と発想は同じ。
ただ、ナスベリは機動力を重視するため装甲は最低限しか取り付けなかった。魔女には魔力障壁があるので余計な防具はいらない。一応ドレスの下にいつもの戦闘服は着込んでいる。
さらにトランクの中から、もう一つ新装備を取り出す。名付けるなら長射程狙撃用鉄蜂。構造上、有効射程の短い鉄蜂の欠点を補うため開発してみた長銃身タイプ。連射性能では本来の鉄蜂に劣るが、威力と射程は段違いに伸びた。
「よし、と」
手早く準備を整えた彼女はその場に膝をついて狙撃用鉄蜂を構える。発砲するとかなり大きい音を放つのだが、障壁で包んで音だけ遮断してやれば無音で攻撃できる。周囲の人間の鼓膜にも優しい。
──ちょうどその時、ミツルギの教えを受けたモモハルの支援で彼女達にも小型兵器の弱点が見えるようになった。
「そこか!」
ゴーグル越しに狙いをつけて初弾を発射。通常の鉄蜂と同じく、このゴーグルを用いて軌道を操作することが可能。大型化した特殊弾頭は衛兵隊の射撃でダミー生成装置を破壊され本物の“核”の存在が剥き出しになった小型兵器を一機撃墜する。
「うん」
かなり重く、反動も大きな武器なのだがフレームのパワーアシスト機能のおかげで楽を出来ている。これは使えると頷くナスベリ。
さらに二発三発と衛兵隊の後ろから援護射撃。そこへ四足歩行の大型兵器が迫って来た。イヌセとマッシュの結界に守られているとはいえ放置していい相手ではない。
「そっちは守りが手薄であります!」
「任せて!」
他の味方も忙しい。引き受けて右手を突き出し、敵に向ける。
すると手の甲からワイヤーが射出された。ロウバイ達の魔力糸のような道具が欲しいと考え、銀を自在に操る魔法を得意とする秘書のナナカとマドカに協力してもらい実用化にこぎつけた新装備。一本だけとはいえ特殊な金属繊維を編んだ強靭な最長八十
「オラッ!」
力まかせに引っ張ると敵は足をもつれさせて転倒した。さらにワイヤーの絡まった部分から冷気が送り込まれ、凍結した地面に装甲を貼りつかせる。
無論すぐに脱出してしまうだろう。だが一瞬足を止めさせれば問題無い。素早く狙撃用鉄蜂で弱点を撃ち抜く彼女。さらに衛兵隊をかく乱しようと至近距離を三体の小型兵器が飛び回っているのを見つけ、今度は二つの呪文を同時に発動させる。
水球生成と凍結魔法。
空中に無数の水球が発生し、小型兵器がぶつかった瞬間、凍り付いた。機体表面を氷の塊で覆われた敵機はバランスを崩し、スピードが鈍ったところへ左手を向ける。
連射。こちらの腕には牽制と接近戦を想定した高速連射型鉄蜂を仕込んである。一体は核を撃ち抜かれて撃墜。残りはまだ動いているが、完全に動きが止まったところへ衛兵の攻撃が命中する。
「すげえやナスねえ!」
この声、どうやらトピーらしい。ナスベリはゴーグルを上げて笑った。
「そっちの鎧もいい感じじゃねえか。頑張れよトピー!」
言ってから、自分をじっと見つめる娘の視線に気付いて慌ててゴーグルを再装着。
訂正。
「頑張ってね、トピー」
「う、うん! オレのカッコイイところ、見ててくれよな!」
「トピー! 無駄話は後にしろ!」
「すまん!」
同僚に怒られ、それでも張り切って戦闘に復帰するトピー。ナスベリも改めて新たな敵に意識を向ける。
すると──
「ママ、かっこいい!」
「ナスベリおばちゃん、がんばって!」
「!」
びっくりして振り返る。さっきまで怯えていたアイビーが今は目をキラキラさせて自分を見つめていた。ショウブと共に声援を送ってくれる。
顔がニヤけそうだ。思いっ切り歯を食い縛って堪え、心の中でだけ新たな戦友──装着したフレームに呼びかける。
この新装備は、かつて原型を与えてくれた魔女の名にちなみ、こう命名した。
「かっこいいって言ってもらえたぜ……コイツぁもっと凄いところを見せてやらないとな、リグレット!」
挑んで来た敵を“後悔”させる武装。今度は左右脚部の外側に取り付けられたボックス型パーツからアカンサスの許しを得て開発した小型飛翔体が飛び出す。それは頭上に瞬く間に駆け上がったかと思うと、空中に鏡のような金属片を無数に散布して敵の光線を拡散させ弱めた。残滓は魔力障壁で防ぎ切る。
遥かに技術の進んだこの世界で開発された装備には、まだ遠く及ばないだろう。だとしても自分は技術者であり、その集団の長。そして、かの
「アタイはまだまだ強くなるぜ! あの子を守るためにもな!」
光線を防いだ彼女は、狙撃用鉄蜂で新たな敵を撃墜した。
敵の主力兵器であろう人型。大きさは二m強。両腕が刃になっており、かつ長い。だが、そもそも見た目の構造など問題ではなかった。
(近付かせちゃ駄目ね)
冷静に、間合いを詰めて来るその怪物を魔力障壁や魔力糸で押し留めるマリア。相手が人の形をしているからといって白兵戦を挑むのは危険極まりない。
「!」
考えた傍から刃状の腕が複数の障壁を貫き、一気に眼前まで迫って来た。上昇をかけて距離を取る。敵の腕は変形してさらに無数の棘を伸ばす。しかし、どれもマリアにまでは届かない
いや──
「やっぱり、相当な深化を遂げているのね」
頬から伝い落ちる血。一本だけ棘が掠めた。超高速で飛び回りながら≪生命≫の力で傷を塞ぐ。全盛期に遠く及ばない状態だとはいえ、腐っても自分は始原七柱。深度だけならあの頃と変わらない。目の前の敵は、その自分に致命傷を与えられる。
そう、つまり敵も“神殺しの剣”を完成させたということ。
(しかも同じものが三体。それで終わりだとも限らない)
以前ゲルニカにこっぴどくやられたという上位者。今回は相当入念な準備を重ねて来たらしい。
「っと!?」
後ろ向きに飛んでいた彼女は慌てて横に避ける。そこからさらに別の方向へと切り返しを重ねジグザグに飛び回った。敵が短距離転移を行って来たのである。
「これまで隠して油断を誘っていたか、いやらしい!」
一定時間が経過すると行動パターンを変える仕組みか、あるいはこちらの動きを観察し対応策を練ったか。
予知能力まで持っているわけではないらしく、予知と組み合わせて転移するモモハルのそれに比べると精確性に欠ける。おかげでどうにか避けられているが、このまま逃げ回るだけでは埒が明かない。
とはいえ、まだ倒す手段も見つけられていない。この人型は他の兵器とは“核”の隠し方が異なるのだ。
というより“核”が存在しない。
(ゲルニカの攻撃ですら効かないわけだわ! ミツルギから報告のあったダミー生成装置も見当たらない! とは言っても、核が存在しないわけはないのよ。いったいどこにどうやって隠してるって言うの!?)
巨大な雷を、無数の魔力弾を、さらにはソルク・ラサまでもぶつけてみたが全く効いた様子が無い。別の場所で戦っているディルも苦戦中。小型兵器の檻で隔離されたゲルニカに到っては全く中の様子を見通せない。旧世界の物質で遮断されているせいだと思う。
だが、だとしても──
「負けはしない!」
魔王達とモモハル達がココノ村の皆を守ってくれている。それなら自分は安心して全力を発揮できる。この程度の窮地、始原七柱同士で戦っていた頃に何度もあった。
そしてようやく彼女は気付く。敵の防御のからくりに。
「そうか!」
だったらこの手が通じるかもしれない。マリアは千年ぶりに命じる。今自分がいる世界そのものに対して。
「