ぐ~たら神話・そのさん

文字数 3,495文字

 シブヤ大図書館には司書達の他に数人のメイドが常駐している。全員が神子(みこ)シクラメンの身の回りの世話をするための人員だ。
 基本的にぐ~たらもののシクラメンには生活能力が欠如している。そのため侍女が必要になるわけだが、仕えるべき主が一人なのに対しメイドは総勢十二名。当然仕事に慣れてくるとやることが無くなり暇を持て余すようになる。
 暇なメイド達はシクラメンの私室と同じ最上階にある控室で待機しながら駄弁っていることが多かった。
「写本をする時は忙しいんだけどね」
「普段は暇なのよ、あたし達。写本の他できついのは、お読み番くらい」
「正直言って予算の無駄遣いじゃないかと思うんだけど、教会も寄付金のことを考えると、これ以上人数を絞れないんだろうね」
「はぁ……」
 新人メイドのオリーブは先輩メイド達の言葉に、あまり関心の無い様子で頷く。相手も特にそれを咎めようとはしない。彼女達とて後輩や同僚に興味を持っているわけではないからだ。
 メイドの大半は各国の貴族令嬢である。神子シクラメンの下で働くことが一種のステータスになると信じる親達がこぞって寄進を積み上げ娘を奉公に出すからだ。例外は代々のメイド長や自ら家を捨てシブヤまで流れて来た司書兼メイドのコデマリくらいのもの。
「このままなら次のメイド長はコデマリ先輩で決まりでしょうね~」
「だいたいみんな三年で出て行くけど、あの人はもう五年も続けてるしね」
「真面目で仕事も出来てシクラメン様のお気に入りだから確実よ」
 先輩達は別にそれがうらやましいわけではないようだった。オリーブもやはりそうなりたいとは思わない。彼女も例に漏れず親の言うなりにここへ来ただけの箱入り娘。この先三年ほど勤めて家に戻れば、その後はどこぞの貴族と見合いをして嫁ぐことになるはずだ。貴族の娘など基本的には政略結婚の道具に過ぎない。
(そう考えると、私達にとってここが自由に羽を伸ばせる最後の場所なのかもしれない)
 先輩達もきっと似たり寄ったりの境遇。その事実に気付いた時、オリーブは初めてコデマリに対し羨望を抱く。もちろん次のメイド長にほぼ内定だからではない。誰にも頼らず自立している女性だからだ。
 自分の意志で相手を選び、恋をして、結婚するのかもしれない。そこに少し憧れて嫉妬もする。
「そういえばシクラメン様ってさ、アカンサス様とはどうなのかな?」
 先輩の一人がそんな話を始めたので、オリーブは飽きないなあとこっそりため息をつく。自分がここに来てからの三ヶ月で同じ話題が出たのは何度目だろう?
(みんな、本当は恋がしたいのかな)
 恋愛願望があるから他人の恋路に首を突っ込みたくなるのかもしれない。シクラメンがアカンサスに恋をしているかなんて本人以外にはわからないのに。あの方は感情がとても読みにくい。
「シクラメン様は絶対アカンサス様と付き合ってるよ」
「いや、無いでしょ。たしかにちょくちょく訪ねてくるけど、向こうにしたら妹扱いだと思うよ」
「待って、ちょっと待って、アカンサス様はシクラメン様を好きなんだけど、あえて兄として振る舞うことで恋心を抑えてるんだったらどうよ?」
「あ~、それならあたし応援しちゃうな。恋する少年って可愛いよね」
「わかる~」
 いやいや二人とも先輩達より遥かに年上ですよ、と心の中でだけ言ってやった。不興を買っていびられても困るので口には出さない。
(二百歳と四百歳なんだよね)
 もし本当に付き合ってるとしたら二百歳差という物凄い年の差カップルだ。でも見た目は十二歳程度と十五歳程度だしお似合いにも見える。そもそも一般人の感覚だと二百歳も四百歳も大差無いような気もする。
 そして年齢差と言えば──
「アイビー様は……どうなんですか?」
「え? アイビー様?」
「何言ってんのあんた」
 ついつい口をついて出た疑問に、先輩達は嘲笑を浮かべる。
「いくらなんでも、あの見た目じゃね」
「アカンサス様が本当に十五歳でも犯罪になっちゃうわよ」
「そう……ですね」
 年齢的には一番上なのに、アイビーにはカケラもチャンスが無いらしい。そう考えると少し悲しくなった。



「シクラメン様、おやすみなさい」
「おやすみ」
 普段はなかなか眠らない彼女が、オリーブに担当が回って来たこの日に限ってあっさり眠ってくれた。魔力障壁に乗って館内の人が多いスペースへ移動していく主。見送った後にベッドのシーツを取り換え始める。
 その最中、枕元に積まれている邪魔な本をどけようとして、ふと気が付いた。
「これ……」
 恋愛小説。あのシクラメンでもやはり恋に興味があるのか、それとも単に読み物として楽しんでいるだけか。
 オリーブには判断が付かなかった。



 しかし、それから半年ほど勤めるうちに彼女は一つの事実に気付く。
「まただ……」
 また恋愛小説を読んでいる。それがどういうタイミングで起こることなのか、ようやく理解できた。
 アカンサスだ。アカンサスが会いに来ると、その直後に限ってシクラメンは必ず恋愛に関する本を手に取る。
 ああ、そうだったのか。彼女の中でずっと引っかかっていたものが腑に落ちた。
(シクラメン様もアカンサス様も、きっとアイビー様だって、神子という立場に縛られているのね)
 ずっと神子というものは、この世の誰より自由な人だと思っていた。だって、あの教皇聖下にだって従わなくていい存在なのだ。誰にも命令されることのない立場はさぞや気分がいいものだろうと決めつけてしまっていた。
 でも、そうじゃない。大きな力を持つ彼等は、それに伴って大きな責任も背負っている。だからきっと秘めた想いがあっても相手に打ち明けることは出来ないのだろう。
 単なる自分の思い込みという可能性もあるが、もしもそうならと思うと勝手に涙が出て来た。
 そこへ、たまたまシクラメンが戻って来る。
「なんだか眠れない……」
「あっ」
「……どうしたのオリーブ。何か哀しいことがあった?」
「い、いえ、目にゴミが入っただけです」
「そう、擦っちゃだめ。取り除いてあげようか?」
「大丈夫です。寝具の交換終わりましたので、これで失礼しますね」
「うん……」
 不審に思われていないだろうか? 焦りながらシクラメンの私室を出た。
 そして控室に戻ると、また先輩達が飽きもせずアカンサスとシクラメンの関係について語り合っていた。オリーブは、またしても確信する。
(そうか……先輩達も、あれに気が付いているんだ)
 一番後輩の自分が気付いたんだから彼女達が知らないはずはない。だから、ずっとやきもきしてしまっているのだろう。
 親近感もあるのかもしれない。自由に恋が出来ないのは自分達も同じ。
(コデマリ先輩が気に入られてるのは、それが理由なんだろうな)
 あの人は恋のため他の全てを擲った。その恋が破れた後も実家を頼らず自分の力で生活して、また新しい恋を探している。その様が自分達のような存在には眩しく映る。

 でも、シクラメンはきっと幸運だ。なにせ相手も神子なのだから。

(あのお二人が結ばれたなら、きっと末永く幸せに暮らすのだろう)
 夢物語かもしれないが、そうあって欲しいと願う。
 今回は先輩達に近寄って行った。
「私は、あのお二人は両思いではないかと思っています」
「あら」
「へえ……」
「珍しいじゃない」
 話に乗って来た後輩に笑顔を浮かべる先輩達。ずっと興味を持たれていないと思ったが、その理由がわかった。
 自分は今、ようやく彼女達の仲間として認められたのだ。おそらく、そういうことなんだろう。



「……う~ん」
 アカンサスが遊びに来た翌日、いつものように恋愛小説を読んだシクラメンはベッドの上でひとりごちる。
「いくら読んでもわからない……アイビーとアカンサスを交際させるには、いったい何をどうしたらいいの?」
 長年の付き合いだからわかる。アカンサスはアイビーが好き。だから良いアドバイスをしてやれないかと彼が来る度に参考書籍を読み漁っている。
 けれど、どうにも難しい。そもそも人は何故恋をする? 恋人となって、いったい何が得られる? そういった知識が書かれた書物も少なからずあるものの、著者によって言うことがバラバラでどれを参考にしたらいいかわからない。
「やはり、実体験から学びを得るべき?」
 でも困ったことに相手がいない。二百歳の老婆と付き合ってくれる物好きが同じ神子の他にいるだろうか? 首を傾げ、彼女は次の巻に手を伸ばす。
「ハァ……」
 横で聞いていたコデマリはため息をつく。
「出会いが欲しいならまず、図書館の外へ出ませんと」
「めんどくさい」
 ぐ~たらの神子が恋に落ちる日は、まだ遠そうだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み