余談・無口の真相

文字数 1,784文字

 アイビー社長が気絶したオトギリを連れて帰った後、私達は飛んでココノ村への帰路につきました。
 ナスベリさんがホウキの後ろにクチナシさんを乗せて飛び上がった姿を見て、魔力障壁で飛んで追いかけた私はパッと表情を輝かせます。
「ついに、ちゃんと飛べるようになったんですね!」
「スズちゃんとモモ君のおかげ。原因が特定されたから、やっと有効な対策を施せたよ」
「おお、二人乗りでも安定してます。流石」
「ホウキ無しで飛んでるスズちゃんのが凄いと思うけど……その子、残念だったね」
「ええ……」
 私は黒焦げになったホウキを持って来ました。この状態からの再生は不可能です。家の裏にでも埋めてお墓を建ててあげましょう。
 今までありがとう。出会いはともかく、あなたは良い相棒でしたわ。
 クチナシさんも手話で哀悼の意を示します。
「“ホウキ君が安らかに眠れますように”……って、まずありがとうございますと言っておきますが、もう必要無いでしょ! 普通に喋ってくださいよ!!
「?」
「小首を傾げないで! さっき声を出してたじゃないですか! 本当はちゃんと喋れるんですよね!?
「……」
 しばし迷った後、また手話で語りかけて来る彼女。
“秘密にしてね”
「え? ええ?」
 喋れることを知られたくない理由があるようです。まあ、そういうことなら人様のプライバシーに関わる問題ですし最大限配慮しますわ。
「……」
「あ、私? 私も別に喋りませんよ」
 ナスベリさんも約束しました。そこでようやく、ごほんと一つ咳払いしてから口を開くクチナシさん。やっぱり声が出てる。

「あ~、なして喋らねがっちゅうど、まあこれ聞いだら一発でわがっど思うんだけど」

「……」
「……」
「なんとしても方言(なまり)さ抜げねくてさ、でもなんかいづの間にが“最強の剣士”だの“善の三大魔女”だの呼ばれでしまってで、みんながオラさ憧れでしまうようになったもんだし、イメージっちゅうの? そういうの大事にしてやんねばなーと思っで」
「な、なるほど……」

 なんていうかその、うちも田舎の農村だから方言が悪いとは思わないんですけど、外見とのギャップが酷すぎて眩暈がしてきますね。
 これは無口なのもいたしかたなしです。

「それにな~、この喋りっこ聞かすどまあモデねモデね(モテないモテない)。昔つきあってだ娘がらも『口さ開かねば最高なのに』なんて言われでまったもんだがら、いっしょうけんめ手話勉強して喋らねで済むようにしたんだ。ところでナスベリさんて、独身だが?」
 すりすり。
「ひょわあっ!? ちょ、今、背中に頬ずりしたでしょう!?
「どうだべか、こんなオラで良がったら、今夜いっしょに」
「撃ちますよ! 今度胸とお尻に触ったら撃ちますからね!? てか落とします!!
「ありゃあ、やっぱり喋っど駄目だなあ。すっごい好みだったんだども」
「いや、それ以前に痴漢したら駄目でしょう。同性でも犯罪ですよ」
「でもオラが男だど思ってる女の子は喜ぶんよ」
「喜ばれても犯罪です!」
 アイビー社長、とんでもない人を置いて行きましたね。しかもこの無節操っぷりで男女どちらでも有りというんだから、ロウバイ先生が心配するのも頷けます。
「いいですか、ノコンさんには絶対手を出さないこと!」
 事情を話して釘を刺すと、彼女はへらっと笑いました。
「でぇじょうぶ、安心して。オラ、不倫とか横恋慕って嫌いなんだ。だから既婚者と恋愛中の男女さは手ぇ出さねえよ。あと十五歳以下も守備範囲外だ」
「なら安心です」
 ん? 本当に安心でしょうか?
 十五歳以下……。
「ッ!!
「あれ? スズちゃん!?
 驚くナスベリさんとクチナシさんを置き去りにして私は全速力で村に向かいました。母と弟のことも心配なのですが、あの三人に報せなければ!
「三つ子さん!! クチナシさんが来るから隠れて!!

 結局、三つ子さん達はまだギリギリ十五歳だったので難を逃れました。
 でもクチナシさんはこの一件以来、ナスベリさんと三つ子さん目当てにビーナスベリー工房タキア支社を時々訪れるようになったそうです。三つ子さんはあまり気にしていないのですが、姉のマドカさんからは嫌われているとか。
 衛兵のトピーさんもクチナシさんのファンからアンチに転向しました。
 以上が今回の事件の余談です。
 それでは、また。





                               (おしまい)
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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