Return of Happiness(43)
文字数 2,558文字
かつて自分達は始原七柱と呼ばれた。それぞれが担う権能、その大きな力を支え、意のままに操る者達。
けれどマリアはこう思っていた。自分達は柱ではなく木だと。とてつもなく大きく高くそびえ立つ大樹。いつまでも老いず、死なず、その枝葉で日陰を作り、梢の下に生きる命を守るよう宿命付けられた存在。
長くそれを続けた。あまりに長すぎて、他の六人は絶望し、自ら腐って朽ち果てようとした。それを可能にする滅火という名の毒に触れて。
マリアはそれを許せなかった。生きてほしかった。生き続けてほしいからこそ、彼等を殺す手段を探した。
同じ生がいつまでも続くから絶望してしまう。与えられた神の力から自分達の魂を切り離すことはできない。でも、自身が司る輪廻の輪に始原七柱の魂を組み込むことができたなら? 記憶だけでも抹消し、新たな人格で生きることができれば、ひょっとしたら絶望を乗り越え、無限の生に希望を見出だせるようになるかもしれない。
「ママは見事にやってのけたよ」
「当然でしょ、私達のママだもの」
エヴリンとミナ。娘の生まれ変わりと娘の絶望から生まれた影。彼女達に再会できた時、どれだけ嬉しかったか。ありがとうと言ってもらえたおかげで今までの苦労が報われた。
「母さん、これからも気兼ねしなくていいからな」
「そうそう、新しい世界じゃ全てがケン坊の生まれ変わりなんだ。てこたあ浮気にゃならないよ」
「そういうものかしらね?」
息子と姉に言われ首を傾げる。今までに一度も考えなかったわけじゃない。ただ、何度自問しても明確な答えは出せなかった。夫は新世界の全て。全ては夫の一部。けれど一人一人に宿った魂は彼のものではない。
ああ、けれどそう、スズランのおかげで見えてきた気がする。ようやく納得できる答えを得られるかもしれない。
「大きな木ですね」
「これが今の先生の心の姿……」
「ふふ、まだまだ見た目は寂しいわ」
要と龍道に並んで大樹を見上げる。スズランの心象風景、その中心に現れた木。それは二人が言うように現在のマリアの心を象徴するもの。
大きな木だが、枝には葉も花もほとんどついていない。見た目は枯れ木のよう。けれど枝の一本、その先端に一つだけ薄桃色の花が咲いている。周りには葉も少しばかり茂っていた。
あの花はスズランだ。スズランの魂の象徴。マリアという名の大樹の枝に初めてついた可憐な蕾。花開いたもう一人の自分。
ずっと混乱していた。なにせ生まれ変わるのは初めて。スズランと同じようにこちらも彼女に合わせるのに苦労していたのだ。
そして、やっと──本当に今この瞬間に結論が出た。これが自分の答え。自分達は何者なのか。
「貴女は根で、幹で、枝」
「そう、そして貴女達は花であり、葉」
すぐ目の前に現れたスズランと言葉を交わす。頷き合う。お互い、これでいいよと納得できた。
姉や子供達もやって来る。皆で大樹を見上げ、未来に思いを馳せる。
これから、この木にはたくさんの花が咲くだろう。そのたびに自分は忘れ、新しい人生を生きる。
出会いと別れが繰り返される。時には今回のように神としての自分を思い出してしまうかもしれない。
永遠の生は続く。終わらないからこその永遠。いつかはその苦痛に自分も屈してしまうのかもしれない。別れの悲しみに打ちひしがれ、新たな出会いや懐かしい誰かとの再会を拒絶してしまうのかもしれない。
だとしてもきっと、ここへ来たら大丈夫。最初に咲いた花、その名に込められた祈りが思い出させてくれる。
“幸せは、またやって来る”
自分達七柱の生は終わらない。だからといって永遠に続く苦しみも無い。
昼夜は交互にやって来る。悲しいことがあっても、それを乗り越えた先できっと笑える。不幸が無ければ幸福も感じられない。
全ては交互に繰り返される。一歩一歩、足を踏み出す歩みのように。
命は終わらない。旅も。花は咲き、数を増やし続ける。種子は風に乗って旅立つだろう。まだ見ぬ場所へ、あるいは久しぶりの土地へ。
そうして≪世界≫は広がり続ける。
「マリア、次の私達はどんな子かしらね?」
「いつか会えるわ。待ちましょう、私が貴女を待ち続けていたように」
「うん。貴方も付き合ってくれる? モモハル」
「もちろん」
スズランの隣にはモモハルもいた。二人は肩を並べて少し前へ出る。
すると、間に女の子が一人現れた。ミナではない。二人の差し出した手を掴むその少女。スズランにもモモハルにも似ている。アヤメだ。今は九歳。
エヴリンと、そしてミナ達は目を細めて三人を見守った。
「懐かしいね」
「うん」
その時、風が吹く。
大樹に咲いた花の花弁が一枚だけ、それに乗って飛んでいった。きっと彼女が例の座標へ跳躍したのだ。思ったより早い旅立ち。
「良い旅を、ヒナゲシ」
去り行く花弁を見つめて微笑むスズラン。その隣でモモハルは少女に尋ねる。
「さあ、そろそろ起きる時間だよアヤメ。今日の朝ごはんは何がいい?」
「ムオリス!」
「えっ、朝から? ははは、本当に小さい頃のお母さんにそっくりだ」
「余計なこと教えない。アヤメ、ムオリスじゃなく小さいムオレツはどう? それに昨日のカウレを温めてかけるの。朝ごはんならそっちの方がオススメ」
「おいしそう。それがいい」
「よし、じゃあ三人分だね。スズも食べるでしょ?」
「もちろん。それじゃあみんな、また」
スズラン達は歩き出す。親子三人、手を繋いで。ミナとエヴリンもマリアに寄り添った。そして手を振る。
「またねスズラン!」
「お幸せに!」
「もちろん!」
──寝室のベッド、最初に目を覚ましたスズランはまだ眠っている夫と娘の顔を見つめ、胸一杯の感情を言の葉に乗せて囁いた。
「今日もありがとう。また、私の最高の一日が始まる」
毎日を楽しもう。思い出を一つでも多く心に刻もう。いつかこの子へ、そして次の自分へ聞かせるために。
彼女は繰り返す。神として人として一歩一歩踏みしめながら果てしなく終わらない旅を続ける。
その時代ごとに、世界ごとに、そこで出会った愛と共に。それまで歩んだ記憶を抱いて。新たな運命を引き寄せながら。
彼女は全てを愛するだろう。
そして、愛され続ける。
(完)