Learn about MANA(1)

文字数 3,042文字

◇野外学習◇

 冬間近、スズランは子供達だけを伴い、森を歩いていた。
「スズねえ、どこまで行くの?」
「こんなに村からはなれて怒られない?」
「心配症ね。大陸の反対側まで行ったこともあるのに」
 弟子達の言に苦笑する彼女。馬に船旅、さらにはホウキ。陸海空を制していくつか冒険を経た今でも大人の付き添い無しで村から離れることには抵抗があるという。子供らしく微笑ましい話。
「疲れた、ホウキで飛びたい」
「なんで飛んじゃだめなの?」
 まだ歩き始めて十分程度なのに、ノイチゴとヒルガオは早くもバテたらしい。
「貴女達、最近ホウキに頼り過ぎ。少しは運動しなさい」
 飛行魔法を覚えてからというもの弟子達はろくに歩かなくなった。ほんの少しの移動にまでホウキを使う始末。そのせいで最近ふっくらしてきている。それに気付いたスズランは責任を感じ、今回の野外学習を提案した。
 ついでに教室では学びにくいことも教えておきたい。
「ユウガオ君は流石ね」
「いつも、おじいちゃんと山に入ってるから……」
 褒められ照れ臭そうにはにかむ少年。初めて見た頃に比べるとずいぶん日焼けして手足も逞しくなっている。次第に祖父に似て来た気がする。彼の祖父クロマツは村一番のカニ獲り名人と呼ばれており、同時に山菜採取の名人でもある。秋に入ってからは特にそんな祖父の知識や技術を学ぶため行動を共にしていることが多かった。今やこの子はココノ村で育ったモモハルやノイチゴより周辺の地形と植生に詳しくなっているかもしれない。
 ユウガオは弟子ではないが、学校では教師と生徒の関係。親友の弟ということもあってスズランにはとても可愛く思える。優秀な生徒で、なおかつもう一人の弟とでも呼ぶべき存在なのだ。
 一方、少し前までスズランにとって弟分だった別の少年は物欲しそうな顔で話しかけて来る。
「スズ、僕も山には慣れてるよ」
「モモハルは遊び回っていただけでしょ」
 ユウガオより大きいし、ノコンに鍛え上げられた彼は体力もあって当然。当然のことを褒め称えるつもりはない。スズランは振り返りもしなかった。モモハルはがっくりと肩を落とし、隣を歩くアサガオによって励まされる。
「どんまいどんまい。今のスズちゃんがあんな淡白な反応を返す男子、むしろアンタだけだよモモ」
「そうなの?」
「そうだって、ちょっとずつ意識されてんだよ。むしろ弟扱いじゃなくなったことをマシだって思いな」
「なるほど……」
 たしかに以前のスズランは自分に対し保護者視点で接していたように思う。なら扱いが変わった今は以前より脈があるということなのかもしれない。
「まっ、モモは今のまま頑張ればいいよ。多少頼りない方がスズちゃん好みだろうし」
 出会いから早くも四年。その四年の付き合いで彼女が辿り着いた答えはそれ。スズランは自分を守ってくれる頼りがいのある男性よりも、むしろ守りたくなる男子を好む傾向がある。まだ確信は無いけれど。
「ほら、カズラおじさんのこと大好きでしょ、スズちゃん」
「たしかにそうだけど、おじさんはスズのお父さんだからじゃ……?」
「そりゃ親だからってのはあると思うけど、おじさん似のショウブのことだってめっちゃ溺愛してるじゃん。うちのユウガオへのあの態度を見てもまず間違いないと思うよ。スズちゃんは守られるより守りたい系の女子ってこと」
「ううん……」
 だとすると彼女を守るため鍛えて来た自分のこれまでの努力は間違いだった? 改めて思い悩むモモハル。
 一方、アサガオはククッと笑って密かに肩をすくめた。
(なんちゃってな。単にナヨナヨしてるだけなら、むしろマイナス。保護欲をそそるだけじゃなく、どっかに一本芯が通ってなきゃダメなんだよ)
 でも、この事実は教えてやらない。そもそもこれまで語ったことだって本来なら自力で辿り着かなければならない答え。
 よって助け舟はここまで。後はモモハル自身が悩んで躓いて、一歩一歩前に進んで行くしかない。
(頑張れよ。アタシも期待してるんだからな、モモ)
 親友を幸せにできるとしたら、きっと一番近い立場にいる彼だけだと思う。二歳年下の少年の恋をちょっぴり意地悪く見守る彼女。アサガオにとっては今も、モモハルは弟分のままなのだ。



「さて、ついたわね」
 森を進んだ先にあったのは斜面にぽっかり開いた洞穴。
「ここに入るの?」
「そう」
 おっかなびっくり中を覗き込むヒルガオ。スズランは周囲を見回しながら肯定する。
(良い条件だわ)
 このあたりは湿度が高く地面が常にぬかるんでいる。村から遠く離れており、樵の手が入っていないからだ。木々が密生し頭上が枝葉で覆われているため、陽もほとんど差さず、薄暗さゆえに低木や下草は育ちにくい。反面、地面に落ちた葉や生物の死骸は腐りやすく腐葉土は厚く積もっていく。
「うえっ、虫!?
 元々都会っ子のアサガオは移住から四年経った今でも虫が苦手だ。足下を這った大きな甲虫を見て跳び退る。
「あはは、地面を歩かなければいいのに」
 宙に魔法で水流を生み出し、その中を泳ぎながらケラケラ笑うフリージア。自分の半分しか生きてない彼女を見上げ、キッと眼差しを鋭くするアサガオ。
「アタシは飛べねえんだよ!」
「だっさーい。アサガオも師匠の弟子の一人なんでしょ?」
「やめなさい二人とも」
 彼女達はどうにも相性が悪い。いつものようにケンカに発展する前に早目に割って入るスズラン。
 とりあえず煽った方のフリージアから注意する。
「魔法を使えない人を馬鹿にしちゃいけないって言ったわよね?」
「あっ!? す、すみません」
「誰にも得手不得手があるの。フリージアちゃんだってこの前、絵ではアサガオちゃんに勝てないって認めたでしょ」
「はい……」
「じゃあ、こういう時にはなんて言うんだったかしら?」
「ごめんなさい……」
「……」
 方向が違う。スズランは嘆息しつつ空中に浮いてフリージアの顔を両手で掴み、強引にアサガオの方へ向けた。
「もう一回」
「ごめんなさい」
「ああ、もういいよ」
 アサガオもまた腰に手を当てため息をつく。ついつい忘れがちになるが、フリージアはこの中で最年少なのだ。最年長の自分が声を荒げるべきではなかった。
 彼女が間違いを自覚したようなので、スズランもそれ以上何も言わない。代わりに別の方向を向いて訊ねる。
「ノイチゴちゃん、こういう湿っぽくて暗い場所で目撃しやすいものはなんだったかしら、覚えてる?」
「え?」
 いきなり質問された少女は斜めを見上げ、少し考え込んでから答えた。
「幽霊?」
「ちょっと時間がかかったけど正解。さて、それじゃあ今度はヒルガオちゃん、どうしてこういう場所では幽霊が目撃されやすいかわかる?」
「えっ? えっ?」
 思いがけない質問にやはり戸惑うヒルガオ。こちらもしばし時間をかけて、やがて恐る恐る手を挙げる。
「えっと、そういう雰囲気だから?」
「……」
 渋い顔になるスズラン。この弟子は実技だと優秀なのに、座学となると今一つやる気が感じられない。今の質問の答えは以前に学校で教えてあるのだが。
「ふう……仕方ないわね。フリージアちゃん、教えてあげて」
「え? なんでフリージアに」
 きょとんとしたヒルガオに対し、胸を張る妹弟子。
「それはね、フリージアたちウンディーネは専門家だからだよ」
「専門家?」
「そう、魔素のね」
 答えを焦らすフリージアに代わりスズランが結論を述べた。まだ世間一般には知られていないことだが、ウンディーネは魔素を扱うプロフェッショナルなのだ。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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