Celebrate the new chapter(C02)

文字数 3,543文字

(──いや、まだね)

 思い直して空を見上げる彼女。スズランはたしかにここ数年で大きく成長した。けれど、今回はまだ自分が引き受けるべきだろう。
 あの災厄は彼女の手に余る。

 突如、世界中に警報が鳴り響く。界球器(かいきゅうき)外で監視を行っていた兵士達からの報告も各所のスピーカーから発せられた。
『異常な時空震動を検知! これは通常の跳躍(ジャンプ)ではありません!』
『膨大な数です! 全方向を囲まれました!』
「なら、界球器外の戦力は全て中に戻りなさい。そこにいても無駄死によ」
 花嫁衣裳のまま冷静に意識を切り替え、指示を出すディル。他の参列者達も次々に光を放ち、瞬時に礼装から武装に変更して獰猛な笑みを浮かべる。
「やはり来たか」
「どこのどいつかわからんが、運の無い連中め」
「ここをどこだと思っている?」
「……すごい」
 身震いするスイレン。彼女のみならずナスベリやノイチゴなど魔力を感知できる者達は戦慄した。やはりここにいる魔族は全員が魔王。戦闘態勢へ移行した途端、桁違いに魔力が高まった。自分達など比較にもならない領域。
 中でも特に凄まじいのが──

「ふん、めでたい席に水を差しおって。空気の読めん客だ」
「結婚が成立するまで待ってくれたんだし、むしろ読めすぎじゃない? アハ」
「なんにせよ斬り払うのみ」
「新手だったら、ちょっとは原型を留めさせておいてね。研究したいの」
『ふむ、それならワシも手伝ってやろう。お主らは手加減が下手じゃものな』
「や~ん、ファブリス様ったらお優しい!」
「いつも隠居を決め込んで働かんのだし、むしろ今回くらいは戦っていただかねば。折角マリ……いや、スズラン様もおられるのです」
『わかっておる』

 ──あの五人、五封装(ごふうそう)と呼ばれる五大魔王の実力は、この場にあってなお際立っているのが気配からでも察せられる。

「今回も良い勉強になりそうですね。しっかり見て学びなさい、スイレン」
「はい!」
 師のロウバイに言われ、彼女もまた剣を抜く。ノコンと衛兵隊、ゼラニウム、ココノ村から来た他の戦闘要員も構えた。せめて自分達の身くらいは守ってみせよう。

「スズ」
「モモハル、貴方は私より他の皆を守って。ゲルニカ、ディル」
 自分を庇うように前に出た少年を押しのけ、結婚したばかりの二人に呼びかけるマリア。振り返るのを待たず言葉を続ける。
「これが、あなた達夫婦の初の共同作業よ」
「たしかに」
「そう言われると余計に燃えて参ります」
 不敵な笑みを浮かべ漆黒の槍を呼び出すディル。二辺の長い直線的な三角形の穂は幅広で大きく、柄を短く切ればむしろ剣と呼ぶべきデザイン。彼女の実父フィン・ディベルカの遺品で聖母魔族が有する最強の兵器だ。遠い昔これを打ったマリアが付けた銘はツングヴァイン。ディベルカ一族の始祖が産まれた星の名前。彼女達の血によく馴染み、その力を余すことなく引き出してくれる。
 ゲルニカも共に天を睨みつけた。

「来る」

 次の瞬間、空に穴が空く。四年前のスズラン達の世界での決戦とは違う、もっと綺麗にくり抜かれた穴。その向こうの灰色の空間から大量の“機械”が溢れ出す。目玉のようなデザインの本体に羽がついた小型機械。大半の部分を赤、それ以外を銀と黒に塗装されている。
 同じ出入口が世界中の空に現れ、瞬く間に天の半分を赤く染めた。
 そして宣戦布告の言葉も無しにいきなり攻撃を仕掛けて来る。視界を埋め尽くすほどの光線と実体弾の雨。
「わあああああああああああああああああああああああああああああっ!?
 慌てるココノ村の人々。
 でも心配はいらない。たった一枚の魔力障壁がことごとく攻撃を防ぐ。マリアが全天を覆う超巨大魔力障壁を展開した。
「あれは大した火力じゃないようね。雑兵だわ」
 ユカリから借りた力で敵戦力を分析する彼女。
 するとディルに頼まれた。
「スズラン、号令を」
「あら、私でいいの? 今の大魔王は貴女よ」
「構いません。その方が兵達も喜びます」
「そういうことなら」
 マリアはさらに数を増やしつつある敵群を指差す。そして千年ぶりに王の中の王として聖母魔族の精兵達へ呼びかけた。

「殲滅なさい」

 途端、一際大きな歓声が上がる。初代大魔王マリア・ウィンゲイトの命。それが多くの魔族の琴線に触れた。
 一番喜んでいるのはエンディワズ。膨大な魔力を注ぎ込み、無数の大魔法を同時に行使する。猛る心のそのままに。

「陛下の仰せのままに!」
「エンディワズ殿、落ち着いて」
「一昨日の約束を忘れてますね」
「まだまだお盛んだこと」
『まったく、いつまで経っても若僧よの』

 他の五封装も動き出す。三百人の魔王と、そして世界中の都市を防衛する数百万の兵士達も。
 空の機械群は立て続けに攻撃を放って来た。負けじと聖母魔族も応酬する。障壁があるおかげで実質的には一方的な攻撃。凄まじい火力を浴びせられ砕け散り、引き裂かれる謎の軍勢。
 ところが一向に数を減らせない。

「むっ、再生しただと?」
「もしや……!」
 先と変わらぬ規模の反撃が飛んで来て、ようやく相手の正体を察する聖母魔族。彼等は各々が一騎当千。神と呼ばれるような者達でさえ打ち倒す深化を果たした猛者である。
 なのに、その攻撃を受けても敵はあっさり再生してしまった。そんなことのできる存在は限られている。
「ふん」
 一度破壊したことで撒き散らされた独特の臭気。嗅ぎ付け、ゲルニカも鼻を鳴らす。彼は最も多くその匂いを嗅いできた。だから断言できる。敵は──
「懲りない奴等だ」

 上位者(スーペリア)滅火(ほろび)の脅威に対抗するためマリアの夫・夏流(かながれ) 賢介(けんすけ)が生み出した新世界。その外に残存している旧世界からの侵略者。

「では、あれは堕天の獣(フォールン)?」
「いや、少し違う」
 妻となったディルの言葉に頭を振る彼。彼女が言う“獣”とは上位者達が新世界の生物に憑依して生み出した生体兵器のことである。確証こそ無いが誰よりも戦闘経験を積んだ彼の勘が訴えていた。あれらはきっとそうではないと。
「多分、奴らは“増援”だ」
「! 来ます!」
 ディルの警告通り、マリアが展開した魔力障壁をも突破し、三つの赤い閃光が城の中庭に突き刺さる。会場全体の警備を行っていたイヌセ達とマッシュ達が同時に障壁を展開し爆風からココノ村住民を守った。
「派手な登場です!」
「気を付けてであります! やばいのが出てきたであります!」
「な、何が落ちてきよったんじゃ……?」
「あれは……」
「似てる」
 マリアとクルクマには見覚えがあった。以前、有色者ダイアの故郷で戦った人型の堕天の獣。あれによく似ている。
 しかし、その性能は別次元。一体が超高速でゲルニカに迫り、刃状の両腕で斬りつける。彼はその攻撃をいともたやすく避けてみせた。さらに刃を両手で掴み、その場に力づくで押し留める。
 ところが──

「む?」

 痛い。掴んだ両手に刃が食い込んで来る。血が流れ出す。
「おじさま!?
 結婚してなお昔からの呼び方をしてしまうディル。それだけ驚いているのだ。誰よりも深化したゲルニカが傷を負った姿など、この千年間誰も見ていない。そんなことが起こる可能性さえ想像していなかった。
「面白いな、僕にダメージを与えられるのか。それに」
 言いつつ蹴りを繰り出して頭を砕く。だが、そのダメージも他の兵器と同じくあっさり再生されてしまった。
「攻撃も効かない」
「なん、だと……」

 さらにありえない事態。その深刻さを知る者達はやはり戦慄する。今のゲルニカの一撃なら、たとえ全盛期の始原七柱だろうとも一撃で屠るはず。その彼に倒せない敵など他の誰にも倒しようが無い。

「はは、流石は特異点四人──いや、六人分の“重力”が呼び寄せた運命」
 一筋縄ではいかない。そう笑った彼を組み合った相手は背中から噴射したエネルギーによって押し込み、城の一部を砕きつつ上昇して天高く連れ去る。
「ゲルニカ!?
 見上げたディルの視線の先で小さな機械兵が両者の周囲に集まり、巨大なドームを形成してしまった。最大の脅威であるゲルニカを逃がさず、なおかつ味方から隔離して確実に仕留めるつもりのようだ。
 無論彼女は追おうとする。しかし他の誰よりもディルとマリアにだけは加勢させてくれなかった。敵はそんなに甘くない。
 残りの二体、ゲルニカの相手をしているのと同じ人形が彼女達にも襲いかかる。
「くっ!?
「!」
 槍で攻撃を弾き、間合いを取るディル。ゲルニカにすらダメージを与える一撃。彼女と愛槍も下手な受け方をすれば致命傷となるだろう。
 一方、マリアは多重障壁を絶え間なく展開して敵の突進を阻止した。だが、やはり次々に展開される障壁をガラスのように割り砕き、確実に間合いを詰めて来る敵。
(強い!)

 どうやら彼女達の“重力”は、想像以上の怪物を呼び寄せてしまったらしい。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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