Celebrate the new chapter(A12)
文字数 3,444文字
スズランもさらに驚かされた。今のは“徹し”と呼ばれる技。中国拳法で言うところの発勁。鎧を無視して内部に衝撃を送り込める。表面に展開された魔力障壁も彼女の魔力をぶつけて散らした。
ところがノコンは今までに見せたことのないこの攻撃を不完全ながらも防いだ。手甲を素早くシールドに変形させ受け止めたのだ。
それでもダメージはあるはずなのに、オガの鬼神はなお動く。
「喝ッ!」
「ちょっ、ノコンさ──」
掛け声というより自身に対する叱咤。それと同時に両手剣が突撃槍になった。この武器も使用者の意志に応じて様々に形態を変える代物。先端がスズランの魔力障壁とぶつかり、じりじり中に食い込んで来る。
「ロウバイを近付けさせるな!」
「はい!」
背後からの攻撃を警戒して部下達に指示を出す彼。少しでも倒しやすい方からと考えて先に妻を狙ったが、この状況なら標的を切り替えた方がいい。大抵の戦は大将首を取った時点で決着がつく。
「その首もらうぞ、スズラン君!」
「……ッ!」
穂先がさらに深く食い込む。少なからず動揺するスズラン。ここまで範囲を狭めた自分の障壁が貫かれようとしている。
これはパワーアシストの効果ではない。ノコンの“確信”が深いから。一時的に深化を進めて攻撃の威力を跳ね上げた結果。
さら彼は翼を生やす。これまた上手い。
(飛行機能を推力の上昇とバランサーに使ってる!)
細い槍の先端に全身全霊の力を込めているので、向こうも少しでもバランスを崩したら障壁に顔から突っ込んで自滅してしまう。それを防ぐための使用法。
そして──
「半数はスズちゃんに攻撃! 隊長を援護しろ!」
「ちょっとお!?」
ロウバイへの牽制射撃を続けていた衛兵の半分が、やはり狙いをスズランに切り替える。無数の矢が飛来して彼女の障壁に当たった。その分だけ耐久力が落ち、さらに深く穂先が食い込んで来る。
「いける!」
「おおっ!?」
「陛下の魔力障壁が──」
「おいおいノコンさん、スズちゃんを殺す気か!?」
だが、観戦していた鍛冶屋のツゲさんが叫んだ直後、それは起こった。
ノコンの槍が砕け散ったのだ。
「なっ!?」
「──やっと、ですわ」
流石にちょっとだけ肝が冷えた。障壁に突っ込んでも甲冑で守られている以上は傷一つ付かないだろうが、一応は展開していたそれを消して前に踏み込むスズラン。
ノコンは再び盾を構えようとする。けれど同じ手は二度通じない。スズランは魔力糸ですでに彼の手足を絡め取っている。
「しまっ」
「王手」
ぴとっ。触れるだけで済ますスズラン。攻撃はそれだけだったが、さっき受けた衝撃を思い出したノコンは身震いして素直に敗北を認める。
「やはり、まだまだ精進が足りんな。ありがとうスズラン君、良い経験になった」
「本気で倒す気だったでしょう?」
「でなければ君にもロウバイにも失礼だからな」
「ごもっとも」
ここからさらに技術が進歩して、人々の深化も進んだならば、いつかは──スズランにとってもマリアにとっても今のはそう思うに十分な一戦だった。
(いつかは私達も、特別な存在では無くなるかもしれないわね……みんな)
戦いを終えた二人にスイレンが近付いて来た。
「おつかれさまです先生、スズランさん」
「ありがとう」
「気を付けてくださいね、あの人達、全力でかかって来ますよ」
「ええ、今のを見て私も油断できないと思いました。こちらも全霊で対抗します」
「日頃の鬱憤晴らしも兼ね、遠慮なくぶつかってきなさい」
「はい、先生」
頷いてスズラン達と入れ違いに結界内へ入る彼女。今度は剣士でもある彼女が一対一で順番に衛兵達と戦うのだ。
次に話しかけて来たのはカロラクシュカ。
「どうでした?」
彼女が統治する浮遊大陸ヴァルアリス・フワには新たな術や魔道具を試す大規模実験場があり、彼女自身そういった分野に秀でた研究者の一人。
今回衛兵隊に貸与したあれらの装備も、全て彼女が彼等に合わせて設計し鍛冶職人でもある別の魔王の協力を得て開発した試作品である。
スズランはマリアの意識を表に出して答えた。
「相変わらず見事です。魔道兵装の開発技術も随分進歩しましたね」
「陛下が亡くなってから千年経ちましたから。むしろ、千年かけてまだこの程度だという事実に我ながら悲しくなりますわ」
「そう卑下しないの」
ああいった兵器に関連する技術は千年前の時点ですでに頭打ちの感があった。何故なら“神殺しの剣”を生み出すために散々研究したからだ。そこからさらに前進を成し遂げただけでも十分賞賛に値する。
「申し訳ございません。そうですね、陛下とロウバイ殿を相手にあそこまで頑張れたわけですし、まずは及第点。ふふ、お二人に対戦していただけて本当に助かりました。ノコン殿にも感謝しなくては、いきなりあれほど使いこなしてもらえるとは思いませんでした」
「彼も一種の天才ですね」
初見の兵器を使いこなすセンスとカリスマ性。そして傭兵時代に数多の戦場を生き抜き培った直感。あれで魔力まで持っていたらと考えると怖くなることがある。
「スズランさん、カロラクシュカ様、あまりわたくしの前であの人を褒めないでください。嬉しくて腰砕けになってしまいそうです」
「あらあら、おかわいい」
ロウバイと微笑み合うカロラクシュカ。スズランも穏やかに笑み、視線をスイレン達の戦いに戻す。何度も交差する刃と刃。だが耳障りな金属音は響かない。しゃりんしゃりんと鈴の音のような音を立て、一方の攻撃がもう一方の剣に華麗に受け流されている。
「くっ!? 全部いなされる!」
対戦中の衛兵はトピー。彼の場合、甲冑を着ていても体型でわかる。
今度は細身の槍に変形したトピーの武器による攻撃を、スイレンは両手に持った細身の剣で軌道を逸らせ無力化し続ける。
「私の剣の師は知っての通りクチナシ殿。そう易々とは打ち破れません」
「クチナシ! くっそう、またオレの邪魔をするか!」
天敵の名前を出され頭に血を上らせたトピーは力任せの大振りの一撃を放ち、次の瞬間には地面にねじ伏せられていた。魔力糸に絡め取られて。
ノコンの叱責が飛ぶ。
「何をしている! 甲冑の機能で糸は見えていたはずだぞ! 攻撃もただ闇雲に正面から打ち込むだけでは意味が無い! もっと工夫をこらせ!」
「すいません!」
「まあいい、次だ!」
「はい!」
解放され起き上がったトピーと入れ違いに別の衛兵が前に出る。
すると今度の彼はなかなかに善戦した。ノコンほどではないにせよ新装備の機能をそれなりに使いこなしてスイレンを苦しめる。
「──けれど、それでもスイレンさんがまだ数段上」
「なるほど、こちらもお見事です」
頷くスズランとロウバイ。一見いつも通りのスイレンだが、実はそうではない。彼女が両手に持つ細剣にも以前とは違う力が備わっている。
カロラクシュカは妖しく両手の指を絡めた。
「うふふ、付与術は私の得意技ですので、むしろ衛兵の皆さんの装備より熱が入ってしまいました」
付与術とはスズラン達の世界では呪術と呼ばれている技術。物体に新たな特性を与えることが可能でカロラクシュカはそのエキスパート。今回はスイレンの愛剣に強度の向上とスズランの護符と同じ身体能力強化の術、そして魔力の吸収・蓄積機能を付与した。
スイレンは普段から自前で術を行使して身体能力の強化を行っている。
そして剣に付与された力は、スイレンが自分で術を発動している時にはその効力を増幅する役割を果たし、そうでない時には彼女に代わって強化魔法を発動させる。
前者の場合、いつもよりさらに高い身体能力を獲得することが可能。後者の場合は自分の魔力をそちらに割く必要が無いので、それだけ他の術に割ける余力が増える。
今のスイレンは強化魔法の増幅を受けていつもより素早く力強く動ける状態。それゆえ甲冑のパワーアシストにより尋常でない速度を獲得した衛兵達とも互角以上に渡り合えるわけだ。
さらに、それらの効力を発揮するための魔力は大気中に漂う魔力や敵の魔法を剣で斬り払った際の残滓から取り込むことが出来る。もちろん普段から自分で魔力をチャージしておくことも可能だ。
「ありがとう、カロラクシュカ」
スズランは改めて礼を言う。
「これで安心できたわ」
「陛下に御満足いただけたなら、私としても望外の喜び」
恭しく頭を下げるカロラクシュカ。彼女としても心配だった。今回の帰郷をスズランに心から楽しんでもらえるだろうかと。
こちらもやっと安心できた。