Return of Happiness(38)
文字数 2,896文字
結婚した翌年の春、ココノ村に家が一軒新しく建った。
いや、正確には新築でなく増築と言うべきかもしれない。なにせ両隣の建物とそれぞれ廊下で繋がっている。
「どうせなら、うちとオメーんちも繋げちまったらいいんじゃねえか?」
結婚後、スズランは宿屋一階のモモハルの部屋で暮らしていた。しかし正直あの部屋は狭すぎる。しかも営業時間中はうるさい。子育てには全く不向き。そこでお互いの実家である宿屋と雑貨屋の間にもう一軒建てようという話になったのだが、どんな家にしようか家族全員で話し合っていたところにサザンカが提案した。どうせ親戚になったんだし三軒とも繋げて一緒に住んでしまおうと。
そんなわけで両家の間のスペースを使った大きな二階建ての家が建てられた。どちらの実家とも三
そして、その家が完成した直後にスズランの妊娠が判明した。
「二ヶ月から三ヶ月というところですね。予知通り、十一月の下旬頃にはすでに生まれているでしょう。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
嬉しい事実を確認し、互いに顔を綻ばすロウバイとスズラン。場所はロウバイとノコンの家。周囲にはすでに三人も生まれたロウバイの子供達。
長男サントリナが心配そうな顔で訊ねる。
「おかあさん、スズおねえちゃんどうしたの? びょうき?」
ロウバイはそんな息子の頭を撫で、優しく微笑む。
「いいえ、病気ではありません。コスモスやマリーが生まれた時のお母さんと同じ。スズランさんは子供を生むのです。その子のお母さんになります」
「そうなんだ。じゃあ、もっとがんばる」
「頑張る? サントリナくん、なにを頑張るの?」
スズランの質問に対し、びしっと敬礼する少年。なかなかどうして三歳にしては姿勢もまっすぐで決まっている。
「おとうさんがいってた。おとこはみんな“えーへーだましい”をもってるって。じぶんよりよわいひとや、ちいさいこをまもるのがえーへー。ぼく、おとうさんみたいなすごいえーへーになって、いもうとたちをまもるんだよ。スズおねえちゃんも、おねえちゃんのこも、まもるからね」
「なるほど、ありがとう。すごくたのもしいわ」
スズランの言葉にむふーっと鼻息を吹く彼。父のように頼られるのが嬉しいらしい。
「ふふ、まだ早いと言ってるんですけどね。あの人もあの人で、将来は立派な衛兵隊長にするなんて言って毎日素振りさせています。小枝みたいな小ぶりな剣ですが」
「まだちいさいから! おおきくなったらモモハルおにーちゃんみたいなおおきいけんをもてるようになるの! ぜったい!」
「まあ、それにはとっても頑張らないといけません」
「楽しみですね。じゃあ持ち上げられるようになったらあの剣はサントリナくんにあげる。モモハルに言っておくわ」
「ほんと? やった!」
「いいのですか?」
「持ち上げられたらですよ……普通は無理でしょう、あれ。まあ、サントリナくんは先生の魔力も受け継いでいるようですし可能性はありますが」
案外、本当にそうなるかもしれないなとスズランは思った。なにせモモハルの時だって、最初は無理だと思ったのだから。
義姉の妊娠が明らかになると、ノイチゴの気分はとある理由で沈んでしまった。モミジの枝の下のベンチに座ってどんより暗い表情で呟く。
「おばさん……私、十五歳で“おばさん”になっちゃうんだ……」
「ど、どんまいノイチゴちゃん。大丈夫、喋り始めるのは一歳とか二歳からでしょ?」
隣に座って励ますヒルガオ。しかしノイチゴの気分は晴れない。
「十代でおばさんになることは変わらないよ、それ……!」
「変なの。そんなの珍しくもなんともないのに」
不思議がったのはフリージア。二人の頭上にぷかぷか浮かびながら妹の空中遊泳を監督している。
「こらー、遠くに行くなポイン。お姉ちゃんの作った輪の中だけって言ってるでしょ」
「はーい」
まだ一歳だが、成長の早いウンディーネのポインセチアはすでに流暢に喋る。姉が形成した水の輪から大きく飛び出した彼女は注意されると大人しく輪の中へ戻った。
「……一歳になる頃には……」
「ウンディーネ! ポインちゃんはウンディーネだから!」
「そう、ウンディーネは人間より早く育つの。十歳になって成人の儀式の旅を済ませたらもう大人だしね」
「そいえばフリージアは大人になったんだっけ?」
「十二歳なんだから当然でしょ。とっくよとっく。成人の儀式だっておししょーとあっちこっちで冒険したから十分だって判断されたし」
そんなわけでと彼女は続ける。
「フリージアは子供だって産んでいい。ウンディーネは一人でも妊娠できるからやろうと思えばすぐにママになれるわ。そしたらポインは二歳になる頃にはおばさんね」
「ポイン、おばさんになるの?」
「まだよまだ。お姉ちゃん、どうせなら人間と子供を作ってみたいもん。ショウブ……はおししょーに怒られると思うから、ユウガオでも誘惑してみようかなー」
「は?」
凄まじい眼光で見上げるノイチゴ。鬱々とした気配が消し飛んだ代わりに強烈な殺気を放つ。
フリージアは冷や汗を垂らしてヒルガオの方を向いた。
「や、やっぱり今度ヒルガオと一緒に街に行こうかな。色々見比べないとね」
「そ、そうだよねー。手近で妥協しちゃいけないよ」
「妥協……?」
「ま、まあスズねえとモモにいみたいな運命の出会いもあるよ! 幼馴染とか!」
「ねえっ? そうだよねっ? フリージアもそう思うわっ」
ますます膨れ上がった殺気に、とうとうノイチゴの顔を見られなくなり肩を並べて背中を向ける二人。涙目になって小声で囁き合う。
(ひいっ、ノイチゴちゃん最近ますますスズねえに似てきたっ)
(なんで人間なのにこんなに迫力があるのよ……)
そんな二人から視線を外し、頭上で揺れる枝葉を見つめるノイチゴ。風の音と葉擦れの音が心地良い。でも、春なのに紅葉しているこの木の下だと少しだけ切ない気分になってしまう。
「スズねえにあんなこと言っといて、私も大概だなあ……」
反省している。スズランに言った言葉は全部本音だった。けれど、自分自身のことでもあると後になって気が付いた。あの時、本当は兄の言う通り彼女の心が落ち着くまで待つべきだったんだと思う。なのに二人のためだと言い訳して、自分の中の焦りから目を逸らした。八つ当たりのように毒を吐いてしまった。
(スズねえは笑って許してくれたけど、こんなんじゃ駄目だよね。偉そうなことを言った私こそ、ちゃんとあいつのことを見てあげなきゃ)
きっかけが欲しい。あんな風に迷いを吹っ切って素直になれるような何かが。でないと次のチャンスは何年後になることか。なにせもうすぐトキオの大学に入ることが決まっている身。カズラに聞いた話では遊んでいる暇など無いそうだ。
(帰ってくる頃には二十歳……それまで待ってくれることに期待するのと、付き合うって決めて待たせちゃうのと、どっちがいいんだろう)
実のところスズランの妊娠より、自分の恋に悩んでいる彼女なのであった。