一章・日々の幸福(3)

文字数 1,182文字

 ──現在。

「……ふふ」
 朝、いつものベッドの上で目を覚まし、微笑むカタバミ。
 嫌な夢を見た。けれど気分が落ち込んだのは一瞬だけ。目の前にある最愛の娘と夫の顔を見たら、些細な不幸なんて吹き飛んだ。
 あれから二十五年経ち、彼女とカズラは三十五歳になった。彼女は子供を作れない体で、一時期はそれを理由に荒んでいたこともあったのだが、八年前、突然現れた赤ん坊を引き取り母親になったおかげで救われた。
(スズ……大好きよ)
 人生で一番幸せな日はいつだったかと問われたら、間違いなくこの子に出会えたあの日と答える。二番目は夫にプロポーズされた日。
 ああ、でも、やっぱり一番なんて決められないかもしれない。二人におやすみを言う時、おはようを言う時、いつも最高に幸せだと感じる。
 それだけじゃない。夫と一緒に四苦八苦しながら初めてオムツを換えた日、娘が自分をおかあさんと呼んでくれた日、少し失敗してしまったムオリスをそれでも美味しいと言いながら食べてくれた日。どれもこれもが、かけがえのない幸せな記憶。

 ──逆に半月前、この子がいつのまにか魔女に弟子入りし、魔法を覚えていたと知った時にはショックを受けた。魔法使いは魔法使いの血筋からしか生まれない。魔法を使う娘の姿を見た時、自分が本当の母親ではない事実を改めて突き付けられたように感じ、少し悲しくなった。
 でも、スズランは自分達を選んでくれた。三年前のあの時だってそうだ。実母の知人が現れ、ひょっとしたら村から去ってしまうのではないかと思った時、自らの意志でここに残ると言ってくれた。
 本人はきっと、村の人達が優しいから自分を受け入れてくれたのだと思っているだろう。この子は時々、妙に自己評価が低い。
(違うのよスズ。私達の方があなたと一緒にいたいの。私とカズラ、レンゲとサザンカも、モモハルくんやノイチゴちゃん、おじいちゃんやおばあちゃんも皆、あなたと離れ離れになりたくないだけ)
 早い時間に目覚めてしまったせいで外はまだ暗い。いつものように畑の手入れをするにしてもあと少しくらい眠ってもいいだろう。今日はお隣に街まで送って欲しいと頼まれているし、道中での居眠りを防ぐためにも十分な睡眠は必要だ。
 カタバミは夫と自分の間に挟まっている娘を起こさないよう、そっと抱いた。この村の老人達同様、彼女も魔女に対する偏見を持っていた。でも、やはり我が子は魔女だろうとなんだろうと変わらずに愛おしい。
 シーツの中で娘と夫の体温を感じ、再びまどろみ始める彼女。そして眠りに落ちる直前、さっきの夢の続きを思い出した。また少しだけ悲しくなる。

(ナスベリ……あんた、今どこで何をしてるの?)

 スズランと同じように魔女の血を引いていた少女。けれど彼女の立場は真逆で、大人達から疎まれていた。
 最後に見たのは二十一年前。それ以来、行方が分かっていない。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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