Relationship advice(1)

文字数 3,277文字

◇イマリとカゴシマ◇

 中央大陸七大国の一つイマリ。長く群雄割拠の時代が続いた南部においてミツマタが統治するカゴシマに比肩しうる戦力を備えた唯一の国。だが、この国の場合“大国”と呼ばれる所以は軍事力より経済力と政治力にこそある。
 イマリの北には峻険な岩山が連なり、東にはかつて魔王と神子との戦いにより生み出された大峡谷が横たわっている。さらに南側は砂埃舞う乾いた土地。周辺諸国も似たような環境ばかりで、それゆえ貧しい。
 しかし先々代のイマリ王は国内で希少な宝石の鉱脈が発見され、にわかに大きな富を得た時、目先の欲に囚われず未来のための投資に回すことを決意した。北方との往来が簡便になる隧道(トンネル)を掘り、東には頑強な橋をかけ、南の荒野に中継基地を設けた。さらに周辺諸国と交渉して支援金を出し、彼等の向こうの国まで続く道も整備させた。
 工事は長く続き、そして過酷だった。国内外で様々な問題が噴出した。費用もかさみ、ついには鉱山からの収入だけでは足りなくなって三柱教に莫大な借金まで背負うことになってしまった。
 それでも彼は諦めず、粘り強く計画を進め、やがて彼と人々の苦労は次代になってようやく実を結んだ。

 イマリの王都タチバナには大陸南部でも有数の大きな港があり、元々貿易港としてそれなりに栄えていた。けれど運び込まれる荷の大半は国内かせいぜいその隣国までしか届かない。これでは商人にとって旨味に乏しい。
 王はこの問題を改善したかったのだ。そして彼等の努力により交易路が整備され販路が拡大した。これを見逃さず、今度は商人達の方からこぞってイマリへ殺到したのである。
 スイレンの師ロウバイの父上も、そんなイマリにチャンスを見出し移住してきた商人の一人だったという。思えば彼をこの地に引き入れたことこそ先々代が遺した最大の功績かもしれない。彼の下した決断が無ければ、かの大賢者ロウバイは生まれなかっただろうから。
 彼から玉座を継いだ先王は、父の方針も受け継ぎ、引き続き交易路の整備に尽力した。とはいえ完成したそれを維持することに多大な労力など必要無く、余力をもって内政にも手を加え始めた。
 なにせ急に人口が増えた上、伴って税収も大幅に増加したのだ。貧しさからは抜け出せたが、そうするとまた新たな問題が浮上して来るもので、彼は特に商人と政治に携わる者達との癒着を嫌った。
 商人が金を儲けるのは良い。法を犯さず、儲けた分だけしっかり税を納めてくれれば何も文句は無い。だが官吏に賄賂を贈り、彼等の権力を利用することを許してはならない。官の腐敗は国全体に悪影響を及ぼす。
 だが、かといって絞めつけ過ぎても余計な反発を生む。商人達だけでなく役人も。彼等とて、ある程度の旨味が無ければ激務に励んではくれない。残念なことに給金だけで彼等の忠誠心を満たしてやれる自信は彼には無かった。時には清濁を併せ呑む必要もある。
 彼は、そのバランスを取ることに生涯腐心し続けた。

 そして現王ルドベキアは父が心を砕いて盤石なものにしてくれた内政を足場に、次は外へと目を向けた。きっかけは彼がまだ王子だった頃、隣国間で起きた戦争である。ヒメツルとクルクマの故郷に端を発した戦火。あれがこちらにまで飛び火してきたものだ。
 幸いロウバイが調停に入ってくれたことで、この戦いはすぐに終息した。すると師の功績から学んだルドベキアは新王に即位したと同時、周辺諸国に挨拶回りの行脚を行った。地方で最も大きな国の王が自ら格下の元へ足を運んだのだ。若き王ならではの大胆な行動に諸王は驚かされ、同時に彼の持つ生まれ持ってのカリスマに呑み込まれる結果となった。
 かくして即位からわずか二週間後、彼は驚くべき計画を実現させる。

 鉄壁同盟。

 イマリを中心とする八ヶ国が盟約を結び、有事の際に共闘することを約束したもの。主にカゴシマの侵攻を想定し各国を説き伏せた。後にさらに四ヶ国が加わって現在は十二国。大陸の西半分が一致団結している。これがもまたイマリが大陸七大国に名を連ねた理由である。
 余談だが、この同盟を結んだ時点でルドベキアは三十一歳。実はクルクマと同い年で、そのクルクマは初めての暗殺を成功させ“災呈の魔女”として汚れた道を歩き始めていた。この時期に大陸南東部で立て続けに歴史的な出来事が発生した原因は、ひょっとするとヒメツルがウィンゲイトの力に覚醒したことにより、彼女の身が帯びることになった“重力”にあったのかもしれない。

 ともあれ、同盟が結ばれてから二十年が経とうとしている。その間、大陸南部ではおおむね平和な時が保たれて来た。ミツマタは負けるのも厭わぬ戦争狂だが、さりとて勝ちを捨てているわけでもない。むしろ、いついかなる時とて全力で勝ちに行く男だ。だからである。
 強敵が現れた。その強敵をいかにして倒すか考えなくてはならない。考えている間は下手に動かない。これなら勝てると思った時にだけ動く。だから“おおむね”平和が続いている。
 ところが近年、そんなイマリとカゴシマの関係に大きな転機が訪れた。
 戦争狂のカゴシマ王が、イマリの魔女に恋をしたのだ。



「あの、スイレン様?」
「はっ!?
 城の文官に呼びかけられ、執務室の椅子に座りながらしばし意識を飛ばしていたスイレンはようやく目を覚ます。
 うなじのあたりで縛った、やや色素の薄い金髪。菫色の瞳は自分が今どこにいるのかを思い出そうと一瞬だけ視線を彷徨わせ、そして目の前に書類の束を抱えた青年がいることに気が付き、ようやく焦点を定めた。
「す、すいません!」
 慌てて居住まいを正す。声をかけられるまで眠りこけてしまうなど、なんたる失態。魔法の師と剣の師、どちらにも顔向けできない。足を運んでくれた相手にも失礼だ。
 しかし、三十代半ばほどの相手は苦笑しながら頭を振る。
「お疲れなのでしょう。ロウバイ先生が引退なさって以来、激務が続いておりますからね」
「あ、いや……」
 たしかに仕事は忙しい。けれど、師から生活のリズムはできるだけ崩すなと厳しく躾けられた。なので、この寝不足は別の要因によるものである。
 彼もまた、すぐに己の誤解を悟る。
「ああ、なるほど……カゴシマ王の件ですね」
「ええ……」
 軽く頷き返しつつ、ふと思いつく。
「カンパニュラ殿は、どう思われます?」
「私ごときが意見すべき事柄ではないと、そう考えます」
 税収を管理する庁の中堅どころといったポジションにいる彼は一度そう断ってから、しかしと言葉を続けた。
「同じ師に学んだ者として言わせていただけるのであれば……」
「もちろんです。お願いします」
「では、反対に一票を。カゴシマ王は平時であれば気風の良い人柄だと伺っております。ですが、彼を含めてカゴシマの人間は平和を厭います。争わなくては生きていけない人種なのです。かの国が引き起こした数々の戦。その歴史が証明している。あの国に嫁げば、あなたは今より苦労することになるでしょう」
 澄んだまっすぐな瞳で自分を見つめ、訥々と忠言された。
 そんな先達の言葉に、スイレンの心はさらに沈む。
「たしかに私では力不足かもしれません……」
「あ、いや、そういう意味では」
 困り果てるカンパニュラ。だが、上手い言い訳が浮かばない。スイレンの言葉によって彼も内心そう思ってしまっていたことに気が付いた。
 スイレンは、もしも自分が嫁いだ場合のことを案じているのだ。あの狂戦士に。ミツマタに嫁ぎ、王妃となったなら、彼女には当然相応の役割が求められる。

 つまり、カゴシマに対する抑止力としての働きを。

(彼女があの国へ渡れば、我が国は大きな損失を被る。けれど、同時に陛下の懐刀を送り込むことでカゴシマとの戦争を回避しやすくもなる)
 スイレンのイマリに対する忠誠心は本物だ。他国の王妃となったところでそれが揺らぐことはけっして無い。だからこそ、この縁談が舞い込んだ時に誰もが密かに期待した。

 だが、彼女は迷っている。己にそんな大役が務まるのかと。
 ましてや、ミツマタを愛しているわけでもないのに。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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