New Rectangle(2)

文字数 3,648文字

◇神子の妹◇

 ノイチゴ・ヤマヤド。女性。十歳。誕生日は八月十七日。両親は宿屋を経営。神子モモハルの妹でスズランの弟子。気が強く誰に対しても物怖じしない。数学が得意。魔法使用時の出力調整を苦手としているが、最近は独自の手法でそれを克服しつつある。
 ちなみにヤマヤドという姓は去年になって決まった。より厳密に国民の戸籍を管理するため、それまでは王族と貴族にしか許されていなかった苗字を平民も持てるように法改正。その結果、宿を経営する彼女の一家はヤマヤドと自らを名付けた。

【……というわけだけれど】
【全部知ってることばかりじゃない】
 スズランの胸に埋まった虹色の宝石。その中の空間で伯母にジト目を向けるミナ。情報神などと名乗っておきながらなんたる体たらくか。姪として情けない。
【他に何を調べろってえのよ】
 タバコをくわえつつぼやく彼女はユカリ・ウィンゲイト。スズランの前世マリアの双子の姉。もちろんミナと同じく魔素によって再現された模倣(コピー)なのだが、意識の上では本物となんら変わり無い。
 だから姪っ子のことは可愛いし出来る限り協力してやりたいとも思う。とはいえ、何が悲しくて十歳児の身辺調査など任せられねばならんのか。
【だから、ショウブに勝ち目があるかどうかだって。ママの弟なのよ? それってつまり伯母さんにとっても弟じゃない。応援してあげたくならないの?】
【あんな小さい子を弟と思えなんて言われてもな……つか、それだとミナにとっては叔父さんなんじゃない?】
【年下の叔父なんているわけないでしょ! あの子は私にとっても弟!】

 どんな家族構成?

【ようは未来予知しろってことね。まあ、そりゃあの二人が結ばれるルートだってあると思うけど、そういう力の使い方は伯母ちゃん感心しないな】
【いいよ、だったら私の力で未来予知マシーンを創るから】
【待て待て】
 そんなことをされたら自分の存在意義に関わる。まったく、これだから≪創造≫なんて万能の力を与えられた姪っ子は困る。
【特別よ? 一つだけあの子がノイチゴ嬢と結ばれるルートを見せてあげる】
【わーい! 伯母さん大好き!】
【マリアより?】
【それはない】
【ユウ、後で傷心の伯母ちゃんを慰めて】
【いいから早く!】

 急かされたユカリは渋々能力を使った。
 瞬間、ハッと表情を変える。

【これは……】
【え? なになに?】
 なんぞ面白い未来でもあったのかと覗き込むミナ。ユカリは自分の見た未来を、そんな姪にも共有する。
【この未来、どうよ?】
【おおっ! なるほど、これはいい!】
【ね? 確定した未来よりこっちのがいいって。マリアにも怒られないだろうし】
【そうね! これにしましょ! けってーい!】
 飛び上がるミナ。やはり姪の笑顔はいいものだと、無言で近付いて来た甥を捕獲しつつ微笑むユカリ。
 ベッドに横になったスズランは半分眠りながら呻く。
「う、うう……静かにして……ミナ、姉さん……夜中に頭の中で喋るのはやめて……」



「へえ、面白いな」
 宿屋の食堂──ノイチゴとヒルガオに与えた魔素吸収変換装置、そのデータ取りを兼ねメンテナンスに来たビーナスベリー工房のシキブは素直に感心する。ノイチゴの魔法使いらしからぬ発想に対して。
「自分の最大出力を基準にして段階分けを行うのか」
「うん」
 頷いたのはノイチゴ。シキブの手中にあるメモは彼女が自分なりに欠点を克服しようと考え、新たなアプローチを試す中で得た着想や試行結果の走り書き。
「とりあえず十段階で考えてみた。おかげで前よりはやりやすくなったよ」
 ノイチゴは数学が好き。数字は嘘をつかないから。式が正しければ必ず同じ結果を弾き出す。その正直さがとても心地良い。
 そんな彼女だからこそ魔法を使う際、出力調整を苦手としていた。師であるスズランも親友のヒルガオも感覚派で、どうやったら上手くできるのか訊ねてもふわっとした答えしか返って来ない。

『今よノイチゴちゃん! そこでこう、牛さんのお乳を搾るみたいにギュッと!』
『ほわわっだよ! こういう術の時は、ほわわわふるるーんて!』

 ──いつもこんな感じである。正直全く参考にならない。
 自分に一番近いのはクルクマだと思うのだが、たまにしか村へ来ないし、ロウバイは今とても大事な時期。出力調整の苦手な自分が近くで魔法を使っては危ない。
 そこで自分だからこそできる方法は無いかと考え、まずは細かく段階分けしてみることにした。結局は感覚の問題と言われるかもしれないが、そうじゃない。魔法を使う時にはイメージをしっかり思い描くことが大切。自分の場合、それには数値を当てはめることが最適なはず。
「で、次はうちの測定機器を貸して欲しいと」
「お願いします」
 頭を下げられたシキブは全て記憶したメモを返し、ニヤリと笑う。
「いいよ。面白そうだし、君達からはいつも有用なデータをもらってるもんね」
 ノイチゴはより厳密に自分の魔力を数値化したいらしい。実に面白い。別にスズランやヒルガオに限らず大抵の魔法使いは魔法を感覚的なものとして捉えている。だから貴重で共感が湧く。自分と同じような術者には。
「ふっふっふっ、僕達に頼んだのは正解だよ。昔、同じ目的で作った装置がある。装着型で出力上限値の向上に合わせ自動的に補正を加えてくれる優れモノ」
「え?」
「プレゼントしよう、ノイチゴくん! 僕達の技術の結晶! 今の君に必要な装備を!」



 翌日、早速シキブは頼んでいた物を持って来てくれた。いや、それ以上の品を。魔法の実験ということで安全の為、まずは衛兵隊が訓練に使う広場まで移動する。
「さあ、使ってごらん。せっかくだから吸収変換装置に組み込んでみた」
 腕輪型のそれを差し出すシキブ。新機能が組み込まれたそれは従来の物より若干大型化している。
「おおー、新型!」
「いいなー、わたしのは? わたしのはシキブさん?」
 おねだりのためすり寄って行くヒルガオ。こういう時の彼女は素早い。
 しかし、シキブはう~んと困り顔で首を傾げる。
「君の場合、下手に数値化すると逆にやり辛くなってしまうんじゃないかな? でも君達のデータのおかげでより変換効率の高い装置を作れそうだし、改良版が完成したら持って来るよ」
「えっ、それってつまり出力も上がる?」
「多少はね。楽しみにしといてくれ」
「やった!」
 現状、ヒルガオもノイチゴも魔法使いとして最低限のレベルの魔力しかない。少しでも向上してくれるなら願ったり叶ったりなのだ。
「ふふ、どうなるかしら」
「楽しみだね」
 スズランとモモハルも見学中。二人の横には水球に座ったフリージア。そしてなかなか間近で見られないウンディーネをこっそり観察するムラサとサキ。
「ひゃー、ウンディーネだウンディーネ」
「綺麗だね……水陸両方で生きるのに最適なフォルム。肌が光って見えるのは乾燥防止の粘液かな? 本社は最近エルフとドワーフをスカウトしたらしいけど、支社(うち)にはまだ異種族がいないもんね。誘ったら来てくれるかなあ……」
「静かにして!」
 騒がしい外野を注意するノイチゴ。ずっとこの瞬間を楽しみにしていた。だから、今は少しだけ集中させて欲しい。
 新しい魔素吸収変換装置は今までと同じブレスレットタイプ。けれどガラス板のような部品が新たに取り付けられ、スイッチを入れた瞬間、その中に文字が浮かび上がる。

“---”

「これは……?」
 眉をひそめた彼女にシキブが解説。
「起動直後は測定モードだ。まずは限界まで出力を上げてみて」
「あ、なるほど」
 理解した彼女は言われた通り最大まで魔力を放出。
 すると表示が切り替わった。

“100”

「ひゃく!? 百段階にしてくれるの!?
「なるべく細かい方がいいだろ?」
「ありがとう!」
 これならいける。これさえあれば今度こそできる。
「じゃあ、まず……出力五十!」

 一番簡易な魔法である魔力弾を放つ。
 発射の瞬間に確認すると、数値は四十七になっていた。

「あら、早速いい調子」
「それに前より強くなってる」
 感心するスズランとモモハル。やはり変換装置を身に着け続けることでノイチゴは素の出力上限も上昇が続いている。
「このペースなら最終的にはクルクマと同じくらいになるんじゃないかしら?」
 そうなったら魔力コンプレックスを持つ彼女は悔しがりそうだ。
「三十! 六十! 十五! 七十!」

 さらに立て続けに魔力弾を放つノイチゴ。いずれも近い数値は出るものの完全にピタリと出力が想定値になることは無い。
 そう思っていたが、十数回の試行を経てついに──

「五十!」
“50”

 最初と同じ数値でのテストが成功した。
 瞬間、ノイチゴは拳を握る。

「やった……!」
「おめでとう、ノイチゴちゃん!」
「おおっ、できたね!」
 同様に喜び、駆け寄ろうとするスズラン。そしてヒルガオ。
 けれどノイチゴは待ったをかける。
「まだ!」
「えっ?」
 立ち止まった二人を横目に、脳内で術式を組み上げて行く。
 否、それは──

「まだだよ……私がやりたいのは、ここからだから!」
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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