Celebrate the new chapter(A04)

文字数 3,385文字

◇世界の中心◇

 聖母魔族が暮らすこの世界は、かつてスズラン達の世界がそうであったように旧世界の地球と同等のサイズで創られた球体である。外ではなく中に土を盛り、水を張って大地と海を形成した空間。神々の戦いに終止符を打つ戦場を想定して創られた世界であり、他が試作品ならここは完成品。そんな関係。
 陸地の配置もやはり似通っており、中央にまず大陸が一つ。ソル・クデルト──世界の中心という意味の安直な名を付けられたこの地は大魔王が暮らす王城と、それを取り巻く小都市以外に何も目を引くものは無い。周囲は広大な原野なのだが開発は一切禁じられている。

 強者は過酷な運命を呼ぶ。

 この法則を見つけ出したのは他ならぬ初代大魔王マリア・ウィンゲイト。ゆえに彼等は遥か昔から始原七柱の一角たる彼女へ引き寄せられる“運命(てき)”と戦い続けて来た。ここが世界の中心でありながら寂しい風景に見えるのはそのため。最も苛烈な戦場になりやすい場所なので被害を防ぐべく民を遠ざけてあるのだ。
 王都で暮らせるのは“魔王”の称号を与えられた者だけ。つまり一定以上の強者でなければならない。彼等の“重力”もまた敵を呼び寄せてしまうので一ヵ所に固まってくれていた方が対処しやすい。

 その数は現在、三百人ほどである。

「ということは、この城で働く皆様も“魔王”なのでしょうか?」
 腰かけたベンチから問いかけるロウバイ。夫と衛兵隊に同行して騒がしい場所を訪れたところ生後半年の息子が泣き出してしまった。あやすため外へ出た彼女はそのまま散策を続け、やがて色とりどりの花々が咲く中庭に。
 するとだ、この城の使用人はお喋り好きのようで、珍しい客人の彼女達を見つけるなり花壇を手入れする手を止めて話しかけて来てくれた。それで井戸端会議を始めたのである。ロウバイもマリアによって創られたこの世界とそこに生きる聖母魔族に興味があったのでちょうどいいと考え、応じた。
 彼女の質問に対し、頭にキノコを被った全身白づくめのメイド“イヌセ”は淡々とした調子で回答する。
「そうです。イヌセも“魔王”の一人なのです。といっても別に大して強くはないんですけれど、ほとんど不死身に近い生命力があるので、このお城で働くには最適な人材だとか言われて任命されちゃいました。執事のマッシュも同じ理由です」
 ここにはいないが、それらしき男性は城の中で何人か見かけた。彼等もやはり白一色で頭にキノコを被っている。最初は帽子だと思ったものの、話を聞くと違うらしい。
「初代様や先代が統治していた頃は“自動人形”が執事とメイドをしていたのです。でも三代目は戦いが起こるたび人形達がズタボロになるのを見て可哀想だとぬかし、イヌセとマッシュを代わりにしました。我々だって酷い目に遭うのは同じなのに」
 憤慨しながら会話に割り込んで来たのは、今まで話していたイヌセに酷似した容姿の別のメイド。
 実は彼女もイヌセ。彼女達は“同一人物”である。
「なるほど、それで皆様はほとんど同じ容姿なのですね……」
 この城で働く使用人は男女共に全員がマッシュとイヌセ。彼等そして彼女等はマタンゴなるキノコと人の特性を併せ持つ種族だそうだ。
「そうです。我々はいっぱいなのです」
「キノコ人間なので、やられてもやられてもまた生えて来ます。秘密の場所にいる本体が無事なら無限コンティニュー可能なのです。ゾンビアタックだってできます」
「若干の個体差が出るため身長はまちまち。顔も微妙に違いますが、イヌセは全部イヌセなので、どのイヌセにも気軽に話しかけてください。あなたがたの顔と名前はもう全員分覚えました。イヌセはイヌセ同士で記憶を共有しています。しかもリアルタイム通信なのですよ」
「だからイヌセは人の顔と名前をすぐ覚えられます。記憶力もばっちり。なにせもう千年以上メイドを続けているので鍛えられました。我ながら並のマタンゴではありません」
「でも、いくら可愛いからってイヌセには惚れない方がいいのです。衛兵の皆さんにそう注意してあげてください。イヌセの口から言うのは残酷です。もちろん必要とあらばこの毒舌を炸裂させるのもやぶさかではありません。イヌセは口から毒を吐きます」
「えっ? 皆さんが……?」
 夫と衛兵隊、そしてスイレンは現在、鍛冶に優れた“魔王”の工房にいる。ロウバイが首を傾げると周囲のイヌセ達はやれやれと一斉に肩をすくめた。
「工房でこき使われている汗だくのセクシーイヌセを見て若いオス共が鼻の下を伸ばしています。スケベな視線はすぐわかるのです」
「たしかにイヌセは見目麗しいですが、残念ながら“本体イヌセ”から遠く離れて生きていくことはできません」
「皆さんの世界に嫁入りしたらすぐに干からびて死んでしまうのです」
「死体をいい感じの場所に埋めてくれれば、そのうち“別イヌセ”として生まれ変われるかもしれませんが」
「現地の生態系に影響を及ぼすのでオススメしません。生まれ変わった後のイヌセは最初必ずアホなので」

 ──時々、不埒な考えを持った魔族がイヌセを拉致したり胞子を採取して持ち帰ったりして新たな彼女を生み出してしまい、野生化イヌセが周囲に害を及ぼすのだそうだ。

「マタンゴは本来、害獣扱いなのです。よその世界から持ち込まれた外来種です」
「アホな別イヌセが繁殖を始めると全裸で大量に徘徊するので、お子様の教育に最悪です。畑も荒すし野生動物が縄張りを奪われて殺気立ったりします。イヌセ的にも自分と同じ顔のマタンゴがストリーキングしていたら恥ずかしくて外を出歩けません。イヌセはすでに禁断の果実を口にしてしまったイブなのです」
「すとりーきんぐ? いぶ……?」
 次々知らない言葉が出て来て、さしものイマリの大賢者も戸惑うばかり。一方、イヌセは恥じらう仕種を無表情のまましてみせた後、ロウバイの抱く赤ん坊に着目した。
「この子は、まだ赤ちゃんなのでイヌセをスケベな目で見ませんね。できたお子様です」
「無垢な赤ちゃんはオスでも好きです。先程の発言を訂正。この人間のオスの名前はまだ知りません。なんて名前ですか?」
「あっ、この子はサントリナともうします」
 ノコンとロウバイの間に生まれた最初の子。髪や瞳の色は夫のそれを受け継いだ。でも顔立ちは、どちらかと言えば自分に似ているとロウバイは思う。まだ赤ん坊なので将来的にはやはり父親に似るかもしれないが、今はとても可愛らしい。
「サントリナの花言葉は“悪を遠ざける”なので、自分の衛兵魂を継がせるにはぴったりだと夫が名付けました」
「なるほど、良い名前ですね。サントリナも覚えます」
「サントリナサントリナサントリナ」
「サントリナサントリナサントリナ」
 突然、我が子の名前を呪文のごとく繰り返し唱えるイヌセ達。
 ロウバイは口の端を引き攣らせる。
「あ、あの、何を……?」
「何回も言うと覚えられるのです」
「イヌセは今、二万人くらいいるので二万人で十回唱えたら二十万回なのです。それなら確実に記憶するのです」
 なるほど、マタンゴらしい学習方法だった。
「よし、覚えました。よりしっかりと記憶を定着させるためだっこもさせてもらっていいですか? もちろん可愛いからでもあります。この大陸は長命種や老化を止めて延命した連中ばかりで赤ん坊は珍しいのです。皆、死ににくいと繁殖欲が薄れます。放っといたらいくらでも増えるマタンゴを見習いやがれです」
「かまいませんよ、どうぞ」
 両手を伸ばした正面のイヌセにサントリナを預けると、言葉の割に慣れた様子で抱いてくれた。愛おしげに見つめるその眼差しからも母性を感じられる。
「懐かしいのです。二代目も三代目もこんな風にだっこしました」
 その発言にまたも驚く。先程イヌセ自身の口からメイドとして働き始めたのは三代目の大魔王ディルが即位した後だと聞いたばかり。なのに──
「当時からこのお城にいらしたのですか?」
「二代目は人間の親に捨てられたのです。マッシュとイヌセがお山で見つけて拾いました。そうやってしばらく育ててたら、城から迎えが来たのです」
「捨てられ……?」
 ますます困惑する。二代目大魔王ゲルニカはマリアの子なのでは?
「その様子だと、まだ詳しく知らないですね。いいでしょう、教えてあげます。イヌセは乳母みたいなものなので、先代(あの子)のことには詳しいのです」
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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