The way he walked(10)

文字数 2,602文字

◇片割れの願い◇

 マリアら始原七柱は、かつて数多くの界球器(せかい)を創造し、その大半に自分達の故郷である地球を模した惑星を置いた。理由は昔を懐かしむためであったり、なんらかの実験目的であったりと様々。時には単なる娯楽として人間社会に紛れ込み、昔と同じように生活してみたこともある。
 そんな地球型惑星の一つ。呼び名もそのまま“地球”という星で黒髪をショートボブにした鋭い目付きの美女が刀を抜く。スーツ姿に日本刀という組み合わせは、まるで映画の一場面を見るかのようだ。
 しかし、ある程度の感知能力を持つ者であればすぐに気が付く。彼女と、そして彼女が持つ刀の特殊性に。

『ひっ、ひいいいいいいいいいいいっ!?
「遅い」
 全身に橙光を纏い、尋常ならざる速度で踏み込んだ女は一瞬にして身の丈五mにも届く異形の怪物を両断した。斬られる前からすでに怯え切っていた妖魔は絶叫を上げる暇さえ無く蒸発して消え去る。
 当然の話。この刃の銘は“玲瓏(れいろう)”──かつて、とある女神が同等の神々を倒すため鍛え上げた“神殺しの剣”の一振り。低級の魔物など輝きを目にしただけで致命傷となる。

「ふう」
 それを持つ女も特別な力の持ち主。スズランと同じ≪生命≫の有色者たる彼女は真っ暗な洞窟の中を自らの放つ輝きで照らしてさらに奥へと進み、被害者を見つけ出した。
「よかった、まだ生きてた……」
 このあたりで神隠しが頻発していると聞き、調査した結果、二百年以上前に封印された妖魔が蘇ったとわかった。そこで彼女が解決のために派遣され、今しがた元凶を退治したわけである。
「うちの一族が把握していない封印がまだあったなんて……」
 こういった場所は現代ではデータベース化され、彼女の一族が運営する組織により監視されている。仮に封印が解けても解放された妖魔を逃がさないためのさらなる封を周囲に施してあって、復活した者が再び人間の害となるようなら即座に倒す。そういうシステムを構築済み。
 ただ、なにぶん封印の大半は百年単位の古いものばかりなので、どうしても調査漏れがある。なので時折こういう事件も起きてしまうのだ。

 今回さらわれたのは中学生の少女。喰われる前に無事助け出せたものの、彼女より前に連れ去られた犠牲者達は骨だけがあたりに散らばっていた。
 女は手を合わせて成仏を祈ると、少女を背負って出口を目指し、歩き出す。犠牲者達の回収は森を抜けてから本社に連絡を入れて要請しよう。もう危険は無いはずだから普通の人達に任せても問題無い。なんなら自分より強い仲間だっている。
 洞窟から出ても周囲は木々が密生する森だった。ろくに手入れされていないせいで地面の日当たりが悪く、腐臭が強い。こういう空気の淀んだ場所ほどさっきのような妖魔には好まれる。
 もっとも、より強い者達であれば話は別。強力な妖魔ほど人間社会に近い場所で生きることを好む。絶対ではないが、そういう傾向がある。多くの場合、人界に紛れ込んでいた方が獲物を捕食しやすいからだ。あるいは人の世で渦巻く様々な感情から新種が発生してしまうせい。妖魔には人心が生み出してしまったものも多い。

 ──守りたい。背負った少女の体温を感じ、そう願う。この世界で生きる多くの人々をなんて、そんな壮大な話ではない。もっとささやかな、けれど自分にとっては何より大切な存在の話。
 この年頃の子供を見ると、どうしても思い出してしまうのだ。駄目だとわかっていても会いたいという気持ちを抑え切れない。帰ったら、またあの街へ行ってしまうに違いない。遠くからでもいい、一目だけでもと姿を捜して歩き回る。

 双子の弟の忘れ形見。
 世界で一番愛しい姪。

 でも、会うことはできない。言葉を交わすなんて許されない。何を言えばいいかだってわからない。彼女達から父親を、夫となるはずだった人を奪ったのは自分。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 また無意識に謝罪の言葉を繰り返す。彼女達と対面したところで、きっと同じことしか言えない。ちゃんと会って説明しなければならないのに。どうして彼が死ななければならなかったのかを。いつまで逃げているつもりだ?
 十四年。あれから十四年も経つと言うのに、彼女達から遠く離れた場所で泣いて謝ってばかり。一歩も前に進めていない。情けなくて死にたくなる。
 けれど、この身に流れる血がそれを許さない。もっと戦え、もっと必死に償い続けろと訴えかけて来る。
 守りたい。いや、守らなければならない。彼女達の未来。自分が幸せを奪ってしまった母子の今の幸せな日々を。せめてそれだけはやり通さねば。

「う……ん……」

 ──もう少しで森を抜ける。そのタイミングで少女が意識を取り戻した。前方には眩い輝き。待機していた地元警察の車輛のライト。
 その光のおかげで少女からは女の顔が見えなかった。そもそもまだ朦朧としている意識の中で微かに自分の身に起きたことを思い出し、身震いしながら記憶を整理するため言葉にする。

「わ、私……たしか、化け物に襲われて……」
「大丈夫だよ。もうあれはいない」
「あなたは……?」
「……」

 名乗るつもりは無い。それが規則だし、そうはいかないとわかっていても極力誰の人生にも関わらず生きたい。これ以上、自分のせいで他人を不幸にしたくない。
 二人の姿を見つけた警官達が駆け寄って来る。彼女は彼等に少女を託すと、振り向かずその場から離れた。ただ一言だけ声をかけて。

「お母さんと仲良くね」
「美弥!」
「あっ……」
 警官隊と一緒に待っていた女性が少女へ駆け寄って行く。母親だ。娘の失踪直前に口論してしまったそうだが、これで仲直りできるだろう。
 十分に距離を取ってから振り返る。抱き合う母子の姿に自然と口許が綻んだ。もちろんこれで自分の罪が許されるとは思っていない。それでも他者を、普通の人々を救い、守ることに喜びを見出す。これも一族の血のせい。生まれついてのヒーロー気質。

 彼女の名前は鏡矢(かがみや) 時雨(しぐれ)。あの雨龍(うりゅう)雨楽(うがく)雨音(あまね)の同位体。
 この世界では双子として生まれた、その片割れである。
 そして、

「……元気にしてるかな、麻由美(まゆみ)さん、歩美(あゆみ)ちゃん。新しいお父さんと上手くやれてるといいな……」

 ──大塚(おおつか) 歩美という名の少女の伯母でもある。

 感謝の言葉すら受け取らず、また一人で闇の中へ消え行く彼女を、頭上に浮かぶ青い月だけが静かに見守っていた。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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