Celebrate the new chapter(B08)
文字数 2,901文字
そこへマタンゴ執事のマッシュが何本もの瓶が入ったカゴを持って近付いて来る。
「皆様、水分補給をどうぞであります。この水は温泉に使われているのと同じ癒しの霊水でありますよ。ブドウ果汁を混ぜてあります」
「おお、これはどうも」
「流石は執事さんじゃ、気が利きますのう」
「いえいえであります」
──ちなみに、バスガイドイヌセはロビーに並べられた椅子に座って立体映像を鑑賞し爆笑中。こちらは皆が風呂に入ってる間に羽を伸ばしているらしい。
「ぷはーっ」
「火照った体に気持ちええのう、この水は」
「ワシゃ風呂上りには牛乳が一番だと思っとったが、こっちのが美味い」
「これも村で取り入れてみるか。井戸水も水道水もここまで美味い水じゃないがフルーツの果汁を混ぜて飲むのは良いアイディアじゃ」
最近、ココノ村ではユウガオが中心になって今まで作っていなかった作物の栽培に挑戦している。かつて大きな災害に見舞われた西側の斜面もカズラとスズランの努力でかなりしっかり整備されたので試しにブドウ棚でも設置しようかと話していたところだ。
「皆様、お酒などはいかがでしょう?」
そう言って笑顔で近付いて来たえらく小さな男はこの施設のオーナー。ホビットなる種族らしい。足の裏に毛が生えていて前述の通り子供のように小柄だが顔はしっかり老けている。
ちなみにこの施設、今日はココノ村御一行様の貸し切り。だから他に客がおらず暇なのかもしれない。
「酒と言いますと、もしかして」
自分の持ってる瓶を指差すジンチョウゲ。小柄な彼よりさらに背の低いオーナーは首肯して一升瓶を取り出した。
「エルナリート湖の霊水を使った地酒が色々ございまして、私としてはこちらの純米大吟醸酒“マリア様”などがオススメでございます」
「ほ、ほう……」
「それは興味深いお話ですな」
のんべえの多いココノ村の爺様達はすぐに食いついた。
しかし、そこでイヌセが振り返り、警告を放つ。
「やめた方がいいです。ここの地酒はどれも美味しいけど、美味しすぎて飲み過ぎるとも言われてるです」
「私としても、ここで酩酊するのはオススメしないであります。この後にもまだご予定がございますから」
珍しく意見を一致させるマタンゴの二人。老人達はたしかにと怯む。オーナーは表情を暗くして俯いた。
「そうですか、差し出がましいことを申しました。では、こちらは次の機会にお試しいただくということで」
「いやいやいや」
踵を返した彼をクロマツの手が掴まえる。
「ちょっと、ちょっと味見するくらいなら構いませんて」
「そうじゃのう、酔っ払わない程度で済ませればええんじゃ」
「ワシら酒には強いしのう」
次々に賛同する彼等。ホビット族のオーナーはパッと明るい表情になって彼等を先導し歩き出す。
「では、こちらへどうぞ。宴会場がありますのでそちらで試飲会を開きましょう」
「ありがたやありがたや」
「うっしっし、水でもあんだけ美味いんじゃ。酒はもっと美味かろうな」
「寿命も延びるらしいしのう。風呂からあがってきたらウメさんにも飲ませにゃあ」
「そりゃええ。もうしばらくは最長老でいてもらわんとな」
「はっはっはっはっ」
──男衆は宴会場へ消えた。
「あーあ、知らねーですよ」
「あわわ、スズラン様に叱られるかもであります」
「だったらそんなとこに突っ立ってないで監視してくるです。男同士、きっとマッシュの方が言うことを聞いてもらえるです」
「そ、それもそうでありますな。みなさーん、くれぐれも飲み過ぎないように~!」
マッシュも宴会場に消えた。しばらくして悲鳴が響く。
「わ、私は酒は飲めないであります! 皆さんもそんなに飲まれてはなりません! 後のご予定が……ぎゃあああああああああああああああああああああっ!?」
「よし、これで責任を取るのはマッシュです。イヌセはここでテレビに夢中だったことにするです」
腹黒い計画を立てて椅子に座り直すイヌセ。
すると──
「忘れてるかもしれないけれど、今は私もイヌセさんの記憶を参照できるのよ?」
所用で席を外していたスズランイヌセがにこやかな笑みを浮かべ現れる。
「あっ……」
「ちゃんと止めなさい!」
スパーンとスリッパで叩かれ、また胞子が飛び散った。
しばらくして、スズラン達は再びバスに乗り込んだ。さっきスズランイヌセが離席していたのはナルガロクに置き去りにしたこれを取りに行くためだったのだ。
道中、彼女はちょっと目を離した隙に浴びるように酒を飲んでいた老人達を叱りつける。
「まったくもう、お酒の美味しい土地だからもちろん少しくらいは飲んでもいいと思っていたけれど、深酒なんてもってのほかよ。まだ予定が残ってるでしょ」
「面目ない……」
「クロマツが話に乗らなきゃ……」
「お前だって乗り気じゃったろうがムクゲ」
じろり。スズランイヌセが睨むと言い合いを始めた二人はすぐに沈黙した。
「しょうもな」
父の醜態に呆れ返るカンナ。アサガオ達もため息をつく。
「じいちゃん……」
「困った人だね」
「とほほ」
「齢のことも考えてよ。長生きして欲しいんだから。いくらあそこにあったお酒が健康に良いと言ってもお酒はお酒。アルコールなんだから飲み過ぎれば毒になるの」
「そりゃそうか……」
「心配かけてすまんかった」
「この通り、許しておくれスズちゃん。みんな」
平謝りする男衆に、しばし沈黙を保ったスズランイヌセもやがて気を抜く。
「わかってくれたらいいよ。もうやらないでね」
「そうだぜオヤジ。長生きしてくれ」
「うむ、肝に命じる」
息子のサザンカに言われ、深く頷くサルトリ。
(まあ、泥酔していても≪生命≫の力で酔い覚ましはできるんだけど)
あえてその事実は秘めるスズラン。あまり便利な力に頼られてしまっても困る。余計に節度を保てなくなるだろう。
「ところで、どうだった? やっぱ美味かったか?」
こっそり父の耳元で囁くサザンカ。サルトリは振り返ってニヤリと笑う。
「おう、無茶苦茶美味かったぞ。代わりに高級酒らしいんだが、ほれ、この指輪で全員分買っといた。後で村に届けてくれるそうだから帰ったら楽しもうや」
「いいねえ」
やはりのんべえを改めるつもりは無さそうだ。スズランやレンゲ達は深いため息。男はどうしてこう酒にだらしがないのだろうかと。
まあ、それはそれとして──
「スズちゃん、結局次はどこへ行くの?」
「なんたらフワちゅう場所だとは聞いたけどね」
「うん」
レンゲとイヌシデに問われスズランイヌセは外を見る。外と言ってもこのバスには窓も天井も無い。見ているのは風を遮るための魔力障壁の向こう側。
すでに世界は真っ暗で、かなり下方にいくつかの光の群れが見える。この世界の各都市の灯り。遠く彼方の別大陸まで見えるほど高度を上げている。地上からはおよそ五千ヒフ。
そう、次の行き先は高い場所にある。
「やっぱり、あそこの光?」
「そう、あれが浮遊大陸ヴァルアリス・フワ」
明らかに一つだけ高度の違う光の群れ。それに向かってバスは直進を続けていた。