Celebrate the new chapter(B02)

文字数 3,196文字

◇牧場見学◇

 しばらくして一行は西の大陸アガ・ライアタスのセクトロクに辿り着いた。この世界で消費される穀物の四割がここで生産されているという穀倉地帯。牧畜も盛んで無数の丘陵が連なる場所には牛や山羊といった見慣れた動物の他に、全く見たことのない家畜の姿も数多く見受けられた。
 バスから降りた老人達は周囲を見回し感動する。
「おー、こりゃ実に壮観!」
「本当にだだっ広いのう、畑と牧草地ばっかりじゃないか」
「街って感じはせんな」
「ここはとにかく広いのです。だから過疎ってるように見えて人口は意外と多く六十万人近く住んでいます」
 やはりついてきたバスガイドイヌセの説明にさらに驚かされる。
「なんと、ワシらの国の王都より人が住んどるのか」
「たまげるのう」
 とはいえ雰囲気は今まで見て来た中で最もココノ村のそれに近い。リラックスしながら二人のイヌセについて歩き出す一行。最後尾には執事マタンゴのマッシュが続いた。勝手に行動してはぐれる人間かいないかの監視役として。
「アイビー様ショウブ様、ちゃんと前を見て歩かないと危ないでありますよ。他の皆様とはぐれたら迷子になってしまうであります。お二人とも、お母様方と手を繋いだらどうでありましょう?」
「そうね、でも、たまにはアイビーちゃんと手を繋ごうかな」
「あっ、じゃあママはショウブちゃんと手を繋ご」
「えっ」
 アイビーと手を繋いだまま、もう一方の手をナスベリに掴まれるショウブ。途端に胸がドキッとした。アイビーちゃんのママってキレイだなあと素直に思う。
「ショウブちゃん!?
 母からの意外な攻撃にショックを受けるアイビー。
「あらら」
 余計なことをしてしまったかな。カタバミは苦笑いする。
 後ろでそんな一悶着があった間に、スズランイヌセとバスガイドイヌセは、まず観光客向けの施設に皆を案内した。受付に緊張した面持ちで座っている若者へスズランイヌセが話しかける。
「ご連絡した通り、ココノ村から来た方々です。見学に参りました」
「はっ、はい! 本日は貸し切りにさせていただきました! ところで、あの……もしや、初代陛下では……?」
「あら、気付かれてしまいましたか。その通り、イヌセさんの体を借りています」
「よ、ようこそお越しくださいました! ありがとうございます!」
 彼は感動のあまり踊り出しそうになったが、自粛を呼びかけられていることを思い出し、せめてもと色紙を取り出す。
「こ、こここここれにサインをいただけませんでしょうか?」
「構いませんよ」
 苦笑しつつ、差し出されたペンでなく指先に魔力を集め色紙をなぞるスズラン。青白い魔力光が彼女の名前を描き出す。
「お、おお、おおお……」

 震える若者。とんでもない宝を授かってしまった。彼にはわかる。今この色紙には初代大魔王陛下の魔力が付着し、おそらくは劣化防止が目的の術までかけられたと。
 この魔力の波形と初代様独自の術式が彼女に書いてもらった本物のサインだと証明してくれる。絶対に手離すつもりは無いが、仮に彼の子孫が金に困ったなら最終手段にこれの売却を考えろと遺言を残そう。
 これ一枚で城が建つ。いや──都市を築ける。

「あ、ありがとうございますぅぅぅぅ……家宝にいたします……っ」
「そうしてちょうだい。じゃあ通るわね」



 二時間の見学。その間はそれぞれ自由にしていいと言われ、ココノ村の面々は散開した。各自が気になった場所を見に行く。
「おや、観光の方々ですね、ようこそ」
「ふわあ……」
 アサガオ、ヒルガオ、ノイチゴが頬を紅潮させ見上げたのは鍛え上げられ引き締まった肉体と甘いマスクを持つ半人半馬の青年。上半身が人間で下半身が馬。まさかここで飼育されている動物なのではと一瞬疑ったが、ちゃんと服を着ている。
 少女達の唖然とした表情から察する彼。
「ケンタウロスを見るのは初めてですか?」
 コクコク。頷く三人。
「そうですか、割と多くの世界にいるポピュラーな種族なんですよ。私はここでこの子達の世話をしています」
 紹介したのは普通の馬達。なるほど馬の飼育員としてはうってつけの人材かもしれない。人間より馬の気持ちがよくわかるし、逃げられてもすぐ追いつける。
「ここでは乗馬体験もできます。どうでしょう?」
「お兄さんには乗れますか!」
 挙手するアサガオ。ギョッとする左右の二人。
「何言ってんだバカ!」
「失礼でしょっ」
「いえいえ、もちろん私の背にもお乗りいただけます。フンッ!」
 ケンタウロスの若者は服がはち切れんばかりに筋肉を膨張させ、笑顔でポージングした。白い歯がキラリと輝く。
「どうぞ遠慮無く、なんなら三人一緒でも構いません」
「男らしい……」
 ポッと頬を染める三人。そのすぐ後ろで──
「……」
 ユウガオは自分の力こぶを触り、大きさと硬さを確かめる。そしてケンタウロスの若者の逞しい腕と再度見比べた。
「が、がんばろう……」
 とりあえず、もっともっと鍛えなくてはいけない。



「アイビー、どうしたの? さっきから不機嫌ね」
「むーっ」
 アイビーの嫉妬はまだ続いていた。不機嫌の理由がわからずうろたえるナスベリ。これまでこんなこと一度も無かったのに。
 見かねたカタバミが耳打ちする。
「ナスベリ、アイビーちゃんはね……」
「えっ? ……ああっ」
 ようやく理解した彼女は慌てて謝罪。
「ごめんアイビー、そうよね、ママが悪かったわ」
「……」
 アイビーはますます唇を尖らせる。
 違う、そうじゃないのよ──彼女の中の冷静な部分が囁く。初めての感覚。大人な自分が中にいるみたい。
 その声の言う通りだと思ったので、一転して彼女も頭を下げた。
「ごめん、ママはわるくない」
「アイビー?」
 大好きなママ。大好きなショウブ。あの瞬間、二人が自分を置いて行ってしまいそうな恐怖に駆られた。それだけ。
「ママはわるくない」
「どうしたの?」
 急に泣き出した娘を抱き上げるナスベリ。すると先行していたショウブとレンゲが彼女達を呼んだ。
「アイビーちゃん、あれみて!」
「ちょ、ちょ、本当にあれ大丈夫なの!?
「なになに?」
「んん?」
 彼女達が歩いているのは上り坂で、先に行った二人はその頂上に辿り着いていた。眉をひそめつつ追いかけたナスベリとカタバミは、同じ場所に並んだところで両目を驚愕の声を上げる。
「ええええええええええええええええええええええええええっ!?
「ド、ドラゴン!? いっぱいいるっ」

 なんと丘の向こうには巨大な草食恐竜達が闊歩していた。
 ちょっと可哀想な話だが食用である。皮や骨も装飾品や魔道具に使われる。

「ドラゴンが、草を食べてる……」
「うひゃあ……私達の世界でも北の大陸ならこんな景色が見られるのかしら……」
「そういえば竜族を復活させたってスズちゃんが言ってたわね……」
 予想外の光景に圧倒されていると首の長い竜が一頭、五人の方に近付いて来た。
「ちょっ」
「おかあさんっ」
「に、ににに逃げないと」
「んなろっ!?
 ナスベリは魔力障壁を展開した。だが──

「──だいじょうぶ」

 急に泣き止んだアイビーが彼女に抱えられたまま左手を伸ばす。すると障壁は消え去り、恐竜は少女の指先に自分の鼻先を触れさせた。そのまま膝をついて敵意は無いと示す。
「ひ、ひえ……」
 危うく悲鳴を上げそうになったカタバミの前で、そっと皮膚を撫でるアイビー。
「いい子だよ。この子はこわがらなくてもだいじょうぶ」
「アイビー……」
 神子の力を失っても、やはり我が子は偉大な存在。ナスベリは改めてそう実感し同時に決意を固める。
(そろそろ魔法、教えないとな)
 生まれ持った強大な魔力は健在。今の様子なら体が覚えているのかもしれないが、だとしても万が一のことを考えてしっかり制御する術を身に着けさせなければ。
 母としてすべきことがまた一つ増え、嬉しそうに微笑む彼女。
 手がかかる子ほど可愛いというのは、本当らしい。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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