Celebrate the new chapter(C07)

文字数 3,314文字

◇魅了せし者◇

 カロラクシュカ・ネアチェルトはこの状況で自身の領地であるヴァルアリス・フワまで戻り、天上から戦いの様子を眺めていた。
 そして艶やかに微笑む。
「ふふふ、今回もまた私の発明が役に立っているわ」
 カロラクシュカにとってそれは大いなる喜び。ただし、同胞や弱き者の助けとなり奉仕することがではない。あのマリア・ウィンゲイトの役に立つことが、彼女にとっても他の何より喜ばしいのだ。

 妖魔王カロラクシュカ。彼女は生まれ故郷の世界において絶対的な支配者だった。誕生の瞬間から全生物の頂点に立つ存在と位置付けられており、自身もそうあることをなんら疑問に思わなかった。
 けれど、その価値観がある時、一瞬で塗り替えられる。彼女と眷属の暴虐に耐えかねた者達が呼び込んだ異界の軍勢。聖母魔族と名乗る圧倒的強者に蹂躙され、無骨な拘束具で縛られた屈辱的な姿のまま彼等の王の前まで引き出された、その瞬間に知ったのだ。
 頂点に立つべきは、自分ではないと。

「ああ、陛下……生まれ変わり、多少御姿が変わられても貴女の威光はそのままです!」
 半年前にココノ村を訪れた時、マリア・ウィンゲイトと千年ぶりの再会を果たした彼女は心の底から感動した。
 エンディワズのそれとは少し異なる。彼女はマリアを崇敬しているわけではない。彼女の美しさにこそ魅了された。自身のそれを上回る美貌に強く激しく惹きつけられた。
 美しいものは一番目立つところに飾っておきたいだろう? だから聖母魔族に敗れ彼女の前に引きずり出されたあの瞬間、自分が頂点に立つべきではないと理解した。

 最も強く美しい存在とは、あの女王陛下のことである。

「誰よりも輝かしい美貌! 万物に向けられた愛! マリア様、いいえ今はスズラン様のお役に立てて、カロラクシュカは幸せでございます!」
 浮遊大陸の端で叫ぶ彼女。面と向かって言うのは恥ずかしいので、こんな遠くに隠れてしまった。もっとも、あの御方には聴こえている。全く気付かれないのも寂しい乙女心が微妙な距離を選ばせた。
 クルクマがこの場にいたなら思っただろう、かつての自分に似ていると。そう、妖魔王カロラクシュカとは彼女のような“友”という対等な立場を得られぬままマリアへの想いを募らせ続けた狂信者なのだ。

 もっとも、それだけで五封装となれるはずもない。彼女にはその称号に相応しい能力もあり、なおかつ最低限の理性を維持するだけの理由もある。

 ふと心を落ち着かせた彼女は、小型兵器が組み合わさり繭玉のように形作られた空中の檻を見つめる。あの中では二代目大魔王ゲルニカの転生体が今も戦っているはず。
 また別の場所では三代目大魔王ディル・ディベルカ・ウィンゲイトも実父から継承した魔槍ツングヴァインを手に人型兵器と戦闘中。かなりの強敵のようだが加勢の必要は無い。というより、自分達では邪魔になる。

 胸一杯に空気を吸い込み、カロラクシュカは想う。ああ、彼が、そして彼女が、この世の全てが愛おしい。
 万物に愛を注ぐマリアに傾倒し、傍らで見つめ続けて来たからだろう。いつしか彼女も同じ気持ちを抱くようになっていた。マリアの生み出したもの全てが輝いて見える。

 だから守るのだ、支配者となるべく生まれ、父祖から与えられた力と知恵の全てを使い、自分とマリアの愛する存在ことごとくを。この素晴らしい宝石箱を。
 臣下からの報告が上がる。

『カロラクシュカ様、市民は全員シェルターへ退避できました』
「そう」
『敵戦力の迎撃も順調です。そろそろこちらから打って出ますか?』
「そうね」
 この浮遊大陸を攻撃していた敵兵器もあらかた掃討してしまった。住民の避難も済んだことだし、あとは奴らと同じ自律兵器に任せておけばいい。倒せずとも自分の造った傑作達なら足止めくらいは普通にできる。

 ──などと思ったところで、頭上の穴からまた増援。考え直す。やはり、あれが塞がるまで領地を離れるべきではないなと。
 なにせここは職人と聖職者とギャンブラー達の領域。一応、軍隊も駐留しているのだが他に比べて数が少ない。戦うのはよその大陸の者達より苦手なのである。
 そしてカロラクシュカ自身、五封装の中では最弱の魔王。彼女は研究者・技術者として優秀なのであって戦士ではない。魔力が強いのでそれなりの実力はあるが、ベイシックやミツルギのような武闘派と比べられても困る。インテリ気取りのエンディワズでさえあの大火力なのだ。
 まあ大丈夫。ここに自分がいる限り領地が落とされる心配は無い。少数ながらも駐留軍は準魔王クラスの優秀な兵揃い。しかも彼等はある共通点を基準に選ばれた者達。
 その基準とは、代々の大魔王とカロラクシュカを強く信奉していること。

『新たな敵出現!』
『ご安心を、我等で迎撃いたします!』
『我等親衛隊、陛下とカロラクシュカ様のために!』
「ふふ、頑張ってちょうだい」
 臣下達の通信に対し、声に魔力を乗せて応じるカロラクシュカ。その声は浮遊大陸全土に設置された増幅器を通じ駐留兵全員の欲望を刺激する。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 激しい雄叫びがここまで響いて来た。男も女も異常な興奮状態。これはカロラクシュカが生まれ持った力の一つ。特定の感情を刺激する異能。効果はスズランがかつてヒメツルという名だった頃に悪用していた魅了の魔法のそれに近い。より強力だが。
 彼女の一族はこれを使って故郷の全生物を支配していた。どんなに強靭な理性の持ち主であっても彼女が本気を出せば瞬く間に従順な下僕と化す。
 やはりクルクマが知れば思うだろう。自分の異能に似ているなと。
 もちろん機械には通用しない。空の穴から送り込まれた増援の小型兵器達は問答無用で彼女を含むヴァルアリス・フワの住民達へ砲撃を浴びせかけた。
 だが地上から駆け上がった騎士達が盾で光線を弾き、槍でミサイルを貫いて一斉に敵軍へ襲いかかる。魔力の翼を羽ばたかせ空の戦場を蹂躙していく。

「我等が陛下と妖魔王の敵を滅せよ!」
「一匹たりとも逃がすな!」

「その調子よ~、頑張ってね」
 強い想いは深化を進める。だから彼女の異能の支配下にある彼等は強力な兵士達なのだ。あの程度の雑魚ならミツルギの支援で弱点を特定できた今、敵ではあるまい。
 唯一の欠点は遠く離れるほど効力が落ちてしまうこと。やはり、もうしばらくはここにいないと。
「ま、あくせく働かなくていいんだから、この方が楽ね」
 元々何もかも従僕に任せる生活だったため、カロラクシュカは労働が嫌いだ。マリアとこの世界のためだと思えば頑張れなくもないのだが、手を抜いていい時には全力で怠けることにしている。
 そういえば自分をモデルにした知神ケナセネリカの神子もそうだった。姪のようなものだし、やはり似てしまったのかもしれない。いや、似た性格だからこそ彼女が選ばれたという可能性の方が高いか。
「あの子もこっちに来てたわね。戦いが終わったらゆっくりお話ししましょう」
 にこにこ微笑み、再び大陸の端から眼下を見渡す。マリアの魔法実験の失敗で偶然空に浮かんでしまったこの大陸。元の位置に戻さない理由は、実は景色が気に入っているから。
 なんて素晴らしい風景。マリアの目指した世界、その全域を一望できる。これを失ってしまうのは大いなる損失。

「陛下の創り出したものたちは、今日も美しい」

 願わくばここに彼女自身も戻って来て欲しい。しかし、それは流石に高望みのしすぎというもの。
 マリア・ウィンゲイトは滅多に笑わない人だった。最愛の家族と殺し合いをしていたのだから当然の話。
 そんな彼女が、ココノ村では屈託なく良く笑っている。
 あの美しく可憐な笑顔を守りたい。

「だから私は、当面ゲルニカぼっちゃんとディル様、そしてこの世界で我慢します。でも人間の生は短いもの。幾度も転生を繰り返し、いつの日にか気が向いたなら、またここへ戻って来てくださいな」

 この手で守る、貴女の国へ。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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