Take one step at a time(3)

文字数 4,190文字

「えっと、ミナちゃん……」
「だよね?」
 夫婦の問いかけに、尊大な態度で胸を張りつつ頷くミナ。
「そう、ママはちょっと手の離せない用があるんで代わりに来たわ。店番なら私がやってあげる。安心して三人一緒に出かけなさいな」
 スズランがつい先程の会話を予知した。そして“どうせなら三人で行けばいいのに”と考えた。彼女はそんな母の思考を読み取り、でも“だからってミナに店番を頼んじゃ申し訳ないわね”と続いた部分は無視して勝手にやって来た。
 という流れである。
 もちろんそんな事情は説明しない。カズラとカタバミには気まぐれに散歩してたら会話が聞こえて来たのだと語る。
「いいのかしら?」
「いや、でも悪いよ……」
「気にしなくていいってば。ママの家族なんだから、貴方達は私の家族でもあるの」
「うん、だからさ」
「ん?」
 何故かカズラは、こちらに向かって手を差し出して来る。
「どうせなら君も一緒に行こう」
「えっ?」
「あら、いい考えね」
 カタバミまで賛同してしまう。
「いやいや、それじゃあ店はどうするのよ?」
「どうせ村を一周して来るだけだし、そんなに時間はかからないよ」
「商品を盗むような人もいないしね、このままにしておきましょ。お客さんが来ても多分待っててくれるわ。急ぎの用なら直接呼びに来るでしょうし」
「ええー……」
 だったらいつもは、いったい何のために店番を置いているのかと訝る。だが過去の膨大な記憶を掘り返すと、のんびりした田舎の商店というものはいつの時代のどんな世界でもだいたいこんな感じだったかもしれない。
「……ま、いいか」
 彼等を家族と認めた以上、そして母がこの世界で人として生きたいと願っている以上は、自分達六柱の影も彼等の流儀に合わせるべきだ。そう判断して差し出された手を取る。
 もう一方の手は小さな“叔父”へ。
「ほら、行くわよショウブ」
「うん」
 あまりに似ているのでスズランと見間違っているのか、あるいはミナを別人と認識した上で懐いているのかわからないが、すぐに手を握るショウブ。
 そんなショウブのもう一方の手をカタバミが握り、四人で散歩へ出かける。外で彼等の姿を見かけた村の人々も一瞬違和感に眉をひそめた後、すぐに笑顔で手を振った。
「珍しいのう、今日はスズちゃんじゃなくミナちゃんが一緒かい」
「ミナちゃん、ショウブ、こっちおいで。よく顔を見せとくれ」
「お食べお食べ、ヤマガタにいる息子が送ってくれたんだ」
「調子狂うわ」
 ご近所さんの軒先で、さくらんぼの種を吐き出しながら足をぱたつかせるミナ。
 まったく、この村の連中といると昔の自分を忘れてしまいそうになる。
「前から思ってたけど貴方達、私が怖くないの? この世界を滅ぼそうとしたのよ?」
「そうは言われてもなあ」
「今はただの可愛い女の子じゃものなあ」
「スズちゃんに瓜二つだしの」
「ははっ、おかげで孫が増えた気分じゃ」
「だってさ」
 微笑みながらミナの頭を撫でるカズラ。
 その笑顔と手の平の感触に彼女の方も納得する。
 思えば、彼からこういう接触を受けるのは初めて。
「なるほどね……」
 そう呟きつつ、今度はカタバミを見つめた。
「ん?」
 視線に気付き、さくらんぼを口に運ぶ途中できょとんとするカタバミ。そんな母の真似をして、やはり口を大きく開けたままミナを見上げるショウブ。
 思わずぷっと吹き出す。
「あはは、やっとわかった。道理でママが復活するわけよ」

 カズラは父に似ているし、カタバミはかつての母に雰囲気が近い。
 こんな環境にいて記憶が刺激されないはずもない。

「どうして笑うのよ?」
「それは当然、面白いからよ。神様になって長いのに、あの戦いの後は新鮮な体験ばかりだもの」
 新しいことは特に起きていない。母が復活を遂げ、自分達が呪いから解放された。その程度。
 なのに様々なことが初めてそれを体験した時のように輝いて見える。
 結局は誰といるかが大切なのだ。
 それだって新たに得た答えではなく元々知っていたこと。だからこそ自分達六柱の影は数多の世界を滅ぼしながら“マリア・ウィンゲイト”を捜し求めた。
 けれど──
(存外、大切な人って増えていくものなのね。これは、わかっていたつもりで、わかっていなかったわ。もちろん一番大切なのは今だってママなんだけど)

 オリジナルのミナの記憶が語っている。かつては自分もそうだったと。自らの手で生み出した数多くの世界、無数の命が育っていく様を愛おしく見守っていた。

(……いつかまた、忘れてしまうのかしら)
 今のこの気持ちも数千数万の時が流れたら忘却してしまうのかもしれない。そう思うと少し怖い。
 でも、不安そうに俯く彼女の背中へ今度はカタバミが触れる。
「大丈夫?」
「……もちろんよ」
 あの時、母に抱きしめられ呪いから解放された瞬間を思い出す。そう、忘れたとしてもいつか必ず思い出せる。

 ならきっと心配はいらない。
 隣のショウブの手を握る。

「安心しなさい。私はもう、前の私と同じじゃないわ」



「ただいま……」
「どうしたのフリージア?」
 午前中に共同浴場の掃除を終え、湯加減の確認と称し一番風呂を楽しんでいたユリオプスは、意気消沈して帰って来た娘の姿に驚く。
「あ、今日は魔法修行の日ね」
 思い出して、あがりかけた湯舟の縁に再びもたれかかる彼女。師のスズラン様にこてんぱんにされて落ち込むのはいつものことだった。
「そうなんだけどっ、そうじゃないのっ」
 抗議しつつ服を脱ぎ、自分も湯の中に飛び込んで来るフリージア。盛大な飛沫が上がる。
「こらっ! ここでは飛び込んじゃ駄目って言ってるでしょ!」
「まあまあ、ええよ、今はワシらとアンタだけじゃもの」
 鷹揚に笑って許したのは村の最長老・ウメさんだった。その隣にはいつものメイド服を脱いだ赤毛のメイド・メカコも並んでいる。
「ウメ様、しかし、このような場合にはきちんと叱る方が将来のためになるのでは?」
「もちろんそうじゃよ。だが、見たところ随分と落ちこんどるようじゃないか。なら少しくらい大目に見てやってもええじゃろう。子供は沈んどるより、はしゃいどる方が周りの気分も明るくしてくれる」
「なるほど、今後の参考にいたします」
「うん。楽しみじゃのう、アンタの子もワシが取り上げたいもんじゃ」
「それは……少々難しいかと」
「なんでじゃ? アンタくらいの器量があれば嫁の貰い手なんぞいくらでも──」
「そーれーよーりー、聞いて! フリージアに“どうしてそんなに落ち込んでるの”って誰か訊いて!」
 話がどんどん脱線して明後日の方向へ転がって行くことに、わがまま娘がかんしゃくを起こした。
 はいはいと苦笑しながらユリオプスが代表して訊ねる。
「どうしたの?」
「今日はお師匠にじゃないの! 人間に負けたの! お師匠のお師匠!」
「お師匠の……お師匠?」
「ロウバイ様ですね」
 誰のことだかわからず眉をひそめた彼女に対し、メカコが親切に教えてくれた。
「ああ、そう言えば」
 聞いたことがある。あの人間の女性は以前、スズラン様の師だったのだと。スズラン様が女神として覚醒なされた後、自ら師弟関係の解消を願い出たため現在ではスズラン様も異なる振る舞いを心がけているそうだが。
 内心では、まだ彼女を師として慕っているのだと言っていた。カタバミさんが。
「スズラン様を指導なさっていたということは、やはり凄い御方なのでしょうね」
「はい。神子の皆様を除くと、現在の中央大陸では最高の術者かと」
「まあっ」
 人間の魔道士は多くが平均的なウンディーネより弱い魔力しか持たず、魔道士としての技量も低い。しかし一部には自分達を上回る術者がいることも厳然たる事実。その最高峰となると、天才と称される我が子でも敵わないのは仕方がない。
 むしろ良かったじゃないか。彼女は娘を励ました。
「そんな偉大な方に指導してもらえるなんて幸運よ。スズラン様の弟子になれただけでも故郷では羨望の的になるでしょうに」
「でも悔しいのは悔しいの! なんで!? なんで人間があんなに強いのよ! 女神の師匠ならわかるけど、あんな人間は反則よ!」
 どうやら、よっぽど手酷くやられて来たらしい。日頃異種族のことを見下しがちなこの娘には良い薬かもしれないと、ユリオプスは内心でロウバイへの感謝の念を強めた。
 すると、またウメさんが「ほっほっ」と笑う。
「懐かしいのう。スズちゃんもロウバイさんに負けるたんびに、そんな風に地団駄踏んでおった」
「……そうですね」
 もう六年前のことなのだなと感慨に耽るメカコ。彼女の正体は千年以上生きている古木だが、それでもこの村に来てからの日々はとても長く感じたし、その最初の頃の出来事となればすでに懐かしく思える。
 一方、ユリオプスとフリージアの親子は目を丸くする。
「スズラン様が……」
「地団駄……?」
 二人は神として覚醒した後のスズランしか知らない。だから、とてもそんな子供じみた真似をしている様子は想像できなかった。
「でも、そっか……師匠も、前はそんなだったんだ……」
「そうじゃ。だから嘆くこたあない。お前さんも今に立派になる」
「はい。スズラン様の弟子なのですから、きっと」
 ウメさんとメカコに励まされ、今度は照れ臭そうに湯に顔を沈めるフリージア。
 ユリオプスは軽い驚きと共に考えを改めた。
(この子には、こういう優しさの方が効くみたい)
 もっとも、それも厳しい鞭があってこそ。今後もスズランとロウバイには厳しい指導を続けて欲しい。魔法使いとしての技能向上より、母親から言わせてもらえば性格の改善の方が急務だと思う。
「あ、ところでロウバイ先生には、どんな指導をしていただいたの?」
 彼女がそう訊ねると、娘は急に固まった。
 そして青ざめた表情でカチカチと歯を鳴らす。
 恐怖で震えている?
「お、お、思い出させないで……フリージア、二度と師匠を厳しいなんて言わない……上には上がいるんだよ……あの先生に比べたら、おししょーはずっと優しい……」
「い、いったいどんな訓練を……」
「思い出しますねウメ様」
「そうじゃのう、モモハルも昔チビッてたのう……」
 神子にもウンディーネにも畏れられる。あんなに優し気なのに、こと教育にかけては鬼となる教師ロウバイ。その本気を一度は見てみたいような、やっぱり怖いからやめておきたいような、迷いに陥るユリオプスだった。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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